表面的な結論はいかにもありきたりですが、実のところ、どんな産業にも当てはまるミスをしてしまっている業界のひとつです。
一瞬で結構です。いつもより、ちょっとだけ深く考えてみて欲しい記事です。
文具大国ニッポン
私たちビジネスマンやOLにとって、切っても切れないものは通勤、昼食、OA機器、電話などいくつもありますが、そのひとつに文具があります。
日本は書店と並んで文具大国だと言われます。
確かに、私がアメリカにいた頃は日本に約20,000店も点在する「街の文房具屋さん」に相当する店は皆無でした。
ボールペンもノートパッドもスーパーで買うか大学の生協で買う。生協といっても売り場は小さい。品揃えは日本の「街の文房具屋さん」と大差がないくらい貧弱なものです。
唯一、ショッピングセンターでは「高級文具」を扱う小売店が専門店として細々と経営しているだけです。
いきなり余談ですが、私にとって文具にはかなりこだわるジャンルがあります。
ペンと紙(ノートパッド)です。
私はパソコンを人より長く使い、今ではパソコンなくしては仕事ができないほど使いこなしています。
このメルマガも愛用の東芝Librettoがないと書けなくなってしまうほど、たった1.1kgのウィンドウズ2000マシンを使い込んでいます。
しかし、意外にも仕事での報告書作成はペンと紙です。
この旧来からの組み合わせで原稿を書き、アルバイトや契約社員にパソコンに打ち込んでもらっています。
従って、ペンと紙の相性にはかなりこだわります。
この2つの相性が良くないと、仕事の効率ががぐっと落ちてしまうほど、作業リズムに影響するのです。
現在使っている「パイロットのドローイングペン」と「オキナのプロジェクト・ペーパー」は既に20年間愛用しています(以前使っていたノートパッドは生産中止になったので、現在は2代目ですが)。
さて、私たちに身近で、かつ生活の中でも大きな位置を占める文具業界ですが、元気がなくなったと感じるのは私だけでしょうか。
「ゾウが踏んでも壊れない(サンスターのアーム筆入れ)」「ゼブラ、ゼブラ、ゼブラ、ゼブラ、ボールペン、ゼブラ」と連呼型テレビ広告をしていた時代は遙か昔になってしまいました。ましてや「コクヨのコクヨ」なんてキャッチフレーズは、私ですら記憶の彼方に追いやられるほど昔の話になってしまいました。
このメルマガの読者の大半が「そんな広告、知らないよ」という時代になっています。
今回のテーマは、ここに置きます。
スーパーと黒船到来
文具業界と新興勢力の競争の歴史を簡単に追うことで、解説してみましょう。
文具業界の最初の試練はスーパーマーケットの台頭でした。
1970年代にスーパーが生まれ、街の商店が次々と淘汰されたのはご存じのとおりです。
そのスーパーが文具を扱いはじめました。
文具メーカーだってスーパーに商品を納めればいいじゃないですか」
私の後輩です。
答えを言う前に、文具業界の流通の話をしなければなりません。
長らく文具業界を支えてきたのが文房具店と呼ばれる小さな、しかし無数の店でした。
彼らの多くは地元の顔が広い人たちですから、文具業界の大きな需要のひとつである「学校指定」という特権が与えられていたからです。
店は小さくても大口需要客をがっちりとつかんでいる。
それが文具業界と文房具店の強みでした。
そこに横やりを入れたスーパーが入り込んできた。
しかも定価ではなく安く売る。
文具メーカーは文房具屋さんには頭が上がりません。
最大手のコクヨでは、長らく、優秀な営業マンは店先の掃除係になって、ほうきやチリトリを使って滅私奉公する習わしになっていました。
メーカーは人情で文房具屋さんとお付き合いをする訳です。
そこに定価より安く売る巨大スーパーが現れるのです。
メーカーは文具屋さんを守ろうと必死になります。特に、最大手コクヨにとって仲がよい文房具屋を守ることは自分を守ることになります。
アメリカではスーパーの進出によって、タダでさえ脆弱な文房具店がほぼ壊滅状態になっていたのを文具メーカーたちが見ていないハズはありません。
良くある流通とメーカーとの攻防戦です。
他産業と違ったのは、初戦の結果は文具業界の勝ちだったことです。
スーパーは個人を相手にしています。
一方の文具業界は一部の家庭需要を失ったものの、学校という最大のお客さんを守りきったからです。
しばらく大きな波は立たず、着々と進むパソコンの普及に対応すれば良かった文具業界でしたが、1997年に大きな黒船が外国からやってきます。
「オフィスデポ」と「オフィスマックス」という名前の「文具の安売り店」です。
しかも、名前が示すとおり、このアメリカ資本のディスカウント・ストアは、文具業界の大口顧客である法人を狙ってきました。
今まで定価100円だったボールペンが5本で200円(1本40円)といった激安価格。1本1本は安いものの、家庭では5本もまとめて必要ない。
まさに、まとまった大量消費を前提とした法人相手のビジネスです。
実は彼らの本当のターゲットは、法人は法人でも大企業ではありません。
大きな企業は専門の納入業者が価格面でもそれなりに企業をつかんでいます。
文房具屋さんが学校をつかんだように企業に入り込んで、夜を含めたアフターサービスなどをしていたのですから、そう簡単に崩れません。ましてや、法人需要は営業マンを揃えなければ、簡単には入り込めない。激安店を作っただけではソニーや松下は文具を買いに来てくれません。
それでは、彼らのターゲットは誰か。
日本の企業数の90%以上を占めると言われる中小企業です。
文房具屋さんは長らく営業をしてきただけに保守的です。いや、シストラットのような中小企業には冷たいです(笑)
例えば月間数10万円を買うシストラットでも、文房具屋では個人と同じように店頭でしか商品を売ってくれません。10年以上も買っていた東京恵比寿の駅前の文房具屋さんから、伝票による契約のお願いをいとも簡単に断られた経験があります。
友人が経営している小さな会社の事情は皆、似たり寄ったりでした。
そこに、平成9年に登場したオフィス・デポとオフィスマックスです(オフィスマックスは日本市場を撤退済み)。
私、あ、いえ、私のような小さな会社の経営者たち(と一般名称で言ってみる (笑))が飛びついたのは言うまでもありません。
シストラットのオフィスに最も近いオフィス・デポは山の手線で2駅先の五反田にありました。しかし、ほとんどの商品が半額近い価格なので、月間10万円近い節約になります。それだけの差額があれば、わざわざバイトに買いに行ってもらっても十分にペイします。
駅前の文具屋さんへの逆ウラミ (笑) もあって、ほぼ完全に私の需要は新興勢力に移ってしまいました。
外国からの黒船はそんな中小企業が多ければ多いほど驚異になります。
そして、大企業と比べて虐げられてきた、日本企業の90%を占める従業員10人以下の法人市場は一斉に離れそうな構えを見せていたのでした。
法人市場の戦いと100円ショップ
そこに、次のショックが到来します。
アスクルを筆頭とする文具の宅配サービスです。
アスクル以前の宅配サービス会社は最初から文具に進出したのではありません。
重くてかさばり、純正品は異様に価格が高いコピー用紙のディスカウント・ビジネスとして産声を上げたのです。
キャノンの営業マンに「規模の割にコピー枚数が多いので、もっと上のランク機種の方がよい」と言われたシストラットです。コピー用紙の宅配サービス会社に飛びついたのは言うまでもありません。
そのうち、自社の宅配網を利用して文具にまで品揃えを拡大したのは、必然的な流れです。
オフィスデポは安かったものの、伝票処理の面倒さは解消されませんでした。宅配文具はそこまで安くはなかったものの、五反田までの往復電車賃、商品購入にかかるバイトと伝票処理にかかる人件費を考えると、そう大きく不利ではありませんでした。
コピー用紙の大量購入のおかげもあって、シストラットでは取引開始からすぐに月末支払いの伝票処理になっていたのでした。
そこに、大手文具メーカーのプラスの1事業部アスクルが1993年に参入(独立法人は1997年)。この市場は一気に膨れあがったのでした。
さてさて、ここで文具業界の激震は終わったわけではありません。
次なる強敵はご存じ100円ショップ。
ボールペンなどの構造が比較的複雑なものはオフィスデポと変わらない2本100円といった価格でしたが、収納・整理用の文具は正に「文具業界の価格破壊」でした。
プラスチック製のマガジンラックが文房具店で800円~1,000円だったのが、たったの100円。クリアフォルダのポケットが1枚90円だったのが5枚で100円。
「3割4割引きは当たり前!」なんてものではありません。今まで買っていた価格の10分の1。「8割9割引は当たり前」なのです。
ご存じのように、これには、まず主婦が飛びつきました。
しかし、文具の中でも安い収納関係商品はシストラットのような弱小企業でも魅力的です。
元々、私は一経営者として、オフィス用商品には懐疑的でした。
シストラットでは机は一般のスチールデスクであり、椅子は1脚8万円ものお金をかけましたが、キャビネットや本棚などの収納家具については、オフィス用のものはほとんどありません。
理由はバカ高いからです。
例えばシストラットではファイリング・キャビネットはほとんどありません。通販のディノスで見つけた押し入れ用のポリビニール製の収納ボックスを使っています。
また、私の机の隣りにあるCD-ROM、MO、DVD-RAMを収納している棚は通販で買った組み立て式のプラスチック製収納家具です。
普通の家庭では台所で調味料などを入れることが多そうな、あの収納棚です。押すと簡単に揺れます(笑)
渋谷ロフトに行くとオフィス用文具の値段の高さが如実に分かります。
文具売り場では書類を一時保管するトレイが1万円です。しかし、同じ機能のものが下の階の家庭用品売場では2,000~3,000円です。
確かに材質が違います。片や「立派な」スチール製、もう一方はプラスチック製です。
しかし、私のようなオフィスではスチール製にする理由はまったくありません。
CD-ROMを収納するだけなら、通販で買った組み立て式のラックでも大した重さではないので、十分に「整理」の機能を果たしてくれるのです。
一言で言えば「余計なお世話」「オーバースペック」なのが文具メーカーの商品であるのに対して、オフィス・デポはそれを少しでも安くしようとする努力をした。
一方の100円ショップは根本的にそれを見直し、無駄なところは徹底して排除して価格を安くする。
事実、私のオフィスは通販や100円ショップの安物だらけですが、バカ高い文具メーカーの商品と遜色なく、十分に満足しているのです。
ということで、まとめてみましょう。
初戦は対スーパー。個人市場争奪戦は文具業界の優勢で終了。
第2戦はオフィス・デポとビジネス・コンビニ。法人客争奪戦で、文具業界劣勢。ただし、競合店舗数が少なかったので、急激な不利にはならず。
第2.5線は宅配ビジネス。法人争奪戦は新ビジネス優勢なるも、文具業界の身内であるプラスの積極的な参入と成功で痛み分け。
そして、第3戦は100円ショップ。個人・法人ともに争奪の構え。個人市場は惨敗。法人市場も徐々に浸透。品揃えが拡充するにつれ、浸食されるのは確実。
通して言えるのが、学校市場は死守したこと。逆に言えば、これ(学校指定)が家庭市場の浸食によって潰された時が文具業界の本当の正念場となります。ただし、100円ショップはそれすらも崩してしまいそうな勢いです。
その結果、現在約20,000店ある文房具店が半分の10,000店になるという業界予測もあるほどです。
頑張って欲しいユニバーサルデザイン商品
一方的に防戦ばかりで、目立った「返り討ちがない」といった印象の文具業界です。
唯一、女性新入社員が作ったとの触れ込みの「プラス・チームデミ・シリーズ」や「キングジム・テプラ(ラベルライター)」が話題になったモノの、もはや20年も前の出来事です。
現在、私が気になっているのがコクヨのユニバーサル・デザインによる文具ですが、残念なことにとてもヒットとは言い難い売れ行きです。
ユニバーサル・デザインとは「高齢者や身体の不自由な人たちでも使えるようにデザインされたもの」です。
分かりやすく言えば、
●握力がなくても作業できる
●視力が弱い人でも視認性がある
といったことを前提にデザインする運動です。
これが、高齢者たちだけでなく、機械音痴の若い人たちや通常では考えられないほどのヘビーユーザーにも合致した考え方であることが、分かってきたのでした。
コクヨはユニバーサルデザインをベースとした商品をいくつか開発しています。
例えば、こんな商品がざっと数えただけでも23アイテムあります。
●探しやすくて、書き込みやすい「太罫電話帳」
●軽い力で穴が開けられる小型の2穴パンチ
●針が指にふれないように設計された画びょう
(プニョプニョピンとして「業界では」ヒットした)
例えば、ホッチキスは1日数回くらい使うのであれば、従来のものでも大した握力は必要ないし、疲れることはありません。
しかし、例えばランドリー受付窓口の従業員は、伝票と洗濯物を収納するビニール袋を1日中ホッチキスで止める作業が続きます。
「力を入れなくても止まるホッチキス」は握力がなくなった高齢者だけでなく、こんな人たちにも需要があるという考え方です。
私が評価しているのは、その商品デザインを採用するに至ったコクヨの考え方です。
彼らが言うのはこういうことです。
だったら、値下げするお金をこういったものの開発費に充てて、100円ショップにはできない商品群を作ることこそが、メーカーとしての生き残り策のひとつなのです」
私のメルマガにたびたび登場する、「考えもナシに価格を下げる下策しか取れない企業たち」と比べれば、遙かに立派な企業姿勢です。
経営者としての「個人」的にはウラミがちょっとあるコクヨですが(笑)、コンサルタントとしては是非成功してもらいたい姿勢です。
OA化による「ペーパーレス社会」
ユニバーサルデザイン商品がうまく行くかどうかは今後の展開を見守りたいところですが、文具業界が抗うことができない大きな波があります。
「ペーパーレス社会」を標榜するOA化、IT化です。
一時期コクヨはオフィス家具を中心として、
「情報整理はどうあるべきか」
といったコンサルティングに力を入れていました。
という姿勢で「ハードウェア」を売るのが文具業界のお金の儲け方でした。
しかし「情報整理の達人」としての文具業界の位置づけも、OA化が進んでいる現在、かなりビジネスが難しくなって来ています。
なぜか。
という程度の提案では、ユーザーがお金を出すところまで成熟していませんし、ハードを主体として工場や文房具店の売上げを確保することに責任を感じている業界としては、困ってしまうからです。
シストラットでも、ハードディスクの大容量化や1GB以上のMOやDVD-RAMの導入によって、フロッピーの使用頻度が極端に減りました。そうなると、今まで100枚のフロッピーを管理しなければならなかったものが、1枚のMOで済んでしまうわけで、収納箱も物理的なメディアの整理も重要ではなくなってきたのです。文具業界の付けいるスキはどんどん減ります。
文具業界第三の動きとして、前述のように電子文具にも本格的に手を出すかに見えました。しかし、結局彼らは中途半端な商品開発しかできず、泣かず飛ばずです。
名刺を小型スキャナーで読み込んで整理する機械が一時期ちょっと話題になったものの、電子手帳などのヒット商品は文具業界ではなく、シャープやカシオといった「異業種」によって作られたヒットです。
もっと言ってしまえば、伝票の類も電子化によって減ることは必須でしょう。経理関係はすでにかなり電子化されています。シストラットでは創業以来、売上げ管理や経費管理は95%電子化されていて、紙媒体(いわゆる帳簿の類)は存在しません。
法人だけではありません。個人の生活でも似たようなことは起きます。
例えば、コンサート・チケットや伝票を紙に出力するのではなく、携帯電話に電子の状態で送り込んで、それを入り口で見せることで紙の代わりをさせる実験が様々な企業で行われています。
先ほど登場したランドリーや写真の現像焼き付け、デパートや量販店の注文伝票も同じように電子化され、携帯電話やメ電子ールでの処理となったら、伝票や収納ケースどころかホッチキスの出番すらなくなりかねません。
砂上の楼閣、文具商品のよりどころ
過去記事のお酒の記事の時に多かったように
陳腐な結論はつまらないよ」
という感想を持たれるのでは勉強にならずもったいないので、もうちょっとおつきあい下さい。
OA化、IT化は誰もが想定し、誰もが分かっている「事実に近い未来」だと思いがちです。
しかし、文具業界の品揃えを良く見てください。
コクヨのカウネット(オフィス向け通販カタログ)の目次から取り扱いジャンルを書き出してみました(お茶やカメラなどの文具業界以外のものは除きます)。
●事務用品 |
---|
*ファイル、クリアブック、クリアフォルダー *はがき・名刺整理用品 *ファイル・ボックス、フォルダー、収納保存用品 *クリアケース・カードケース *プレゼン用ファイル、持ち出しファイル、伝票ファイル等 |
●ノート紙製品 |
*ノート、バインダーノート・ルーズリーフ、レポート箋 *粘着メモ *テレホンインデックス *各種用紙、帳簿、伝票 *封筒、慶弔用品 |
●筆記具・修正用品 |
*ボールペン、筆ペン *蛍光マーカー、マーキングペン、ホワイトボード用マーカー *輸入筆記具、万年筆 *シャープペン、鉛筆、消しゴム *修正テープ、修正液、修正ペン |
●文具・事務用品 |
*接着用品、ラベル類 *パンチ、切断用品 *結束・綴じ込み用品 *掲示用品 *机上整理用品、保管整理用品 *名札、紙めくり、印章用品 |
●専門用品 |
*デザイン用品、設計・製図用品、工事関連用品、店舗用品、医療関連用品 |
●事務機器・電化消耗品 |
*ラベルライター *パウチ、OHPフィルム *写真アルバム |
●オフィス家具 |
*机、イス、テーブル *ワゴン、キャビネット、ラック、書類整理庫 |
このリストを見てみると、一見様々な品揃えになっていそうです。
細長いペンあり、プラスチック製の箱あり、金属製のクリップあり・・と形状もバラバラだし、用途もバラバラに見えます。
しかし、じっくりと観察していると、品揃えの大半が、ひとつのもののために作られていることが分かります。
それは「紙」です。
OAやIT化が言われているのに、それが既成の事実として誰もが認めているのに、ひとり当の文具業界だけが「そんなもの知らないよ」といった風情の商品構成になっている。
紙自体がなくなってしまえば、文具業界の存在意義がなくなってしまうものばかりだということに他なりません。
OA化、ペーパーレスがどれだけ現在の文具業界に悪影響を与えることになるのか。文具業界がどれだけ「紙」というものに依存し、そこから抜け出せないでいるかということが、このリストを見るだけでハッキリと分かろうというものです。
文具業界は反論するでしょう。
現在はまだまだ紙の助けなくしては生活や事務作業ができません。パソコンが普及してもまだまだプリンタは活躍していますし、モニタで見るよりも雑誌や新聞を含めた紙の方が見やすかったり、安上がりだったりもします。
事実、コピー用紙の生産出荷量は昭和57年度の10万8544トンから、71万6584トン(平成8年)と7倍にも膨れあがりました。
私たち門外漢が間違っており、ペーパーレス社会など来るはずもない幻影を当然だと思っているでしょうか。
それとも現状の紙の需要はあくまでも一時的なものであり、今後は本当のペーパーレス社会が到来するのか。
コピー用紙消費量7倍成長の理由
結論を言います。
一時期的な上昇だと私は思っています。
個人の行動を見ているとよく分かります。
紙とペンの頃は作り直しや修正に手間がかかるので、原稿枚数も少ないコトが多い。
一方、パソコンは修正が楽だし原稿生産枚数も増えます。ここまではペーパーレスです。しかし、初心者から中級者はモニタで確認するのに慣れていないので印刷した紙で確認しようとする。
手書きの頃はせいぜい下書きと清書の2セット分の紙しか必要がなかったのに対して、パソコンでは確認を3回すれば、清書分と合わせて4セットの紙が必要になる計算です。
それだけではなく、コピー機メーカーの商品開発の結果、高速機がどんどん普及しています。その分、紙を余分に消費できるという訳です。
しかし、ゆっくりではありますが、それも変わってきています。
ノートパソコンやPDA、はたまた携帯電話の普及によって、進化に拍車がかかっています。
にも関わらず文具業界から、ほとんど提案らしい提案が私たちの目の前に現れてこない。
そう。
本当の文具業界の危機は流通分野における対抗企業ではなく、時代に乗ることができる商品を開発できないことなのです。
9,000億円と言われる文具市場の崩壊の危機です。
一体、どうしてこうなってしまったのでしょうか。
かつて、ろうそく業界が電気を使ったライトという革新に乗れなかったように、また音楽テープ業界がMDへの波に乗れなかったように、紙から電子の波に乗りきれずに衰退してしまうのでしょうか。
色々と原因が考えられます。
しかし、紙面が残り少ないので、1つだけ他の業界にも参考になるお話しをしましょう。
私がこのメルマガでは「紙」と「電子」を別のモノとして扱いませんでした。
「文具」も「電子文具」も同じモノとして記事を書いています。
つまり、生活者から見れば
●まとめたり(例:のり、フォルダ、整理箱)
●分解したり(例:はさみ、カード)
した上で、
(例:マーカー、ポストイット、ラベル、クリアケース)
のサポートをするのが、文具だという考え方だからです。
そこには紙や電子は関係ありません。
生活者の目的は同じなのです。
従って、紙から電子になったところで基本的なところは変わりません。
これは、カメラメーカーが「フィルムを使うから」という理由だけで、「フィルムカメラとデジカメは別のモノ」だと考えているのではないことと似ています。
富士フイルムやニコンなどの「従来のフィルムやカメラメーカー」が必死になってデジカメ市場で成功しようとしているのは、彼らが
と考えているからに他なりません。
そして、彼らはデジカメが普及してしまったら、フィルムもフィルムカメラも衰退してしまうことを危惧しているからこそ、デジカメ市場で戦わざるを得ないと知っているのです。
ひとり文具業界だけが「デジタルと紙は別物」と考えて、おっとり構えているように私には見えてしまいます。
これは、ファンシー文具や雑貨店文具についても言えることです。
とあたかも考えているように見えて仕方がないのです。
一言で言えば体質が古い、今まで安定してきたということなのでしょう。
しかし、ろうそく業界も明治時代の初期までは安定した業界だったはずです。紙が安定しているなんて保証はどこにもありません。
オオカミ少年で鈍感になった業界か
あるいは、もしかしたら、文具業界はオオカミ少年の被害にあったのが原因なのかも知れません。
かつて、OA化と言われた頃は「ペーパーレス社会」と雑誌などで書き立てられ、あたかも紙が一斉に机からなくなってしまうように書かれていました。
文具メーカーが名刺管理機を作ったりと「ペーパーレス社会」に適合した商品を多少なりとも意識したのはこの頃です。
しかし、現実はその変革は到来しなかったように見えます。
先に紹介したコピー用紙の消費量は減少するどころか、かえって増えています。文具業界もオフィスデポやアスクルが原因の構造変化はあるものの、文具市場全体は減るどころが、むしろ多少なりとも増加している。
また、実はOA文化の仕掛け人たちが気がついていない、紙と印刷のノウハウがあります。
それらはいくつもありますが、分かりやすい例を1つだけ上げましょう。
印刷の世界では、人間が最も読みやすいとされる1行11字~13字のレイアウトを守っています。
一般の新聞や雑誌の文字数を数えてみてください。
一部の例外を除き、ほとんどすべての商業媒体がこの範囲に入っています。彼らは、読者がお金を払ってでも読みたいと思ってもらうための工夫を、長年の蓄積でノウハウにしています。
勉強不足のデザイナーが作ったカタログ類や広告ではお構いなしですが。
OAメーカーやITメーカーはそんなことを知りませんから、「OA機器が紙を駆逐する」なんて気軽におっしゃってくれます。あの貧弱なパソコン用モニタでは、雑誌の見開きの1/4しか表示できないというのに。
商業印刷の「読ませる長年の工夫」を舐めている限り、紙は完全になくなりません。
短期的に見れば「ペーパーレス社会」は「SF小説の夢物語」だと思われても仕方がない状態です。
実際、そんな社会は実現しなかったじゃないか。
それどころか、ペーパーモアの時代になっているじゃないか。
紙の文化は永遠なのだ。
従って、我々は紙の文化をベースにまだまだやっていけるし、ペーパーレス社会なんて、来たら考えればいいんだよ」
そんな声が業界を支配していたとしても、何ら不思議がありません。
会社で使う書類はすべてがすべて、そういった工夫が必要なものばかりではありません。
ちょっとしたメモ原稿やペラの企画書などでは、1行40文字あっても同僚や上司は目を通してくれます。
パソコンの初心者は永遠に初心者ではありません。
使ったことがない「初心者予備軍」はこれから減ることはあっても、増えることは絶対にない。
だから、やはり紙は徐々にであっても減少することは間違いありません。
文具業界が直面している競争相手は、実は自分自身である・・かも知れません。
【使用画像】ぽれぽれ動物