百貨店は日本人の心?
海外からのお客さんを迎えると、違和感と親近感が交差します。
特に、外資系企業に勤めていたころは、海外から担当者が来ることも日常茶飯事でした。
彼らと私たちの感覚が違うことを見せつけられるのが百貨店です。郊外型スーパーに彼らを連れていき、「このスーパーは…」と言おうものなら、「ノー、ユキオ。これは百貨店です」と言われてしまいます。
私たち日本人から見ればウールワースやA&P(アメリカの郊外型デパート)は立派な百貨店です。ダイエーやヨーカ堂などのスーパーとは品揃えも風格も違います。
でも、彼らにとってビルに入っている店はすべて百貨店です。
風格と言えば、銀座プランタンが開業した1980年代は、百貨店というより親会社ダイエーのスーパーのような安っぽい雰囲気がありました。スーパーでよく見かける宣伝チラシ風の手書きポスターが多用されていたからでもあります。だから、私はプランタンを百貨店と呼ぶには違和感がありました。
日本人にとって百貨店とは特別な存在なのかも知れません。
Department Storeという名前だけが一緒で、心の中の位置づけが違う。
コカコーラがアメリカ人にとって特別な存在なのと同じなのでしょう。
アメリカでニューコークと従来のコークを入れ替えた時、大騒動になり、昔からのレシピであるクラシックコークを改めて発売せざるを得なかったのは有名な話です。その時のアメリカ国民の論調は「コークはアメリカ人の心である。決して一私企業の商品ではない」だったのですから。
長引く不況に百貨店業界は業績を一様に落としています。
三越は東京新宿南口店を閉鎖しました。
現在は大塚家具のショールームになっています。
新宿高島屋も無傷ではありません。
新宿南口にタイムズスクウェアを大々的にオープンしたものの、当初こそ行列ができるほど顧客の関心を集めたのに、すぐに飽きられ各テナントのお荷物店になってしまっています。
1999年に30年の幕を閉じたのが東急百貨店日本橋店。
閉店セールスが押すな押すなの大盛況だったのが記憶に新しいイベントでした。
なにせ、それまでの半年分をその1ヶ月で売り上げてしまったのですから。
そごうも巨額の負債を抱え、大阪心斎橋店を三越に売却。
心斎橋そごうの不振は、東京で言えば東急百貨店・渋谷店が崩れるのと同じようなインパクトがあります。
地方では九州の岩田屋がリストラの真っ最中ですが、芳しい成果はあがっていないようです。
唯一、京王百貨店新宿店がリニューアルで頑張っている程度です。
原因ですか?
お客さんが来ないからです。
なぜお客さんが来ないのか?
百貨店で扱っているような商品は買わなくなったからです。
なぜ買わないか?不況だからです。
百貨店業界は常にこういった理由を探していました。
でも本当にそうなのでしょうか。
本当に「それだけが」理由なのでしょうか。
もしそれが理由だとしても、百貨店はなぜ対策が打てないのでしょうか。
流通の王者、百貨店と言われながら迷走している。今回はそんな百貨店業界を眺めて見ることにします。
百貨店の生き残り策は高級化だった
流通の歴史には、こんなことがあると言われています。
●そこに、スーパーという価格破壊の業種が現れる
●しかし、競争が激しくなり、小切手(アメリカの学説なので)やサービスカウンター、24時間営業などの付加サービス競争が始まる
●付加サービスはコストアップ要因となり、価格競争力はどんどん落ちていく
●かつてのスーパーの座を奪うように、今度はディスカウント・ストアが登場する
●しかし、これもスーパーと同じ道を歩みつつある
日本でもこういった動きはありましたから、間違いではありません。
今ではカテゴリーキラーと呼ばれる激安店が最終地点です。
ところで、カテゴリーキラーといえば、トイザらスの「ら」はなぜひらがななのかという質問がありました。
実は、英語では「TOYSARUS」の「R」が鏡に移したように反転しているのです。これは、ロゴデザインを見れば一発で分かります。いかにも小さな子供がクレヨンで書いたような文字なのです。つまり、アルファベットを覚えたての幼児が「R」を間違えて書いてしまったのを表現したものです。
話を戻します。
ディスカウントストアくらいまでは学説のとおりですが、それ以降は価格以外の進化の道筋が派生します。
例えば、コンビニの価格は決して安くありません。当初は深夜まで営業していることが進化の方向でした(ちなみに、セブン・イレブンの店名の由来が、「営業時間が朝の7時から、夜の11時まで」という意味であることを知っている若い人は少なくなりました)。
今のコンビニの進化方向は弁当屋さんです。もとい、若い人たちの憩いの場です(笑)
…過去記事「コンビニは本当にコンビニエンス (便利) なのか?」をご覧下さい。
流通の歴史の中で、スーパーや量販店が百貨店にも打撃を与えます。
瀕死の状態に追い込まれた百貨店が歩んだ道は高級化です。
元々、百貨店が低価格化することは構造上不可能です。従業員の給料は高く、一等地がゆえに家賃も高い。インフォメーション・センターの人件費はかかる。
高級化路線は百貨店にとって自然の流れでもあったのです。
そして昭和50年代に一躍飛び出したのが西武百貨店。
当時、三越や高島屋などの「一流」に対して「二流」だった西武が躍進したのは「情報発信基地」コンセプト。顧客のニーズを汲み上げるのではなく、「西武が良い、おしゃれと考えるものを提案する」という高ビーな姿勢でしたが、これが大当たり。オイルショックを抜け出たバブルとともに、西武百貨店が大きく成長するきっかけとなりました。
余談ですが、広告業界では西武大躍進のきっかけはウディ・アレンが登場し、コピーライター糸井重里氏が書いた「おいしい生活」広告コピーのキャンペーンだったと言われています。
その成功に気をよくした堤清二氏が空白の小切手を糸井氏に渡し、「好きなだけ数字を書きなさい」と言ったところ、糸井氏は2,000万円と書いたという伝説が残っています。
実際はその数分の1だったそうですが、まさに当時の西武の象徴ともいえる出来事です。
「うなぎの寝床」と揶揄される、増改築で細長くなってしまい迷子になりそうな池袋西武が頂点に立ったのはほどなくしてからでした。
全国最大の売り上げを誇る百貨店の誕生です。
成功体験の小ネタ、シューフィッター
そんな黄金時代を誇った百貨店も青息吐息。リストラの成果で利益率は改善されたものの、売上げは依然低迷中。対前年比3%のマイナス成長が今でも続いています。
では、百貨店はどうしたら良いのか。
そのヒントを探るひとつの方法は成功例を見ることです。
まずは小ネタから。
シューフィッターと呼ばれる専門職がいます。
足の状態に従って、最適な靴を客に提案する知識を持った人たちです。
元々、この知識は国際認定書がある立派な資格です。
だから、単なる商品知識が深い店員さんとは訳が違います。
足の病気などはもちろんのこと、生理学、骨格学の知識も持っていなければなりませんし、靴の材質や製造工程にも精通していなければならない。いわば、「足のドクター」です。
百貨店での採用第一号は伊勢丹。
この資格を持った従業員を百貨店に配置してからというもの、特に婦人靴は大きく売り上げを伸ばしました。
これが、足の健康ブームとともに一躍脚光を浴びることになりました。
その先鞭として、カスタムメイドの靴に人気があったことも百貨店がシューフィッターに目を付けた理由でした。
カスタムメイドと言えば、有楽町西武のブラウス売場も成功した例です。
全館30代前後の女性にターゲットを絞ったリニューアルをしたときに、ブラウス売場の縮小の話が出ました。売場には少数の展示品しか置けず、苦肉の策としてカスタムメイドを受け付けることになったのですが、これが大当たり。
後は…ありません。後述のもうひとつの成功例があるだけです。
それだけなのです。
同じ流通業の書店と違い、百貨店は努力しています。でも、ことごとく失敗しています。
例えば、低価格スーツや低価格婦人服。
発売直後は話題にもなり、ある程度の売り上げを上げるのですが、すぐに在庫の山になってしまいます。
百貨店で扱う商品は安ければいいというものではないことを彼らは肝に銘じたようです。かといって、価格以外に知恵が出てこない。
自社商品の開発も盛んですが、ヒット商品がない。
流通だけでは利益率はたかが知れています。
だから、もっと儲けを大きくするために、自分のところで商品を企画してしまおうと考える。それが自社商品です。
この動きそのものは特に珍しいものではありません。
プライベート・ブランドという概念で、スーパーやコンビニがすでに実施しています。
しかし、商品開発は初心者の百貨店が一朝一夕にできるほど簡単なものではありません。ましてや、バブル以前はメーカーのマーケティングを鼻でせせら笑っていた百貨店です。
流通の王者、百貨店には百貨店のマーケティングがあるのだ」
と私の目の前でケンカをふっかけた、ある有名百貨店の幹部もいたくらいです(笑)
それが手のひらを返したようにメーカーの真似をして商品開発をしようといっても無理な話です。過去何10年も頭の良い連中が汗を振り絞って蓄積したノウハウを、百貨店が自分たちだけですぐに習得できると思っているなんておこがましい。おごりです。
10年も隔てて、同じ理由で成功した東武と京王
そんな中、一見小ネタに見えますが、10年近く期間が過ぎても同じことで成功した2つの百貨店があります。
ひとつは東武百貨店・池袋店、そしてもうひとつは京王百貨店・新宿店です。
東武百貨店は全国で1位の売り上げを誇る西武百貨店・池袋店の隣です。分が悪いことおびただしい。
しかし、これがまた、1990年のリニューアル時に意外な成功を博したのでした。
その原因は商品の選びやすさです。
特に、百貨店での花形であるファッション商品の選びやすさです。
京王百貨店・新宿店もまったく同じことで成功を収めました。
京王は2000年4月までで連続13ヶ月の増収を達成したほどです。
その秘密は一体何なのでしよう。
価格戦略ではありません。商品開発でもありません。
陳列改善なのです。
「たった」それだけで、東武と京王は好調な売れ行きなのです。
(京王は低価格路線が成功の一部であるとも言われていますが、私は懐疑的に見ています)
説明します。
それまでは、東武だけでなく他の百貨店も冒頭で説明した「ハコ」がほとんどのスペースを占めていました。
ハコとは、シャネルやプラダのように各ファッションブランドが百貨店のスペースを壁で区切り、レイアウトやインテリアはブランドのメーカーが自由に作ることができるスペースのことです。
一方の売場形態は「平場(ひらば)」と呼ばれるもので、1つの棚や空間に様々なメーカーの商品が混在する売り場のことです。
京王と東武はほとんどのハコを廃止し、平場に変更したのです。
するとどうなるか。
あるお客さんがいます。
彼女は「水玉模様のネクタイ」を彼氏にプレゼントするために探しています。
従来なら、彼女はそれぞれのハコをすべて回らなければいけません。
ハコごとにネクタイ・コーナーを探し、その中から更に水玉デザインがあるかどうかをチェックします。
気に入ったものがあったら、とりあえずそのハコの場所を覚えておいて、別なハコを見てみる。全部見て回ったら、気になった幾つかのハコをもう一度訪れて、最終チェックをします。重労働です。
平場ならどうか。
ネクタイがすべてひとつの場所に並んでいます。
更に、ネクタイ売場がブランドごとではなく、水玉、ストライプ、無地などのデザインパターン毎に並んでいたらどうでしょう。
水玉デザインを探すのが楽になるだけでなく、比較も簡単です。彼氏同伴なら、その場であれこれと試し、簡単に欲しいものが手に入ります。
そうなのです。
東武百貨店も京王百貨店も、平場を中心とした売場構成で成功したのは、なんだかんだ言って、百貨店の本分である「良いものを仕入れて、選びやすく提供する」ことが売り上げ増加の決め手になったという訳です。
生活者がハコから平場重視に変化した。なのにその変化に気が付かず、百貨店は旧態依然とした売り場づくりをしていたということです。
ブランド離れとその理由
ブランド(ハコ)離れが進んでいるというと奇異に感じる読者も多いことでしょう。現在でもプラダ、ヴィトン、ユニクロなどが世間を賑わせており、大きく売り上げを伸ばしているからです。
しかし、ごく少数が注目され人気を集めているだけです。ブランド全体で見ると、売り上げは下がっています。音楽業界やゲーム業界のようなものです。
生活者のブランド離れは決して新しい動きではありません。
もう12年も前から表出しています。
1980年代はいわゆるDCブランドが流行った頃でした。
日本のデザイナーが脚光を浴び、こぞって若い女性が買いあさった時期です。コムサデモード、コムデギャルソン、ピンキー&ダイアン等そうそうたる顔ぶれが揃っていました。
百貨店がハコを主力とし始めたのはその頃です。
お客さんがブランド目当てに来店するからです。
パルコや丸井はDCブランドとハコで成長したような店です。
しかし、その反動が来ました。
一世を風靡したボディコンを例に説明します。
通称ボディコン、正式名称ボディ・コンシャスネスはフランスのアパレルデザイナー、ゴルティエが提唱した女性の生き様とリンクしたファッションです。
それまでは、キャリア・ウーマンが女性の目標とされ、肩をいからせていました。
男性以上に頑張らないと「所詮、女は…」という目で見られがちだったからです。また、疲れたキャリアウーマンは「女性であることを捨てる」と思われたからです。
でも、そんなにしゃかりきになっては誰でも疲れます。
キャリアウーマンの中にも、そしてキャリアを目指す女性の中にも、「本当にそれでいいのか」という疑問が生まれたのも無理はありません。
同時に男性と真っ正面からぶつかるのは得策ではないことにも気がつきました。
長年培われてきた男性社会です。そんな中で一緒に頑張ったって、「早い、安い、うまい」の老舗牛丼店の隣に、同じような牛丼屋を作るようなものです。
だったら、差別化を図った方がよほど賢い。
この場合の差別化とは何か。「女性であること」です。
「女性であることで、他の男性とは違うことをアピールし」
「女性らしさを失わないことで、自分も輝く」
「良い意味で、女性を武器にする」
ゴルティエのボディ・コンシャスネスの根底にはこういった考え、思想が流れていました。
男性の身体やファッション(象徴的にはスーツ)のデザインは直線で構成されています。それに対抗するには女性本来が持つ「丸み」が一番の武器です。
身体にフィットした女性の身体の曲線を極端に強調したファッションはこうやって生まれました。
ボディ・コンシャスネスを最初に受け入れた女性達は、ゴルティエの考え方に賛同した人たちです。
今でこそ当たり前のように思われがちですが、あれだけ大胆に身体の線を出すのは当時の女性たちにとってかなり勇気のいることでした。
一歩、間違えれば露出狂扱いされかねない。
当時のアイドルを見ればそれがよく分かります。
山口百恵にしても松田聖子にしてもビキニになった途端に大騒ぎ。
アグネスチャンを筆頭に巨乳のタレントはさらしを巻いてそれを隠す。
数年前までそんな時代だったのですから。
答えはイケイケ
先人たちが勇気を振り絞って選んだボディ・コンシャスネスですが、それが、「いい女の象徴」のように扱われるようになると、外見だけを真似る女性たちが出現します。
おまけにボディコンを着ると男性の注目を浴び、もててしまう。
「インスタントいい女」の出来上がりです。
中には勘違い組(確信犯?)も登場します。
それがイケイケです。
次々と男性を試食するワンレン・ボディコン軍団です。
ボディコンではなく、ボディ・コンシャスネスに賛同した初期の女性たちは逃げ出します。あんな連中と一緒にされてはたまらないからです。
その駆け込み寺が、「インスタント女には絶対にできない手作り料理」、つまりコーディネートという秘密兵器です。
頭のてっぺんから足のつま先まで同じブランドで固めるのは、金銭的な余裕さえあれば簡単です。
しかし、異なるブランドのパーツやノーブランドの服やスカートを組み合わせることによってバランスを保つコーディネートとなると、途端にその人のセンスの善し悪しが露呈します。
にわかいい女、インスタント美人にとって、色やデザインの組み合わせを自由自在に操るなんて芸当はできません。
かくして、おしゃれの先進層がブランドから離れ、遅れてきた流行低感度女性たちがようやくブランドを買い始める。そんな時代になったのが90年代です。
さて、百貨店のハコと平場の話に戻りましょう。
ここまで説明すれば後は簡単です。
ファッションをリードする先進層がハコ(ブランド)に行かなくなり、平場に進出し始めました。でも次第に先進層は百貨店にすら行かなくなった。だって、彼女たちにとって百貨店はとんでもなく買いにくい売場なのですから。
もう一度言います。それが12年も前の出来事です。
しかし、百貨店はそれに気がつかず、10年以上も営々とハコの展開を続けてきたのでした。
これで売上げを上げようなんて、おこがましいにもほどがあります。
おいしい派遣社員
百貨店がハコ離れに気がつかなかった理由の一つは、メーカーからの派遣社員制度がおいしいからです。
知らない方のためにちょっと説明しましょう。
ハコをファッションメーカーに提供する代わりに、百貨店は平均25%の「家賃」をメーカーから受け取ります。これはそのまま百貨店の取り分ですから正当な流通マージンです。
しかし、メーカーの出費はそれだけではありません。店員さんもメーカーから提供しなければなりません。
実はメーカーから見れば、損ではない取引です。
自分のハコを自由に管理するには百貨店の従業員は邪魔です。自社の従業員ではないので指示を聞いてくれないし、自社商品に対する商品知識がない。大事な客をみすみす逃してしまうこともあり得ます。でも、自社社員ならそんな心配はないからです。
一方の百貨店側はタダで人を使えます。人件費がかからないというのは大きなものです。長年吸ってきた甘い汁を手放す発想など湧きようがありません。
かくして、生活者不在のまま、自分のハコだけに客が入ればよいメーカーとタダで人が雇える百貨店の利害関係が一致したまま、無為無策の12年間が過ぎてしまったというわけです。
さて、派遣社員が多くなるとどんなことが起きるか。
つい先日私が経験した実例を上げます。
友人と待ち合わせるため、池袋西武5階の休憩コーナーで待ち合わをすることになりました。
エレベータを降りた目の前の売場の中年男性従業員に尋ねました。
「少々、お待ち下さい」
彼は目の前の商品をラッピングするのに大忙し。
2分経ち5分を過ぎても、たかだか1メートルも離れていない私には目もくれません。
おもしろいので、どこまで待たせるつもりなのか試してみることにしました。
彼は忙しい瞬間もありましたが、手を止めて同僚と笑談をする内幕もありました。
それでも、待つ、待つ、待つ(笑)
15分を過ぎ友人との約束の時間が迫ってきたので、再び声をかけました。彼は書類に何やら記入しています。本社向けの書類でしょう。
「休憩コーナーです」
「すみません。私、ここは新人なので場所を知らないのです。どこか別なところで聞いていただけませんか」
予想していた行動のうちの1つだったので、思わず吹き出しそうになってしまいました。それをグッとこらえ、彼から5メートルほど離れていた従業員に訪ねてみました。
「いえ、もう5年前からこの売場にいますが。何かご用ですか?」
そう。ここはハコです。そして従業員はすべて派遣社員。
自分のハコに来た客は大事にしないとメーカー本社にしかられます。自分のノルマが達成できないと給料や出世に響きます。しかし、休憩コーナーの場所を聞くだけで自分にメリットのない私はどうでもいい存在です。
街路に面した店舗に勤めていて、いきなり通行人がドアを開けて道を聞くようなものです。
「そんなの交番(西武)に聞いてくれ」というのが本音でしょう。
とりあえず、西武でケンカをしてはまずいので、私があきらめるまで待つという手口を使ったのでした。
一般客から見れば彼は西武の正規社員なのか派遣なのかは区別がつきません。
いえ、普通なら西武百貨店の従業員だと思います。
かくして客の西武に対するイメージは徐々に低下する。
正直に言えば、こんな極端な例はさすがに1~2年に1回くらいしか遭遇しません。また、彼らは一般的に慇懃無礼なので、こういった嘘やごまかしがわかりにくく、後から考えて「もしかしたら…」と気がつく程度です。
しかし、普段百貨店の従業員と接していて、「何だか失礼臭いかな」や「どうもすっきりしない接客だな」と感じることが積み重なれば、足が遠のくのは人間の自然な感情です。
ニコニコすれば接客か?
従業員の問題点をもうひとつ上げましょう。
彼は先日独立したばかり。会社相手のビジネスです。
せっかく独立したのだから、気を引き締める意味もあってスーツを新調することにしました。
「ダブルのスーツを・・」
「こちらの3つボタンのシングルはいかがですか?今、流行のタイプです」
「いや、ダブルが欲しいんです」
「ダブルは流行遅れになっておりまして、数が少ないんです。お好きな色や柄もほとんどないと思います。
どうでしょう、この3つボタン。お客様にお似合いですよ」
「いや、クライアントに対するイメージがあるので、ダブルでないとダメなんです」
「だったら、やはり今流行のものが一番です。お客様に似合いますし…」
彼がダブルスーツにこだわるのはよく分かります。
私が以前いたコンサルタント会社でメーカー時代のシングルスーツを「押し掛けスタイリスト」に全部ダブルスーツに替えさせられた途端、営業成績が30%も跳ね上がった経験があるからです。
幾ら最新でも、私のクライアントにとってその価値が理解できなければダメなんです」
とは彼の弁。
私のお客さんってどんな人で、どんなイメージを私に持っているから、こういうスーツをすすめます…というのが私の欲しいアドバイスなんです。
客の事情を無視して、何でもかんでも『流行だ』『似合う』では、いくらファッションを気にしない私でもデパートになんか行きたくもなくなります。
かといって専門店はもっとひどいですし。ああ、私は一体どこでスーツを買えば良いんでしょう」
横からバイトのゆりちゃんが口を挟みます。
私が代弁します。
例えばパソコンですら電気量販店に行けば、家庭で使うのか、何に使うのか(趣味なのか仕事なのか)など細かい要望を聞いた上で、機種を勧めます。ミニコンポだってカメラだって基本は同じです。
そんなアドバイスが彼らに出来て百貨店にできないというのも妙な話です。
パソコン本体の販売店マージンはいまや下手をすると10%を切っています(周辺機器は30%もありますが(笑))。対する百貨店は売上げの25%と派遣社員の人件費の浮いた分の合計が懐に入ります。電気量販店よりも利益があるのに客へのアドバイスができない。
しかも、彼も私もスーツは1着10万円程度のものを買います。格安パソコンよりも高い買い物なのです。
百貨店は単に「やる気がない」だけです。
人が丁寧というだけの価格が高い衣料品スーパー
もう一人登場してもらいます。
平均的な女性よりファッションに関心が高い21才の女子大生。
店員はしきりに『おしゃれ』と『人事担当者に良い印象を与える』としか言わないので、飽き飽きしていたんです」
ここまでは、前述の彼と同じです。
「ワンランク上ってどんな素材なんですか?」
「高級な素材です。そこのスーツとはまったく違います」
「高級な素材って?」
「原価が高いっていうことです。普通の綿ではないということです」
「どう違うんですか?」
「えっと…」
「本当はもう少しもっともらしいことを言っていましたが、要するに店員は何も知らないんです。
こんなんじゃ、人(従業員)がいるというだけで、スーパーと同じですよ。
売場の手書きのポスターに『高級な素材を使用(中身はなんだかわかんないけど)』と書いたのと同じ。
私が欲しいのは笑顔でも、丁寧なおじぎでもないんです。
ちゃんとしたアドバイスができる商品知識です」
彼女のことばは今の百貨店を端的に表しています。
これが百貨店です。
いや、百貨店は自らそうしてきたのです。
接客が大事だ。じゃあ、お辞儀は45度。
もっと、親しみやすく、もっと丁寧な言葉遣いで。
でもその中に、
という項目は一切入っていません。
それが接客だと思っていない。それが客を店に留めるものだと思っていない。
なぜか。
ここ20年近く、百貨店の正規社員は商品知識の高い客を相手にしていなかったからです。
だから、百貨店は「流行だ」「似合う」で客に買わせるというノウハウしか持ち合わせていない。
加えて、遅れた層ですらファッションに慣れてきた。
商品知識はないものの、先の独立した男性のように「自分はどんな目的でスーツを買うのか」をはっきり持って買い物に来ます。しかし、百貨店のノウハウは新生の遅れた層にすら対応できない。
そこに不況が襲いかかります。
これで百貨店が傾かない方がおかしいというものです。
小ネタが大ネタになる日
さてここで、小ネタだったはずのシューフィッターの成功を思い出して下さい。
シューフィッターは靴選びのプロです。
彼らは客の足の状態を診断して、それに最も合う靴をメーカーに関係なく提案します。
当然、靴の素材や形などが足や人体にどういう影響を与えるか、外反母趾などのトラブルを防止するにはどういった靴を選ぶべきかという豊富な知識を持っています。
つまり、ファッションでいうところの、「素材や縫製の知識」を持ち、「どんな目的で客がスーツを選びに来ているのか」をきちんと把握しているのです。
一番大事なのはシューフィッターを設置している百貨店では、先進層が逃げるどころか戻って来ているという事実です。
そう。百貨店の生きる道は結局、陳列と接客、しかも、「本来の意味での接客」に他ならないのです。
客はスーパーのような廉価なものを百貨店に求めているのではありません。それならばユニクロに行けばいい。GAPだってランズエンドだって安いものはいくらでも手に入ります。
一方で、商品知識だけならブランドの専門店に行けばいい。
しかし、専門店はいろんなメーカーの中から自分の目的に合ったものを選んでくれるようなシステムにそもそもなっていない。
すると、百貨店しかないのです。
メーカーから均等の距離を保つから、どのメーカーでも客の立場に立って公平に判断できる存在。
スーパーと違って、元々従業員が接客する販売形態だから店員は多い。
そして、長年、高級商品を扱ってきたから客も価格が高いだろうことは覚悟している。
こんなに条件が揃っているのに、百貨店は何もしてこなかった。
そのツケが今頃帰ってきている。これが百貨店の実体です。
シューフィッターという小ネタは実は大きな百貨店の可能性をさりげなく業界に提示していたのでした。
「ヒット商品●●の法則」のようなものをよく見かけます。
「キーワードは『癒し』『自分』」というようにラベルを付けることもあります。
20年前に流行った記号学マーケティングの名残りなのでしょう。
でも、実務に応用しようとすると、まったく使えなかったり、結局先行商品の後追い商品しか出せなくなってしまう。
理由は簡単です。
「逆、必ずしも真ならず」だからです。
と私はよく言います(下品な例ですみません)。
発想というのは、1つのことだけを追いかけていては、なかなか出てこないものです。
「癒し」のキーワードが出たから、癒しだけしか考えなければ新商品のアイデアなんて生まれない。
シューフィッターの成功をそのままファッションに応用しようとするのと同じです。ファッションの世界では世界認定の資格制度などないから、「こりゃダメだ」となる。
でも、別な角度から眺めてみて、改めてヒットの成功要因を探ってみると、見えてくるものがあるのです。数学の図形を思い出して下さい。ある角度と別な角度から直線を引っ張ると、交差する点が見つかります。これこそが原因の元です。
原因が分からない。発想が浮かばない。
そんな時は、一旦忘れて別な角度から眺めてみてはいかがでしょう。
きっと良い解決策が見つかります。
約束はしませんけど(笑)