■サルにもわかる広告開発【広告開発】

artc201211012ご無沙汰しています。
生きてます(笑)
ある事情があって、連続2回分の原稿がボツになってしまいました。また、お休みのお知らせも出せず仕舞い。
コンサルタントが辛口記事を書くとこういう事故はつきものですが、連続で来たのが長期お休みの原因となってしまいました。ごめんなさい。
今回は広告開発のお話です。フィクションです。広告業界にこういった人たちは存在しません(笑)
なお、私はちゃねらーではありません。念のため (^^;

腐っても鯛

きのこのこのこ げんきのこ
エリンギ マイタケ ブナシメジ
きのこのこのこ げんきのこ
おいしいきのこは ホクト

今、話題の広告です。
無名だった従業員600人足らず、売上高250億円のキノコの栽培メーカー、ホクトを一躍有名にしたキノコの広告。そのCMソングが大ヒット。オリコンで週間売上げ16位にまで上っています。
広告のチカラをまざまざと見せつけられる一瞬です。

広告と一言でいっても様々な種類がありますし、作り方がまったく違います。広告の目的や役割が違うからです。
例えば、ラジオ広告は耳で聞くものですから、目で見るだけの雑誌広告とは根本的に違います。
また、音と絵が出るテレビ広告は絵が動かない雑誌広告や新聞広告とは違う作り方であることは容易に想像が着くでしょう。

従って、今回はみなさんが最も親しみやすい「広告の主役」であるテレビ広告に焦点を当てることにしましたが、作り方の基本は他の広告と変わりません。
費用が高いテレビ広告は準備にお金がかけられることだけが違いです。

例えば、標準的な広告の制作費用は2,000~3,000万円。それをテレビ局に持ち込んで流してもらう費用が3~10億円にも及びます。
一方の雑誌広告は制作費で200万円、雑誌に広告ページとして入れてもらうのに100~3000万円が相場だと思えば、桁が違うことが分かると思います。

ちなみに、「広告の王者」テレビ広告ですが、最近はネットのおかげでテレビを見なくなった生活者が増えたり、テレビよりも自宅では音楽を聴く独身者が昔からいたりと、時代を追う毎に分が悪くなっています。
「テレビ広告の時代は終わった」と言われることも多くあります。
しかし、それでもテレビ以上にたくさんの生活者に触れる広告がない現状では「腐っても鯛」と私は呼んでいます。

なぜか。
テレビでは視聴率1%が約150万人に当たります。
5%の視聴率の番組の直後に広告を流せば750万人に見せることができ、10%なら1,500万人にも及びます。
一度にそんなたくさんの人たちに広告を披露できるのはテレビしかない。
例えば、雑誌は100万部の発行部数があれば「大」雑誌ですから、その差は歴然です。

さて、今回は広告会社の現場からの視点で

「広告はどうやって作られているのか」

を、おちゃらけを入れながらご紹介します。

「へぇ、こんな感じで広告を作ってるんだ」とおもしろがるも良し。
「クライアントとして、こうした方がよいのか」と参考にするのも良し。
「他の広告会社はこんな感じなんだ」と対岸の火事を楽しむのも良し。

広告会社、しかも広告制作となると、クリエイティブのスタッフを主人公にするのが王道でしょうが、それだと余りにも生々しすぎてしまいます。
そこで、このメルマガにふさわしい部署であるマーケティング部に勤務する二人を描きました。

今回の主人公は35才の林本さん。中堅の広告会社、連邦社でマーケティングを担当しています。
脇役は準大手、第百企画に勤める弱冠27才の渡辺さん。彼もマーケティング部署です。

一人は超真面目でスーパーマン的な動きをするマーケティング・スタッフ。
もう一人はちょっとテンションの高い体育会系おちゃらけマーケですが、両方とも実在の人物がモデルです。
あの業界は本当にいろんな人間がいるものです(笑)

連邦社編:情報戦のスタート

冬の寒いある日です。
連邦社の林本さんが近くの定食屋で昼飯を食い、職場に戻った直後です。
営業から電話がありました。

「近々コンペがありそうなんですわ。
ちょっと打合せをしたいので、明日の午後、時間あるかしら」

営業は他社に先駆けてコンペ(広告企画競争)の情報をつかんだようです。
今回のように先々のクライアントの動きを察知して、各部署に準備をさせるのは営業の最大の役割のひとつといっても良いでしょう。
他社よりも早く情報を察知できれば、その分、用意周到な準備ができ、自社が有利になるからです。

逆に言えば、普通にやっていたのでは間に合わないほど、クライアントの企画提出の締め切りが短いことがほとんどです。
だから、正式なコンペ(広告企画競争)参加の依頼を待っていたのでは、とてもではないけれど、クライアントが要求する水準の広告は作れません。
そのためにも事前の情報収集は大事なのです。

林本さんが次の日にミーティングに行ってみると、集まったのは営業部、マーケティング部、制作部の面々。事前打ち合わせなので、総勢5人という小規模ミーティングです。

【営業】「クライアントはパイス工業。商品は新しいデジカメです。
パイスは最近、デジカメのフルラインナップをにらんで、次々と新商品を開発しているのはご存じのとおりです。お手元の資料にまとめたのが彼らが計画しているラインナップです。
このうち、比較的彼らが弱い低価格の普及機にチカラを注いでいる訳ですが、この春300万画素機を新たに投入する予定になっています」

手元にあるのは社外秘のハズの商品開発計画表と彼自身が日常の取材でまとめた次機種の予想スペック、そして市場投入予定日です。

【営業】「パイスのいつものやり方だと発売日は約4カ月後になります。
正式なオリエンテーション(企画競争の依頼)は恐らく今から2カ月後。それをまともに待っていたら、オリエンからプレゼン(企画説明)まで3週間しかありません」

【クリエイティブ】「3週間なんてまだいい方です。この前なんて、水丸園食品が指定したのが10日間ですよ、10日間。
それでいて、マーケティング戦略を作って、テレビと新聞の企画案を提出しろなんて言われましたもの。
しかも、企画案はVコン(企画案をスケッチではなくビデオで制作したもの)で5案以上提出。
オレにどうしろ、と。死ね、と?(笑)」

広告戦略と広告企画案のセットはまともに作ったら、3カ月はかかる代物です。

【クリ】「この前のビルポ・カージャパンは楽だったよな。
まず、マーケティング戦略のコンペで広告会社を絞って、それからクリエティブ案で広告会社を最終的に絞るから、時間はたっぷりあった。外資系でも珍しいよな、ああいうのって」
とクリエイティブ・ディレクター。

【林本】「あれはかなりキツイですよ。
第1次コンペで落ちたら、完全にマーケティングの責任じゃないですか。
言い訳が効かないし、心臓に悪いですよ、いや、ほんと(笑)」

【営業】「ということで、私は正確な情報を取るようにしますが、皆さんはそれぞれ準備しておいてください。
ちなみに、オリエンの確率は95%ですから、準備がムダになることはまずあり得ません」

【林本】「企画案の前にマーケティング戦略を作ることになる訳だけど、調査予算はいくらくらいもらえるのかな」

【営業部部長】「費用の点はマーケから提案してくれないか。
制作からの提案やプロモーション部隊を含めた全体で考えるから」

彼がこういう言い方をする時は、そこそこ大きな予算を考えている証拠です。

【林本】「それじゃ、ラフ予算案を3日後にメールします」

【営業部部長】「わかった。
それから、制作も外部プロダクションの選定を進めておいてくれ」

【クリ】「了解。デジカメの制作会社ならロビーかな。まあ、相談してみます」

ミーティングが終わりました。
営業部長は効率よく、手際よく仕事を進めるので、林本さんが好きなタイプです。

連邦社編:準備が本番

さて、席に戻ると林本さんはまずデジカメ市場がどういった状況かを把握するために過去の調査資料を読み返します。
2年前にパイス工業の仕事をしたので、デジカメのマーケティングには土地勘があります。しかし、進化が激しく市場も大きく動くので、2年前のデータなどゴミ同然という可能性もあります。

過去のデータを把握しつつ、一から考え直す必要があるかも知れません。
そうなると、調査手法の候補はおのずと限られてきます。今回は予算もそこそこありそうなので、できるだけ色々な角度から、生活者を含めたデジカメ市場をとらえるような調査設計にすることにしました。

幸いなことに予算については営業からOKが出ました。
早速準備です。いや、マーケティング部に関して言えば本番スタートです。

まずは、デジカメの基本ニーズを洗い出す調査をします。
これはアンケート調査で200人に聞きます。自宅で回答してもらう方法です。
同時に、テレビ広告を見てもらって意見を聞きたいので、会場調査という方法も採用しました。
2種類の調査を同時に走らせます。

会場調査とは道行く人たちに声をかけて近くに借りた会議室に来てもらい、アンケートに回答してもらう方法です。
自宅でじっくり答えてもらう方法と比べて、たくさんの質問はできません。せいぜい20分で済むようにしないと、途中で「急いでいるから」と帰られてしまったり、いい加減な答えしかしてくれなくなります。

一方、会場調査は費用が少なくて済むのと、その場で回答をもらうので、回収期間が短いのが大きなメリットです。
また、今回のようにテレビ広告を録画したビデオを見せないといけない場合は、会場調査しか方法はありません。郵送で調査票を送り、回答してもらうやり方だと、200本ものビデオをダビングして郵送しなければならず、現実的ではないからです。

画像や動画を見せることができるインターネット調査がもっと普及すればそういった問題がなくなるかというと、そうでもありません。

写真や動画は通販のカタログのように、実物と写真のイメージは往々にして違うものです。
写真の段階で人気沸騰。アンケートで1位になっても、発売した途端に実物を見て人気が下がるなんてことも珍しくないのです。

連邦社編:オリエンテーション

そんなこんなしているうちに、2ヶ月が早くも経ったある日、営業から電話がありました。オリエンが来週にあるという連絡です。
もちろん、林本さんも一緒に行きます。
同行するのは最初に集まった5人。

クライアントの現場に行くと、他の広告会社の面々が待機していました。
数えてみると全部で5社。30人近い人間が無言でオリエンが始まるのを待っています。

「腰通、国宝堂、日々広告、第百企画…それと、うちの5社か。
順当なラインだな。最大の競合は腰通、第百企画は番外か…」

営業のチェックが入ります。

「本日は皆様にわざわざお越し頂き、ありがとうございました。
早速ですが、弊社の次期戦略機種であるDump10についての広告企画案のご提出のお願いをしたいと思っております」

クライアントの広告宣伝課長からの挨拶が始まりました。
その後、開発部からの技術的な説明と開発意図やターゲットの説明が入ります。そして、最後にまた広告部から今回の広告についての注意点が説明されます。

「以上、今回のご提案は各社3案以内、企画の形態は絵コンテでもVコンでもご自由にどうぞ。
また、タレントをご使用になる場合は、競合他社はもちろんのこと、映像関係業界の広告に出演していないことを条件とします。
最後になりますが、プレゼンテーション時の各社出席人数は10人以内とさせていただきます」

オリエンテーションは1時間くらいで終わります。

「ご質問がありましたら、お気軽にどうぞ」

誰も質問をせず、会場となった会議室はシーンと静まりかえっています。
それはそうです。競争相手がたくさんいるところで質問なんかしたら、手の内がばれてしまうようなものです。
質問は後で営業を通じていくらでもできます。ここは黙っておいた方が得策です。

それを知ってか知らずか、クライアントはさっと出席者を見渡し、閉会の言葉を続けます。
自社に戻るまで帰りはみんな無言です。雑談すらしない。
これも質問と同様、競争相手にばれるからです。

会社に戻り、さっそく簡単な打合せです。
事前に営業が入手した情報と今回のオリエンの内容をつきあわせ、準備作業の修正が必要かどうかを確認するためです。

営業が集めてきた情報はほぼ正確。
営業部長は社内でも評判が高い収集力を誇ります。

林本さんは早速、広告戦略づくりに取りかかりました。
広告は「何を言うか」と「どう言うか」の2つで構成されていますが、それを考えるのが次のステップです。
もちろん、まだ、多少時間が残っているので、それが生活者に受け入れられるかどうかのチェックのための調査の準備も進めます。

第百企画編:課長のおごりっすか、キャバクラ?

場面は変わります。数日前のことです。
入社5年目。第百企画の若手マーケ、渡辺さんは退社の身支度を整えているところに、上司の山田課長から緊急連絡が入りました。

【課長】「コンペのオリエンが明後日にある。時間をあけておいてくれないか。
たった今、営業から連絡があったんだ」

【渡辺】「わわわ、そ、そんな急なぁ。オレ、今日デートなんすよ」

【課長】「お前の今晩の予定なんぞ聞いておらん。デートでもキャバクラでも行って来い。予定は明後日だ」

パイス工業で、この時期の招集ですから、多分デジカメの新製品なのは想像がつきます。

【渡辺】「課長のおごりっすか、キャバクラ?
それはいいですが、コンペの内容は何でしょ。新製品?それとも従来製品?」

【課長】「オレにもわからん。営業部は教えてくれないからね。
情報を握っているのが優位に立てると思いこんでいるから、我々にも教えてくれん。聞いたところで無駄なだけさ。
それはそうと、今日はデートじゃなかったのか?オレのおごりだと、デートはキャンセルか?デートなんて見栄を張るな」

渡辺さんは喜々として夜の街に消えていきました。
デート、キャバクラ、どっちなんでしょうか(笑)

当日です。
渡辺さんを含めて5人がオリエンに出席します。
山田課長の話だと、バブルの頃は15人、20人を引き連れてプレゼンやオリエンの場に出向いたそうです。

「自分たちは真剣に取り組もうとしているんだ」

を伝えるデモンストレーションです。もちろん、そんなたくさんの人数を引き連れる実質的な意味はありません。
その大半は日給5万円で雇ったフリーの企画マンやコピーライターなど。
サクラたちはミーティング終わったらサヨナラです。広告企画には携わりません。
当時、業界トップが始めたことを早々と真似をしたら大受け。そのおかげで部長に昇進できたというウワサです。

オリエンは1時間で終わり。
会社に戻って打合せが始まります。

【営業部長】「さてと、どう料理するかだな」

営業部長が口火を切ります。

【渡辺】「うーんと、あの点と、この点が知りたいっすね。
取材してくれない?むらさん」

【営業若手】「取材かぁ。苦手なんだよなあ、あそこの広告課長。
しゃーないな。後でアポを取っておくか」

【営業部長】「あそこの広告部長は釣りが好きだぞ。渓流釣りだ。
好みの女のタイプは江角マキコだな。
そうそう。最近ゴルフのアベレージが5も下がったそうだ。それも確認しておいてくれ」

広告にキーマンが好きな要素を入れれば採用されるなんて、今時のクライアントは公私混同しているハズはありません…と言いたいところですが、そういうクライアントもまだまだしぶとく生き残っています。

第百企画編:そんなの広告にならんぞ

【クリエイティブ】「んでさあ、今回、こう思うんだよね。
空気感と生っぽさが、今まで足りなさすぎたんだよ。
だからさー、デジカメだろ。
そういうのを見せないと話にならないんだよね。
んでさ、コンペだから目玉がないといけないわけよ。
こう…どっかーんと、目を引くような派手なヤツでさぁ」

【渡辺】「て優香、やまさん。日本語話してよー。ぜんっぜん何のことやらわかりませんですた。
漏れ日本人でつ(´Д`)」

渡辺さんは、入社5年目でもクリエイティブスタッフのことばが理解できません。

【クリ】「ヴォケ、お前の数字とグラフのカタマリの企画書がそんなに分かりやすいのかと問いつめたい。小一時間、問いつめたい(′・ω・`)」

【営業部長】「あーー、うるさい、藻前ら。2ちゃんねるの見過ぎ(´・ω・`)
いいか、やまちゃんがいうとおり、コンペで最大の敵は腰通、国宝堂だからな。
ヤツらに勝つだけのインパクトがないと我々のような弱小では太刀打ちできん。
まあ、なんだ。逝ってよし」

【渡辺】「わ、また真っ向から業界1位2位にケンカをふっかけるんすか」

自分が商品を選ぶ時だって、性能と値段が同じならば船井電機のビデオカメラより、ソニーのビデオカメラを選びます。いや、多少、船井電機製のカメラの性能が良かったところで判断は変わりません。やはりソニーです。
クライアントだって同じだと渡辺さんは思うのです。

【渡辺】「んで、マーケの予算は、いつものとおり…でしょ?
ひええ、腰通、国宝堂に竹やりで突っ込め、と。
自爆しろ、と。
命がいくつあっても足りないっすよ。(((((;゚Д゚)))))ガクガクブルブル」

【クリ】「ま、ほら、なべちゃん。クライアントっつーのはね、調査データや戦略にOKを出すんじゃなくて、クリエイティブ企画案に出すんだから。
調査予算が多いからといってコンペが取れるもんでもないじゃん。

いつものように、俺たちの企画が素晴らしいことの理屈さえつけてもらえばいいんだからさ。
な、あのなべさんの切れ味でちゃっちゃっ、と作っちゃってよ。
最後の手段は必殺技『データをペンでちゃっちゃっと変えちゃえばいい作戦』を発動すればいいんだからさ(σ゚д゚)σ
な、簡単じゃん?(笑)」

【渡辺】「ぐはっ。そーゆー時だけおだてっすかぁ?
やまさん、ずるい(´Д`)」

いつも上司の山田課長がこういっているのを渡辺さんは思い出します。

「広告会社はそんなところだから、仕方がないよね。会社の儲けは広告から来るのであってマーケティングではない。
せめて私たちだけでも、プライドをもって仕事をするしかないんだよ、渡辺君。
まあ、会社から『データをねつ造しろ』と言われたら、組織人としてはやらざるを得ないがな。会社のために犯罪を犯すくらいの意気込みはサラリーマンの鏡でもあるからなあ。古い考え方かも知れんが」

【クリ】「今度の新製品、いつものように他社製品と変わらないな。
また広告で差をつけてやらないといけないのかぁ。
クライアントの尻ぬぐいも大変だ」

クリエイティブスタッフが文句を言っています。

【渡辺】「あ、電源スイッチを入れて撮影可能になるまでの時間は、他社製品より圧倒的に早いっすよ」

【クリ】「『スイッチ一発、シャッターチャンス
わが子の一瞬の表情も見逃しません』
てか…。
おい、そんなの広告にならんぞ。
まったく、だからマーケがコンセプトを指示すると、ろくなものにならん。
…あ、いや、なべさん、失言。ごめん。思わず本音をゆうてしもた」

【渡辺】「ちゃねらー、なめんなよ。晒すぞ、ゴルァ(′・ω・`)」

「広告にならない」
よく言われる言葉です。
渡辺さんは未だになぜこういう分かりやすいメッセージが「広告にならないのか」がいまだに分かりません。

ミーティングが終わりました。あひっ(藁

連邦社編:クリエイティブ戦略プレ

さて、場面はまた連邦社に移ります。
林本さんは手慣れた手つきで、次々と調査を実行していきます。

「おい、林本君、そろそろクリエイティブに中間的な方向をプレゼンテーションする時期だな」

営業部長から確認が入ります。
事前準備をきちんとしていても、たっぷり時間があるわけではありません。
本来なら、調査が終わり、分析し、戦略を立てた上で、広告でどんなことを訴えるのかを決めて、クリエイティブ・スタッフに提案したいところです。

しかし、それでは間に合わないので、生データを読んだ段階でつかみ取った傾向と対策を「仮提案」としてクリエイティブに披露します。
その後、微調整のためにクリエイティブに正式なプレゼンテーションをしますが、あくまでも「仮提案」が実質的なマーケからの提案となります。

気を使う一瞬です。
ここで間違えると、微調整のハズが大幅修正になって、クリエイティブに迷惑をかけてしまうからです。

ミーティング・ルームに行くと、そうそうたる面々が待っています。
社内のプロデューサーはもちろんですが、実際に企画を考える制作プロダクションのプロデューサーとディレクターが来ています。
連邦社のクリエイティブが選別した精鋭がそろっています。

この制作プロダクションはここのところヒット広告を飛ばし続けている実力のある会社です。外車、ビール、携帯電話などなど、彼らが手がけた広告でヒット商品になったものが数多くあります。

しかも、最近は映画産業にまで進出し、つい最近、邦画なのに30億円もの興行収入をマークした大ヒット作を作りました。
今や映画界ではロビーの社名を知らない人間はいないと言っても過言ではありません。

コピーライターは逆に大御所と呼ばれる有名な人間ではありません。
若手ながらもなかなかの実力と言われる人間ではありますが、名前が広く知られていない。
どんな業界もそうですが、大御所と言われる人間はすでに実力が褪せているケースが多々ありますので、バリバリの現役の方が良いケースがあります。

林本さんは彼らに対して「広告でどういうことを生活者に伝えて欲しいか」を中心にクリエイティブメンバーに披露します。
業界で「表現コンセプト」と呼ばれるものです。

林本さんのオリエンはクリエータに「分かりやすい」と定評があります。
というのも、彼の説明にはグラフや数字はポイントポイントしか入っていないからです。
一般的なマーケスタッフは「これが理解できないのはおかしい」というくらいに、グラフと数字漬けの資料を渡します。
しかも「Aの受容性は15%で、B案より3%高い」といった重箱の隅をつつくような言い方しかできません。

一方、林本さんは

「A案もB案も大差なし。どちらも生活者には好かれていない」

とばっさりと切り捨ててしまいます。
当然「なぜだ」と質問されても根拠をきちんと説明できるので、クリエータたちに彼の判断は信用されているのです。

その分、林本さんが感じるプレッシャーはかなりのものです。百戦錬磨のクリエータたちが相手ですから、するどいことを突っ込まれたらおしまいです。
信用はあるけど、真剣勝負で臨む。
そこには妥協はもちろん、馴れ合いということばも存在しません。

林本さんは戦略を説明し、広告の方向性の案を4案披露します。
クライアントから支持されているのは3案ですが、クリエータに自由度を持ってもらうために、多めに案を考えるのが彼のやり方です。

「実はもうひとつ、この戦略とは異なる方向性で1案考えてみました」

林本さんは5案目を紹介します。この案にたどり着くための道筋、つまり戦略も添えてあります。

「スイッチ一発で、すぐにカメラが使える状態になるのが今回の新製品で最大のポイントになります。
シャッターチャンスが命の写真はたくさんあります。今回のターゲットである素人さんでも同じです。しかし、この方向は誰でも1回は考える案です。

業界トップの腰通、国宝堂がこの案を出すとなると、コンセプトで真っ向からぶつかってしまい、下位の我が社は不利になります。
しかし、どう見てもこの方向は生活者に受け入れられるもののひとつでもあります。従って、うちの良識をクライアントに披露するためにも、作っておいた方が良いのではないかと思っています」

幸いなことに、了解がもらえました。
林本さんは最後の追い込みにかかります。

第百企画編:目立たなけりゃ、鼻くそとおんなじ

一方の渡辺さんです。
他の仕事をこなしながら、企画案が上がってくるのを待ちます。
…が、なかなかクリエイティブから連絡がありません。プレゼンテーションが3日後に迫っているというのに。

このままでは、マーケティング企画書どころか調査すら間に合いません。渡辺さんはクリエイティブに直談判することにしました。

【クリ】「そうせかすなや、なべちゃん。
クリエイティブなんて、ちゃちゃっとできるもんじゃないさ。オレだって徹夜の連続なんだから、勘弁しろや」

それは本当のようです。寝不足で疲れ切った表情。
仕方がないので、口頭でどんな企画になりそうなのかを聞くことにしました。

【クリ】「まずA案はなインパクト最重視の案で、日常ありえないシーンを出す。
渋谷にゴジラが出たくらいでは今さら驚かないから、虫を出す。
小さなアリが何万匹もハチ公前を行進するんだ。
びっくりするだろ?
それをデジカメで撮る」

【渡辺】「イ?
そりゃ、インパクトおおありっす。
けど、やまさん。それって、『びっくり』というより『おぞましい』という…(′・ω・`)」

【クリ】「なんだ。お前、文句あっか?
インパクトだよ、インパクト。
広告っつーのはな、1日何百本も流れてるんだぞ。
目立たなけりゃ、鼻くそとおんなじ」

【渡辺】「んでさ、アリさんをパイスのデジカメで撮っても他社のデジカメで撮っても変わんないっすよね。
『パイスならではの』広告になってんすか?(・∀・)」

【クリ】「お前、言いにくいことをズバズバ平気で言ってのけるな。
しかし、お前のキャラ、マーケティングっぽくないなぁ。
ま、コンサルタントの森さんが近いかもだけどな(*´д`*)」

なにはともあれ、第百企画案を採用すればクライアントにとって有利であるのかをまとめなければなりません。

調査といっても時間も予算もないので、ネットや電話によるアンケートくらいしか選択の余地はありません。
最近はネットでの調査も早くデータが集まるので、良く使います。
本当は、ネット調査は回答者に偏りがあるので使いたくありませんが、クライアントがそのことに疑問を持っていないので助かっています。

昔は、一般の生活者ではなく、知り合いの制作会社の社員やコピーライター、デザイナーに回答してもらったデータを「生活者の意見として」使っていましたから、それから比べたら「(クセのある人たちが集まっているとはいえ)一応、堂々と生活者に聞いたと胸を張れる」ネット調査はまだマシというものです。

そこで、渡辺さんは先ほどクリエイティブから聞いた話を文字にまとめ、スケッチをスキャナで読み込んで、ネットモニタ調査にかけることにしました。1日で300人は集まりますから、とりあえず調査らしくなります。

「この広告は好きですか」なんて質問をするとヤバいデータが出てきそうなので、「記憶に残る」と「他社と比べて目を引く」の2項目を中心にします。
クリエイティブの意図がインパクトなので、それで十分です。

データはすぐに上がってきました。
案の定、思ったとおりです。インパクトだけはバツグンな評価データです。
そのデータを元に渡辺さんは広告戦略を作ることにします。ほとんどが「多分こうなるだろう」という個人的な予測ですが、矢印やボックスを多用して書けば説得力が出てきます。

パソコンのキーを打つ手を止めて、疲れた目頭を押さえた渡辺さんはオフィスを見渡します。午前3時を回っているので、彼一人です。
ふと思うことがあります。
元々マーケティングをやりたくて今の職場についたものの、「本来の姿」を追いかけようとする自分と、広告会社の社員として「できないながらも、どうすべきかを工夫する」自分との接点が見つからないからです。

マーケティングの理想を言うだけなら簡単ですが、それでは弱小広告会社の売上げでは経費がかけられないし、時間もない。
かといって、会社の都合だけを優先すると、データねつ造なんていう「マーケティングに携わる人間にとって、死んだ方がマシなほどの最大の恥」に手を染めてしまうことになる。

結局、しわ寄せはクライアントに行くわけです。
しかし一方で、クライアントはその案を採用したわけですから、最終的な責任はクライアントにあることになります。
第一、クライアントは良い広告案を作れば必ず評価してくれるとは限りません。いや、渡辺さんから見て「なんでこんなものが採用になるのだろう」と不思議に思う案が自社他社を問わず採用されて来ているのを見ています。

それを見るにつけて、「一体何がベストな選択なのか」が分からなくなってしまっているのが本音です。

「まあ、なんだ。逝ってよし
…つか、グラフの束でクビ吊って逝ってきまつ(´・ω・`)」

そんな一言を彼なりの気合いを入れて、パソコンに再び向かいます。

頑張れ、二人

当日になりました。
プレゼンテーションです。
各社、大きなボードを抱えて、次々と決められた時間にクライアントのプレゼンテーション・ルームに入っていきます。

結果はどうなったのでしょうか。
それはここでは書かない方が良いのかも知れません。
だって、採用になったのは林本さんでも渡辺さんでもなく、業界1位の腰通だったからです。

それでも彼ら二人は今日も一生懸命広告づくりのための仕事をしています。
頑張れ、二人。

【使用画像】http://passtell.jp/
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