■CM女王は誰の手に【CMタレント】 

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腐っても鯛

キムタクのHEROが、初回からずっと30%以上の視聴率のまま最終回を迎え、日本の記録を塗り替えました。
「101回目のプロポーズ」が瞬間的に50%を越えた例があることを知っていると、たかが30%で記録と言われても不思議な感じがします。ちなみに、HEROの最低記録は30.4%。他の番組プロデューサーにとってはその半分でもよだれが出る数字です。
いずれにしても、テレビの威力は偉大です。

私たちが生活して行く上で1日に何回も触れるくせに、それがなくても困らないもの。
その最先端はやはり広告でしょう。
年間6兆円とも言われる広告費ですし、私たちの目に止まることを大切にしているだけあって、様々な場面で視界に入ってきます。

その頂点に立つのはテレビ広告。
1日3,000本も流れていると言われるテレビ広告は、現代人のテレビ離れが叫ばれる今でも、まだまだ王者として君臨しています。

「腐っても鯛(たい)」とは私がテレビ広告を指して良く使う表現です。
「腐っても」とは、広告業界ではテレビ以外の広告が常に話題になり、テレビを見る人が年々減ってきているのが常識化しているからです。
「テレビ(広告)の時代は終わった」などと声高に宣言する広告関係者も多い。

「鯛(たい)」とは、テレビ広告の力が弱ってきたとはいうものの、それ以上の影響力を持った広告媒体がないことを指しています。
なんだかんだいってもテレビ広告は王者なのだという意味です。

ちなみに、最近のテレビ以外の広告で期待を集めたのはインターネットです。
しかし、大半の読者がご存じのとおり、インターネット人口そのものがまだまだ小さいし、趣味性が強く、拡散した嗜好の集まりなので、広告効果は微々たるものです。
ビデオリサーチなどの視聴率調査を手がける調査会社がインターネット・サイトの視聴率を調査しましたが、トップのサイトで3%程度しかありません。

キムタクのHEROの例から考えると、インターネットの影響力がどれだけ少ないかということが分かろうかというものです。
実際、2%の視聴率はラジオ並あるいは深夜テレビ並です。
インターネットという特殊なメディアがそこまで成長したのは褒めて上げても良いですが、ビジネスで動く企業としては「頑張ったね」じゃ、お金は払えません。

インターネット以外にも、従来から広告業界はテレビ以外に様々な活路を求めようとしていました。
家庭用ゲームにペプシマンを登場させたり、主人公が勝つとジャワティを飲むポーズを取らせたりしたゲームが現れて、新たな広告媒体登場かと広告業界では騒がれたものです。もちろん、その結末は…言わぬが花ですが。

また、コンビニなどで売られているビデオ雑誌の広告や、古くはスポンサー付きのイベントやコンサート(冠イベントなどと呼ばれます)も注目株でした。
しかし、結局、それらは全てテレビ広告の代わりになるほど成長しませんでした。消え去ったものも多い。

テレビ広告の力が弱まったのは事実です。
しかし、それを声高に叫ぶ裏にはちよっとした事情があります。広告代理店戦争です。
トップ代理店は電通です。その影響力は計り知れないとも言われます。
しかし、全広告代理店の中で電通の占めるシェアはたかだか10%強にしか過ぎません。
それなのに独占企業的な言われ方をするのは、テレビ広告の分野に限れば40%以上のシェアを占めるからです。独占、とまではいかずとも、簡単にひっくり返らない不動の1位です。

下位の代理店が電通を追い越すのはこのままでは不可能です。しかし、テレビそのものの影響力が弱まれば電通の影響力も低下する。そうなれば、下位の代理店にもチャンスが巡ってくる。
テレビ否定論が大手を振って立ち回るのも、実はそういった裏事情があるからです。

広告の花、CMタレント

話を戻します。テレビ広告でした。
広告の花のひとつはタレントです。
アイドルや女優、お笑い芸人など、様々な顔ぶれが揃います。
中にはタレント顔負けの素人さんも登場するのがテレビCMの面白いところです。

最近では、永谷園のお茶漬けの若い男性が話題をさらいました。
「おいしそう」「下品だ」との論争もインターネットの各地で展開されていました。
知っている方も多いですが、彼はこの広告制作を担当した広告代理店(東急エージェンシー)の社員です。

最初のサンプルビデオの食べっぷりがあまりにも良く、オーディションでも彼を越える候補者がいなかったことからの起用だったと言われています。
彼は社員ですからノーギャラ。しかし、お茶漬けの売り上げが余りにも増えたので、永谷園の社長が彼に特別ボーナスを出したという噂のおまけつきでした。

【注】「永谷園のお茶漬けCM」(2013年7月5日追記)

無名のタレントがCMに出ることで人気を博し、有名になるケースも多々あります。ポカリスエットは意識的に14~15才のアイドル予備軍からタレントを選ぶのは有名です。

一方で、CMの常連さんもいます。いわゆる「CM女王」などと呼ばれる人たちです。
年間10本以上も出演する人気者。
昨年から今年のヒットは藤原紀香。その前は中山美穂でした。そして、最近出てきたのが優香。現在、松島菜々子の人気が急上昇中。
男性では年による変動が少なく、所ジョージは常にCMに登場しますが、何と言っても現在は木村拓也がトップです。

ちょっと見ただけでもこれだけのCMに出演しています。

【藤原紀香】
アプラス 大塚ビバレジ
カネボウ JAL
J-Phone 宝酒造(タカラcanチューハイ)
東武百貨店 富士写真フィルム(デジカメ)
ブルボン 三菱自動車
マンパワージャパン ワコール
【木村拓也】
NTT東日本 サントリー
JRA JCB
TBC 富士通
森永製菓 リーバイス

それぞれのリストを見ると、「あ、そうそう、こんなCMに出ていたよね」と思い出します。
しかし、よくよく考えてみると、こんなにたくさんのCMに出て、私たちは全部覚えているのでしょうか。
また、「藤原紀香が出ているCM」同士で間違えたりしないのでしょうか。アルクの広告なのにJ-PHONEだと思ってしまうような。
素朴な疑問です。

さて…と。
今回の記事は広告タレントの話ですが、その中でも「人気CMタレント」に焦点を当てることにします。
そして、

「タレント広告は意味があるのか」、いや
「有名なタレントをなぜ使うのか、使う価値があるのか」

をテーマに検証したいと思います。

こんなテーマだと「本当の生活者」は「なぁんだ、当たり前じゃないか」という反応が返ってきそうですが、企業側は「うそでしょ?」という反応になりそうです。
逆に言えば、もしあなたが関係者なら、この記事が当たり前と思えば自分はまだまだ生活者感覚を持っていると自慢しても良いし、「うそでしょ?」と思うなら企業病に侵されていると思えば良い。
今回は格好のリトマス試験紙になる記事を目指しました。

ところで、今回は私にとって珍しくタイトルから記事の構成が浮かびました。
せっかくですから、今回の記事に使えなかった、泣く泣く削除した章のタイトルを紹介します。
広告業界やマーケティング業界の方たちはこれらの見出しだけで、今回私が何を言いたいのかを分かってしまうかも知れません。その時はごめんなさい。

●旬を過ぎたタレントをうまく使う。キンチョーの靖子の巨乳演歌歌手。広告でイメージが変わったタレント第1位。
●「油とちゃうちゃう、カブラとちゃうちゃう」山瀬まみ。
●モーニング娘。のポッキーはなぜ売れた。
●「タコが言うのよね」の樹氷。田中裕子

●ベンザエースを買って下さい。本当のCM女王小泉今日子。
●香取慎吾くんのマヨネーズは最強。
●タレントは初回だけ。
●素人(無名)広告、クオーク。
●バヤリースの元SPEED今井。
●キャメディアの中谷美紀。
●「森の唄もよろしく」たったこれだけで売り上げ40倍のナボナの王「選手」

有名タレントの起用理由

企業はなぜ広告に有名なタレントを起用しようとするのでしょうか。
先ほどの「素朴な疑問」に答えるために、まずはここから考えてみましょう。
その最大の理由は「商品やCMを覚えてもらうこと」です。
過去記事のプリンタ記事のように、タレント(内田有紀)を使うとユーザーがエプソンのプリンタを覚えてくれるようになります。

1日3,000本も流れる広告です。ドラマ番組での広告の時間はトイレや会話に当てられてしまう。商品を覚えてもらう前に、広告を見てもらわなければ始まりません。
そのひとつのテクニックがみんなの目を引く有名タレントなのです。

広告には色々なところにそんな工夫が詰まっています。
例えば、主婦向けの商品の広告はナレーションが多いのが特徴です。画面に現れるキャッチフレーズすらナレーションで読み上げる。
一方、男性向けの商品広告では、画面のスーパーが出れば声が入ることがありません。

なぜか。
主婦は家族と一緒だろうが、一人でいるときだろうが、広告の時間になると台所に立ったり、ものを取りに行ったりとテレビの前にいることが少なくなります。いや、番組中ですら、アイロンをかけたりなどの家事をすることが多い。
そんな忙しい主婦にせめて音声だけでも、商品の売り文句を伝えようとした工夫がナレーションなのです。

タレントを使う2番目の理由は、「知ってもらうこと」の次のステップ、「好意を持ってもらい、買ってくれること」です。
タレントのファンだとそのタレントが広告に出ているというだけで商品を買ってくれます。
まさに

「(商品名は覚えていないけれど)有紀ちゃんのプリンタちょうだい」

と言ってくれます。

シストラットのウェブマスター相田は大の織田祐二ファンなので、携帯はau、歯磨きはデンター、お茶はまろ茶と織田づくしです。

誰も回答できなかった質問

これだけを見ていると、なぜ特定のタレントに企業の人気が集中してしまうのかが分かるような気がします。藤原紀香のように人気のあるタレントを使えば、広告が注目されるだけでなく、そのタレントのファンがもれなく付いてくる。
こんなにおいしい広告のやり方はないように見える。
さて、ここまでは広告やマーケティングに関わっている人なら「当たり前」のことです。

「森はなぜこんなことにスペースを使うのか。
ただでさえ記事が長いのに、時間稼ぎでもしているのか」

牛丼の時のように、お叱りを受けそうです。
もうちょっと待ってください。
私が言うからには裏が絶対にあります(笑)
時々、滑りますが… (^^;

では、質問です。
ある商品がありました。その広告に有名タレントを使いました。そのタレントの好意度は34%。タレントの中ではかなり高い方です。サザンオールスターズがそれくらい。
それでは、サザンが出演する広告を作る企業は、残りの66%の人たちが商品を買ってくれなくても良いと覚悟しているのでしょうか。

応用問題です。
ある商品のシェアが37%もありました。
そこに、好意度24%のタレントを使った広告を作りました。
単純計算で、37%(商品シェア)-24%(タレント好意)=13%足りません。
すると、商品の市場シェアよりも低い好意度を持ったタレントを使うと、売り上げが上がるどころか足を引っ張られてしまうのでしょうか。

次の質問です。
むかし昔、あるところで、北野たけしというタレントが謹慎処分を食らったそうな。
その時、レギュラー番組をいくつも持っていたのだが、たけし不在でも視聴率が変わらない番組と激減した番組があったとか。
人気が変わらない番組の代表は「元気が出るテレビ」、激減したのは「風雲たけし城」だったそうな。
何故だろうか。

タレントを広告に使う限りは、これらの疑問にきちんと答えられるだけの理論武装が必要のはずです。しかし、残念ながらきちんとした回答が書いてある書物はありませんし、論文でも見たことがありません。私の勉強不足かも知れませんが。
もちろん、私がクライアントだった時に、その理由をきちんと答えることができた広告代理店やクリエータは一人もいませんでした。

唯一あるのは、ビデオリサーチやJNNデータバンクという広告やテレビ関連の調査会社が発表している研究結果です。
そこでは、外国人のタレント、日本人のタレント、無名のモデル、風景などの主役別に、広告が覚えられる度合いを比較し、有名タレントを使った方が広告を覚えている率が高いという結果が出ています。

それはそれでよ~く分かりますし、私も賛成です。
どうせ商品を持ってにっこりする広告なら、無名モデルより松島菜々子の方が多少記憶に残るのは自明の理だからです。
ここでは、

「もし、商品が同じで、メッセージが同じ、広告のストーリーも同じなら、無名のモデルより有名タレントを使った方がよい」

ということが分かっただけです。
タレントを使う理由やビデオリサーチのデータをいくら説明されても、私の冒頭の疑問を解決してはくれません。

また、永谷園のお茶漬けのような例があります。これをどう説明するのでしょうか。
かつてのピップエレキバンのようなひょうきんな会長さんの広告が人気になったり、「サカイ、安い、仕事きっちり」の踊りの師匠さんの広告は明らかににっこりだけのタレント広告より私たちの記憶に残っています。
「人気タレントを使う理由」やビデオリサーチの結果だけでは、私の冒頭の疑問を説明できません。

広告部長が選ぶ「ヒットCM大賞」

このままでは話が進みません。
ちょっと視点を変えて、興味深いデータを見てみましょう。
日経流通新聞が毎年年末に実施している広告調査です。

普通は消費者の人気ランキングを特集しますが、さすがに、日経流通ならではの企画です。調査の相手が企業の広告宣伝部長です。
普通の広告ランキングは消費者が好きか嫌いかだけで判断します。
しかし、この企画の場合は「売れたか、売れなかったか」という視点で見ているところが、大きく違います。

昨年の総合1位はサッポロビール <黒ラベル> でした。
最初のバージョン、卓球編が話題をさらったのはみなさんもご存じでしょう。

【注】「サッポロ黒ラベル 卓球編」(2013年7月5日追記)

2位以下の広告をリストアップします。

●日清食品 <カップヌードル> 長瀬正敏
●サントリー <ボス> 人間動物園
●ファーストリテイリング <ユニクロ>
●宝酒造 <タカラcanチューハイ> イチ・サン・パー

さて、ここでは、総合評価のCMを見るだけではなく、タレントに注目してみましょう。
「タレント部門」のランキングです。

【女性】 【男性】
藤原紀香 木村拓哉
松嶋奈々子 豊川悦司
優香 山崎努
モーニング娘。 永瀬正敏
田中麗奈 中居正広

話題をさらって、売り上げに貢献したと宣伝部長たちが判断したタレントたちです。
私たちに馴染みの人たちがズラリと並んでいます。

次は、「使ってみたいタレント」です。

【女性】 【男性】
松嶋奈々子 木村拓哉
藤原紀香 福山雅治
優香 織田裕二
田中麗奈 桑田圭祐
高橋尚子 香取慎吾
水野美紀

こういった調査の宿命ですが、当たり前っぽいタレントが目白押しです。
実は、昨年は特にこの傾向が強いのです。
不況のため企業が「タレント頼み」になっており、みんなが使っているタレントを使いたがる傾向にあります。
日経流通新聞もこの傾向を読みとっており、記事でも紹介しています。

有名タレントへの集中化はさらに進みそうです。
私の疑問が解けないまま…

タレント効果の限界

日経流通のデータをいくら見ても、私の疑問解消にはなりませんでした。
こうなったら、藤原紀香のように10本以上も出演している広告で、生活者の記憶に残る広告と残らない広告があると仮定してしまいましょう。様々な要因がありますが、彼女を起用した順番で説明できないでしょうか。

10本以上の内の最初の広告は、まず多数の生活者が覚えています。
何年も前から彼女が登場しているJ-PHONEの広告が、藤原紀香を使っているのは多くの人が知っていることからも、それは分かります。
しかし、最後に登場したアルクは知らない(記憶に残っていない)人が多い。

結論を言ってしまいましょう。
普通に同じタレントを使っている限り、3~4番目の広告まででタレント効果は消えます。つまり、5番目以降の広告はタレントに高いギャラを支払っている割に、無名のモデルがにっこりする広告と変わらない効果しかないのです。

藤原紀香の例でいえば

●マンパワー
●カネボウ

あたりまでが限度だということです。

それ以降の広告では彼女に気が付いた人でも

「あれ?J-PHONEの新しい広告かな?」

と思う程度なのです。

この法則は藤原紀香だけではありません。
キムタクしかり、かつて広告界で大人気だった、とんねるずや小泉今日子しかりです。

理由は2つ。
それぞれ心理学で説明できます。

1つ目の理由は、あるグループのうちで、人間が覚えられるのは5つが限度だからです。
過去記事のチョコレートの記事で詳しくお話ししました。たばことクルマを除いて、ある商品分野で生活者が覚えているのは、知名度の高い順から5つまで。6つ目からは一気に知名度が低くなります(専門的に補足すれば、助成知名です。非助成では10~20などというケースも多々あります)。
つまり「藤原紀香の広告」という「ジャンル」では、5つまでしか人間は認識できないと言い換えることができます。

ちなみに、CM効果調査専門企業のCMデータバンクでは、印象に残るCMは月間で3.7本という調査結果を発表しています。

2つ目の理由は順応と逆応という記憶のメカニズムです。
先ほど「普通に使っている限り」と言いました。では普通の使い方とは何だ、普通でない使い方は何なのでしょうか。
普通とは、タレントのイメージをそのまま広告で表現している場合です。アイドルなら元気でにっこり。大人の女優ならしっとりと美しく。男性ならかっこよく。そして、ミュージシャンなら音楽を演奏したり歌っている。

普通でないというのは、それらのイメージを壊した表現をする場合です。
藤原紀香なら、「イチサンッパ」のタカラ・カンチューハイの、股を開いたえげつない踊り(ファンの方、ごめんなさい)や、「ナマ紀香」のシャダバダがそれに当たります。

巨乳グラビアアイドルから、かわいいアイドルに変身した優香の大半の広告は、エプソンやケンタッキーフライドチキンに代表される元気でコケティッシュな女の子を描いています。
しかし、彼女が売れる前から起用していたリクルート・カーセンサーの生意気でちよっとエッチな妖精(「いや~、名乗るほどの、もんじゃ~あ、あ~りやせん」編など)では、彼女はニコリともしない無表情です。
これは普通でない使い方。

さて、心理学講座です。
人間は似たような情報が入ってくると、先にあったものは残し、新しいものをはじきます。

「ああ、あれと同じね。
じゃあ、わざわざ記憶に残す労力は必要ないや」

というメカニズムが働きます。これを順応記憶といいいます。

しかし、異なった情報が入ると、先の(記憶にあった)情報は捨てられ、新しい情報が残ります。
これを逆応記憶といいます。

ただし、記憶には「バッファ(溜めておくエリア)」がありますから、新しい情報が入る前の情報は似たようなものでも複数溜めておくのが普通です。その数が5つくらい。そして、記憶から消されるのは順応の原則に従って、溜めたものの中から最も新しいものが消える。

もう、おわかりですよね。
最初の5本まではバッファに「藤原紀香の広告」が私たちの記憶に残ります。
しかし、似たような「にっこり広告」では、順応記憶効果のせいで、記憶に残ることなくはじかれてしまいます。

一方、「普通でない使い方の藤原紀香の広告」は逆応記憶効果のおかげで、記憶バッファ領域にしっかりと入り込みます。その代わり、バッファにあった最も印象の薄いものが記憶から追い出されるのです。

公表できるデータはないものかと探していたら、近いものがありました。
インターネットのアンケートですが、藤原紀香の広告ではタカラ・カンチューハイが「印象に残った広告」のベスト2、J-PHONEが第12位。それ以外の彼女の広告はリストアップされていないのです。あんなにたくさん出演しているのに。

http://www.just-research.co.jp/200004.html(現在リンク切れ)

【注】「藤原紀香cm集」(8分の動画です。2013年7月5日追記)

思考放棄の企業たち

4~5番目の広告でタレント効果が切れるなら、何故、後発のスポンサーは「普通でない」使い方をしないのか。
理由は2つです。
タレントの広告効果が切れることを知らないことがひとつ目の理由です。
心理学の理屈は知らなくても、ちょっと考えれば分かりそうなものなのに、考えようとしない。
むしろ「他社が使っているからうちも」と自爆も目立ちます。

もうひとつは、もともと、そのタレントのイメージに便乗して商品を売ろうとする訳ですから、タレント・イメージと違うことをされては困ると思っていることです。
「他人頼み」ともいいます。

両方とも企業が「自分の頭で考える」ことを放棄した「思考停止状態」です。
あ、いえ、「思考停止」はとりあえず一旦は考える訳ですから、このケースは「思考停止以前」の問題です。「思考放棄」と言った方が正しい。

順応、逆応といった心理学理論は「なぜ差別化が必要なのか」の基礎中の基礎理論です。
それを知らなくても、「物事には差別化が必要だ」ということがきちんと分かっていれば、8番目や9番目の藤原紀香の広告を作ることに疑問を持っても良いはずです。

一般的に広告宣伝部は、商品開発部や企画部といった部署と比べて、ちゃんと勉強をしていないことが多いものですが、こんなところにも勉強不足、思考不足の弊害が現れています。代理店の接待を1回削って、本を半分でも読めば多少でも改善されること請け合いなのに。

キャスティング事務所というチカラ

ようやく最初の疑問が溶けました。
でも、すぐにもうひとつ疑問が湧いてきます。
「普通と違うことをさせる」タレント広告がなぜ少ないのか。

企業の広告宣伝部はものを考えていないとしましょう。でも、中には頭の良い人もいるはずです。彼らがそれに気が付かない訳はありません。
広告代理店だって、そういった「変わった使い方」をもっとクライアントに提案しても良さそうなものです。
でも、そんなケースはカーセンサーのちょっとえっちな優香や、巨乳演歌歌手に変身したキンチョーゴンゴンの沢口靖子くらいしか、私たちには目に触れることがない。

タレントのギャラは安くありません。
千秋クラスのB級タレントで年間2,000万円程度です(A級だと主張する千秋ファンの方、ごめんなさい)。知名度のまったくないタレントでも、タレントと名が付けば1,000万円は確実に請求します。
無名のモデルなら10万円のギャラで済んでしまうのに…です。
(タレントなら後々有名になる可能性があるので、その分、高いのだという理屈です)

高いところでは、島田伸介が関西だけの起用でも5,000万円と破格です。
外人の映画俳優だと数億円はザラです。

これだけでは感覚がつかめない方に。
広告の全体の制作費はタレントギャラ別で平均2,500万円程度と言われます。トヨタ、資生堂などの有名どころで1本5,000~8,000万円。タレントのギャラの数千万円がいかに高いかが分かろうと言うものです。

そんな多額の費用をかけてタレントを起用する意味があるのかは、もっと検討されてしかるべきでしょう。下手をすると3,500万円(タレント)の費用と10万円(無名モデル)の効果が同じになってしまうのですから。
日本企業の広告宣伝部門の費用対効果意識のなさを私は常々指摘していますが、こんなところにもその一端がかいま見えます。

それなら、タレントに対して、普通(のイメージ)と違うことをクライアント企業が要求したとしましょう。
どうなるか。
まず99%は不可能です。企業は普通のタレントしか広告に起用できません。
理由は簡単。タレント事務所がOKしないからです。

B級タレントでも下手をすると、事前に絵コンテ(広告の下絵。4コマまんがのように絵が描かれている)の検閲が入り、事務所が気に入らないと企画案を変えさせることまでやってしまいます。
そう、藤原紀香や優香の「普通と違う」広告は極めて珍しいことなのです。

従って、「普通と違う」タレントの顔の企画案はことごとく却下される。
広告代理店のクリエータはそれを知っていますから、あらかじめそんな企画案は作らない。タレント起用のメリットだけを強調して、プレゼンテーションをします。

「この商品イメージと重なるタレントイメージで、高い相乗効果を狙うのがこの案です」

という殺し文句です。

あ、間違えないで下さいね。クリエータが悪いわけではありませんし、タレント事務所があくどい訳ではありません。そういった殺し文句を吟味せずに、その企画を採用してしまう企業の問題なのです。

いや、企業があらかじめそれを期待してタレントを使うように要請することもしばしばです。
また、企画コンペ(企画提案競争)で、採用された案の理由が

「こっちのタレントの方が、有名だから(イメージに合うからといったバリエーションもありです)」

が続くと、広告代理店も学習能力がありますから、初めからそういう思考で企画案を作る。
「企画」コンペのはずが、いかに宣伝部長の好みのタレントを確保できるかという「タレント」コンペになってしまう。タレント流行りの携帯電話やPHS業界はその典型です。

そうなれば、クリエータの質も下がります。
だって、企画案をウンウンうなって考える必要などないからです。タレントのイメージにおんぶに抱っこして、商品を持たせてにっこりさせるだけですから、広告制作プロダクションに入社したばかりの若造でも簡単に企画が作れてしまう。

それよりもコーディネータとかキャスティング事務所と呼ばれる、タレント事務所に顔が利く会社をどれだけ押さえているかが勝負になります。
安直な企画とキャスティングの妙味だけで作られた広告は広告とは言えません。

いや、客観的に見ても、そういった広告は結局商品を売る力がありません。
私の主観だろうが、「売る力」という広告の本来の役割論から言おうが、そういうタレント広告は広告ではないのです。

さて、そうすると売れるものも売れなくなる。
すると、ますます企業は保守的になって

「とりあえず有名タレントを使っていれば、上司から文句は言われないだろう。自分の昇進にも響かない」

病気が蔓延する。

となると、タレント事務所は強気で交渉できる。
やれ、テレビ広告がセットになっていない雑誌や新聞広告にはタレントは出さない。千秋程度で2,000万円寄こせ。タレントイメージを壊す企画は断る。
タレント事務所はわがままではありますが、非道なことをしているわけではありません。タレント生命を維持し、人気を保ち、人気を上げること。そのためにできることをしようとしているだけです。

バブル崩壊後に企業の業績が悪化した理由のひとつは、広告宣伝の質の低下にあることは明白です。そして、その背景には「他人頼み」の姿勢があるのです。

タレントのプロモーション・ビデオとお人好しの企業

興味深いデータがもうひとつあります。
ビデオリサーチという視聴率を調査する会社のレポートで「タレントCMがタレント人気度に及ぼす影響」と題されたものです。
細かい解説は省きます。

このレポートは、はっきりと

「タレントは広告によって人気を上げている」

ことを証明しています。
ミュージシャンを使った広告が

「タレントのプロモーション・ビデオのようになっている」

と社内外から批判を浴びますが、そのとおりだった訳です。
にっこりと笑っただけのタレント広告がはびこるのは、事務所のタレント売り出しの戦略だったという訳です。

お人好しの企業は、いや、思考停止の企業は、それでもタレントの力を借りようと日夜せっせと、プロモーションビデオを高い金を出して放映していたのです。

もう一度、繰り返します。
思考停止の企業は、他人のふんどしで相撲を取ろうとする企業は、結局、誰かの手先になってしまうだけです。そして、それは広告だけの世界に止まらなくなってしまいます。
「他人頼み」に慣れた企業は魅力的な新しい商品も開発できませんし、私たちに夢をくれることもありません。

願わくば読者の皆さんの自社企業がそうでないことを祈っています。

【使用画像】ミスパリ
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