■亜麻色の髪の乙女【音楽業界】 

artc20020901今回は音楽業界の話です。
マーケティングとエンターテイメント産業は相性が悪いと言われますが、とんでもない。これほど面白いテーマもありません。
ちなみに、ヴィレッジシンガーズは小学生の時に大ファンでした。ウクレレバージョン、最高に好きです。


色んな切り口があります

多くの人になじみがあるのに、私がまだ記事にしていない企業や業界がたくさんあります。
そのひとつが

「記事を書くタイミングや視点のとらえ方が難しいので、練りに練っている」

産業です。

私はメルマガ執筆の際、執筆テーマや企業・産業をできるだけ重複しないように配慮しています。
産業や企業を変えた方が新鮮な気分で読んでくれるからです。
そうなると悩むのが、ある産業を記事にする時にどういうテーマで記事にしたら、最もその企業や産業が題材として生きてくるかという点です。その切り口がいくつもある場合にはなおさらです。

今回の音楽産業も代表例のひとつです。
例えば、読者の中でも音楽に興味がある、あるいは産業に従事している人から特に多い要望のひとつが

「ネット配信の音楽ビジネスは成功するのか」

という点です。
また、特定アーティストや音楽ジャンル好きから良く頂く要望は

「モーニング娘。はどこまでヒットするのか」

といった将来的な話だったり、なぜヒットしたのかといった要因の話だったりします。

これについての記事を書こうと思えば、いくらでも書けます。
しかし、前者の音楽ビジネスの話も後者の話も

「興味がある人は非常に聞きたいが、そうでない人にとってはどうでも良い話題」

です。

「読者の1/3が面白いと思う記事にする」執筆姿勢では、モー娘。やネット配信は題材として弱いのです。

一方、音楽業界を料理するにはこんなやり方があります。

●歌手や作曲家などで買ってもらう「ブランド戦略」
●コンピレーションCDやベストアルバムなどに見る「商品戦略」
●音楽ジャンルやアーティストの将来性を探る「商品開発」
●エンターテイメント産業としての特殊性を浮き彫りにする「業界研究」
●ショップの視点から切る「流通戦略」
●FM局のヘビーローテーションなどに見る「販売促進戦略」
●テレビ番組や広告タイアップにみる「ブランド管理」と、「イベント戦略」や「販売促進戦略」
●テレビ広告がどれだけセールスに影響するかを検証する「コミュニケーション戦略」
●音楽雑誌の低迷の原因追及

これらのどれが最も皆さんの参考になるか、また読んでいて面白い記事になるかを考えなければなりません。
執筆の時間よりも、こういった視点出しや料理方法(複数を組み合わせる場合、どの順番が最も説得力があるかなど)を検討する方に時間をかけていくのが私のスタイルです。

さて、前置きが長くなったので、そろそろ本題に入りましょう。
今回の視点は

「音楽業界はマーケティングの基本である、生活者のニーズをどれだけ考えているか」

です。
正攻法で攻めます。
紙面の都合があるので、視点を2つに絞ります。

前半は「何を売るか」をテーマにした商品戦略。今回は特にブランド戦略を考えます。
後半は「どう売るか」をテーマにしたコミュニケーション戦略と流通戦略。あくまでも商品戦略と連動したものにするため、CDショップ研究のようなものにしないよう気を付けて書きました。

Jポップ販売不振

なぜ正攻法か。なぜ生活者ニーズか。
現在の音楽業界は市場が急激に縮小しているからです。
総出荷枚数は1997年の4億8,000万枚から、2001年には3億8,500百万枚と1億枚も減少しています。比率にして20.8%もの減少です。
これでは業界が悲鳴を上げるハズです。

デビュー歌手数も1997年の250人から2001年には132人とほぼ半減しています。
音楽業界、冬の時代です。
こんな見出しの2002/9/5付けの朝日新聞記事を見つけました。

「Jポップ販売不振」

2002年9月4日に大手レコード会社のエイベックスが業績の下方修正を発表したのがきっかけで、今年上半期はシングルCDのミリオンヒットがゼロに終わったことを指摘した記事です。

ここ数年、ミリオンセラーが20タイトルも出ていたことを考えると、隔世の感があります。例えば最高潮の1998年にはミリオンセラーがアルバムで28枚、シングルで20枚だったのが、2002年上半期ではアルバム5枚だけ。

シングルでは最も売れた元ちとせの「ワダツミの木」でも85万枚とミリオンに達していない。
今年7月に発売された浜崎あゆみのシングル「H」が100万枚を既に超えているので、今年はミリオン・ゼロではありませんが、それにしても寂しい状態です。

一体どうなってしまったのでしょうか。
朝日新聞では「娯楽の多様化」「違法コピー」が主な原因だと見出しに書いています(本文に解説はありません)。

しかし、娯楽の多様化なんてものは最盛期の1998年当時も言われていたし、その頃と比べて多様化が特に進んでいる兆しはありません。
違法コピーといったって、日本では音楽をネットで違法にコピーし配布する文化はまだ先進層のほんの一部だけの動きです。

このことは音楽業界の調査データを見れば一目瞭然です。
「無料の交換ソフトを使ってダウンロードしたことがある(違法?)」人は「ネット利用者ですら」21%しかいません。ネットを利用しない人を含めると、全体からすればまだ6%程度でしかない。

娯楽の多様化も違法コピーもミリオンが減った理由の「ひとつ」ではあるものの、「激減」という表現が当てはまるものでありません。
「よくある『言い訳』的マーケティング分析」にしか聞こえません。

「言い訳」といえば、こんな話があります。
25年前に音楽業界の人たちと話していた時のことです。

「ミリオンセラーはなかなか出にくいですよ。年に1回くらいかな。
タイトル数が多い業界だから仕方がないです。
音楽業界の特殊性ですね」

5年後の20年前には別の音楽業界人がこう言いました。
100万枚を超えるタイトルが10年間の間に1枚もない時期です。

「ミリオンセラーなんて過去の話です。
松田聖子ですら100万枚売れたシングルはありません。
消費者が多様化した一方、アーティストが増えたので、集中しなくなっているんですね。
音楽業界が他の業界と違うところです」

つい5年前に音楽業界人が言ったことばは・・

「今や、100万枚を超えるシングルやアルバムは年間で最低でも20はありますよ。
人の心を打つ音楽は同じなんです。たくさんの人が良いと思うものはいい。
世の中不景気ですが、音楽業界は他の業界と違います」

100万枚のミリオンセラーが出ても出なくても、多くても少なくても「音楽業界の特殊性」。
原因分析をしているように見えますが、要するに「現状追認」をしているだけです。

悪いのは自分のせいではなく環境のせいだ。
良いのは自分たちだけが頑張ったからだ。
「子供じみた」と言っても良いし、「ジコチューな見方」と呼んでもいい。
もっとも、こんな例は音楽業界だけではありません。一人前の大人のハズの大企業のサラリーマン諸氏にも、こんな

「一見、論理的。裏を返せば責任回避の屁理屈」

をよく見ることができます。

100万枚が持つ意味

さてさて、客観的に見て100万という数はそんなに大変なことなのでしょうか。
マーケティングが発達している業界では100万個売れたとしても、「たかだか100万個」です。
例えば、アサヒスーパードライは年間で37億本も売れています。

確かにビールとCDの根本的な違いがあります。
ビールは1本飲めばなくなってしまうので、2本目3本目を買わなければならない。
一方、例外はありますが、CDは1枚買えば事足ります。
従って、CDで37億枚も売れることはありませんし、私もさすがにそこまで売れとはいいません。

しかし、こんな比率で考えてみればどうでしょう。
音楽業界が最高潮だった1997~1998年の年間CDの生産枚数は4億5,000万枚。このうち、1%のシェアを取ることができれば450万枚にもなるのです。逆に言えば、100万枚なんて0.2%のシェアにしか過ぎない。
マーケティングが発達した業界では0.2%なんて「失敗作」です。

基準をゆるめましょう。
全世帯4,000万世帯のうち、2.5%の世帯が買えば100万枚が売れてしまうのです。たった40軒に1軒の割合です。
音楽業界に身を置いている人たちは「その1%が難しい」とつぶやきます。
そういえば、マーケティングが未発達だった頃、スーパードライが登場する前のビール業界も同じ事を言っていましたっけ (笑)
本気でマーケティングを応用すれば、100万枚なんてそう難しい数字ではありません。

音楽業界に見るブランドづくり

さて、ここから音楽業界のマーケティングの状況を見てみましょう。
まず、「何を売るか」という視点。ブランドという観点から眺めます。

一般の商品は「スーパードライ」「スニッカーズ」などの商品名がついています。そして、これが私たちのよりどころとなります。
辛口で生のビールが欲しければ、スーパードライと書いてあるビールを買う。
お腹が空いた時に、候補に上がるもののひとつがスニッカーズと書いてあるチョコレートバーという具合です。
音楽業界では「H」「ワダツミの木」などのタイトルが一般商品の商品名です。

ブランドにはまだまだ異なった形態があります。
マイルドセブン、マイルドセブンライト、マイルドセブンスーパーライトといった姉妹品です。
マイルドセブンを吸っていた人には、マイルドセブンライトが発売されたら「似たような味だろう」と期待する。マイルドセブンは商品名である一方、シリーズ名でもあるのです。

音楽業界では一般的にはアーティスト名がこれに当たります。
浜崎あゆみなら「若い女性が好きな曲を出してくれるだろう」。
今井美樹なら「切ない気分の時にほっとさせてくれるだろう(もっと切なくなるかも知れませんが (笑))」。
アーティストに対する期待は一般商品の「シリーズに対する期待」と同じです。

ちなみに出版業界なら雑誌名がこれに近い存在です。
SPA!ならばかばかしい人間の生態をおもしろく紹介してくれるだろう。
日経トレンディは新商品などの情報をまじめに解説してくれるだろう。
といった具合。
音楽業界のタイトルに当たるのが「●月号」といった単品です。

まずここに音楽業界の脆弱さが伺えます。
音楽業界ではアーティスト「名」に生活者の期待を受けるようにすると、安定して継続的な商売ができる。
ここまでは、立派なブランド戦略です。

しかし、音楽業界の問題点(強みでもありますが)はそのブランドが「商品」ではなく「個人」であることです。
「個人」は機械ではありません。従って、新しいものを作る場合、良い時もあれば、悪い時もある。

しかし生活者は残酷です。
2回、3回と期待はずれのものを買わされたらアウトです。
「●●落ちたね。良い曲出さないよ、最近」と見限られてしまう。

「森さん、一体、何10年前の話をしているんですか。
今時、個人ですべてをまかなうアーティストなんてほとんど皆無ですよ。
業界のことも知らないくせに知ったかぶりをしないで下さいね、まったく」

音楽マニアに叱られてしまいました。
音楽業界の人たちには、ここまで失礼なものの言い方をする人たちは多くありません。取り巻きの方がうるさい。
クルマやカメラもそうでしたね、そういえば…(以下略)

一般的にCDをリリースしたり新人を売り出すには様々なスタッフが集められます。

●トータルの位置づけを決める会議
かわいい路線なのか、大人路線がいいのか、ヒット局への追従なのか独自路線なのかなど、競合アーティストとの競争を考えて決めます。
●各要素の開発
路線が決まったら、各分野のプロがアーティストを着飾っていきます。
作詞・作曲、ヘア・メイク、ファッション、ジャケットデザイン、プロモーション・ビデオなどの専門家が「大きな位置づけ」を元に作っていきます。
●売り方の開発
ほぼ同時並行で新作CDの売り方を考えます。
テレビ番組とタイアッブをするのかしないのか、発売イベントはどうするか。
各ラジオ局へのサンプルCDは何枚配布するのかなどを考えていきます。

立派に複数の人間が関わっています。

では何が問題か。
それぞれの専門家「が」個人なのが問題なのです。
個人だから故に「その時、その時の出来が良い、悪い」が出てきてしまう。
それが問題なのです。
加えて「出来が悪い」と判断されても、よほどのことがない限り修正されずに市場に出てしまう。

分かりやすい例は曲です。
作曲を誰にするかを決めることができますが、作曲家は個人なので常に良い曲を作ってくれると限りません。
万が一、出来が悪くても、作曲家に作り直させることは多くありません。
ましてや、事前に色んな曲を作ってみて、合格したものだけをピックアップすることもしない。せいぜいが、アルバムに収録して、良いものをシングルカットする程度です。

メーカーで当たり前に行われている、

●デザインを複数デザイナーに依頼し、
●デザインを何タイプも作り、
●生活者調査で検証する。
●その結果を踏まえて、デザインの修正をする。

といったステップを踏むことがほとんどない。

試行錯誤や検証を繰り返しながら「商品を洗練させていく過程」が大事なのがマーケティングです。
一方、音楽業界は「作りっぱなし」「作ったらおしまい」。
後工程がほとんどないので、「有能な人材(スタッフ)」を見つけたら、司令塔の仕事が終わってしまう。

かつて、喫茶店などで若い女性客の会話などの情報を選任スタッフが集めて、作詞家でもある彼女自身が情報を消化して詞を書いたユーミンのような存在は希有なのです。

生活者が聴きたい曲を提供すること

この事実をどう見るのでしょうか。
音楽業界の調査で、ここ1年間でCDの購入枚数が減った人に「なぜ減ったのか」を聞くと、その理由のトップが「欲しいCDがないから」で、なんと64%にも登るのです。

巷でよく言われている「携帯電話の支払いで金が回らなくなった」なんて、たかが知れています。携帯電話かどうかに限らず「自由に使えるお金が減ったから」が理由の人は27%しかないのです。
ましてや、ネット接続者ばかりのネット調査で「インターネット配信を利用するから」はたったの5%。
いかに、音楽業界が「聞きたい音楽を提供していないのか」がよく分かる数字です。

アメリカの映画産業は「作り直しで洗練させていく」制作方法をすでに取っています。アメリカではもはや映画産業は個人の資質だけでは成り立っていません。
「ジョージルーカス総指揮」や「スピルバーグ監督」と言われますが、日本のそれとは大違いです。

確かに「最終判断」はルーカスやスピルバーグが下しています。
しかし、それに至るまでのテーマ、プロット、キャスティングなどにはそれぞれのプロスタッフがおり、制作に入る前に座談会形式やアンケート形式の調査までやっているのです。

「複数の専門家(スタッフ)を使って、システマチックに情報を集め、冷静な判断を下す」

プロデューサーはそれこそが大きな役割なのです。
日本の音楽業界にも近い存在がいました。
小室哲哉がその人です。

旧来の音楽業界人や一部の生活者(マニア?)からは

「全部似たようなものばかり」
「業界の質を下げる張本人」
「B級のアイドルシンガーを使った使い古し手法」

などと批判されがちです。
しかし、彼がミリオンセラーを続出したのは紛れもない事実ですし、音楽業界が潤ったのも事実です。

ちなみに、小室哲哉と並んで言われるつんくですが、実は、彼がプロデュースしたタレントたちは小室哲哉ほどの売上げは稼いでいません。
モー娘。以外はほとんどミリオンセラーを出していない。
その代わり、音楽業界では珍しく「ブランド戦略」がバツグンに上手な逸材です。
そのお話はまた機会を改めて。

プロデューサーとは個人だけのお家芸ではありません。
テレビ「番組」はれっきとしたプロデューサーです。
昨年大ヒットした男性デュオ、ケミストリーはテレビ番組アサヤンの企画で集められた、数人の男の子たちをそれぞれ組み合わせて、テスト的にCDを発売。
売上げ結果をひとつの材料として判断された中から選ばれたコンビです。

なぜテレビがプロデューサーになったのか。
彼らの合宿を放映して、視聴者の反応を見ながら冷静な判断をしたでけではなく、テスト的にCDを発売し、「テストマーケティング」を行い、需要予測までしたからです。

「世に出したい曲ではなく、生活者が聴きたい曲を提供する」

マーケティング的に当たり前のことができていない音楽業界で、きちんとセオリーを踏まえた(細かいところは多少違いますが)手法で成功したからです。

この企画を進めたのが私の友人でもある、モー娘。をプロデュースした人間ですが、実は彼は半分クリエイティブ、半分マーケティングの人間です。
彼個人は生粋の音楽マニアですが、仕事とプライベートの趣味をきちんと分ける割り切りを持っているからこそできる芸当です。

ブランドを維持することの大切さ

プロデュース・システム(ある意味マーケティング手法)を進めるには大きな条件があります。それは、アーティストよりプロデューサーの方が実権を握っていなければならないという点です。
アーティストが偉くなって「これは好き、これは嫌い」と言い出しては、結局、プロデューサーなしのケースと同じになってしまうからです。

そういう意味で、小室哲哉が力のない新人(B級アイドルと呼んでよいかどうかは別ですが)を使い続けたのは正解だったといえます。
モー娘。やケミストリーも構造はまったく同じ。アサヤンというテレビ番組が彼らにとって「絶対」である間はマーケティングが機能します。

ビジネスの世界でも「何だかんだごちゃごちゃ言っても、最後は意志決定者の判断に従う」のとまったく同じです。
意志決定者(上司)に刃向かうのは大いに結構ですが、最後の最後になっても従わないのは、チームとして愚の骨頂です。

「そんなもの(マーケティングで作られたアーティスト)は作り上げられた偶像ではないか」

とよく言われます。

「はい、そうです」

とコンサルタントの私は言い切ります。
目的は

「売ること」

なのだから、それに向けてできる限りのことをする。当然です。
そこに、もし「作られた偶像」が必要なら、淡々と作ることに集中するだけです。一点の曇りもありませんし、あってはなりません。

それがいやならどうするか。
偶像になることを気にしない(ビジネスに徹することができる)人間をブランドにする方法があります。アーティストではなくプロデューサーで売る。
つまり「小室哲哉が手がけた曲なら、私の好みかも知れない」と生活者に思ってもらう。
「スピルバーグ総指揮」のキャッチフレーズと同類の手法です。

もうひとつはブランドを会社やシリーズ名にするやり方です。
例えば書籍業界では「●●ムックシリーズ」「▼▼推理文庫」などのようにシリーズとしてまとめると、新人作家でも注目される率が高くなる。

音楽業界にはこの手は少ないですが、「インディーズ・レーベル」はその一種といえます。

実は音楽の「ジャンル」はブランドに近い考え方です。
演歌、J-POP、ヴィジュアル系、ボサノヴァといえば、それぞれのイメージが湧いてきますから、あらかじめ自分が好きなのか嫌いなのかを判断できる。

しかし、音楽ジャンルがブランドとして機能するには決定的な欠点があります。誰もコントロールできなことです。
各社が入り乱れて参入しますから、質の高い低いは様々だったり、ジャンルに当てはまらない突然変異作品が出たりもする。

そうなると、ブランドの大事な要素のひとつである

「質が上下するわけではないが、いつも一定の期待するものが手に入る」

機能がなくなってしまう。

良さが伝わること

冒頭でお話ししたように、商品が売れる要素は大きく分けると二つあります。

【売上】=【商品の質】X【良さが伝わること】

後半では「どう売るか」の代表ポイントとして「良さを伝えること」に視点を移します。

せっかく良い商品を作った。
絶対に売れる自信がある。
しかし、売り方を失敗したために、売れなかったという例はたくさんあります。

本当に良いものなら、生活者自身が発見し、ブームになっていくものではあります。
一斉を風靡した「機動戦士ガンダム」もテレビ放映当初の視聴率がかなり低かったことは有名です。

しかし、これでは時間がかかりすぎます。
第一、良いものが「必ず」後になっても売れるとは限りません。そのまま埋もれてしまうものもたくさんあります。

良いものが埋もれてしまうのはなぜなのでしょうか。
様々な原因があります。

まずは「知ってもらうことにお金をかけていないケース」です。
商品は「知られなければ存在しないのと同じ」ですから、そのために様々な活動をしなければなりません。

最も、威力があるのがテレビ広告です。
1回の放映で150万人以上に知ってもらえる。
だから、大物やレコード会社が力を入れた新人たちにはテレビ広告を多用します。

しかし、テレビ広告最大のネックは高額なことです。何億円もの予算をかけなければならない。
CDジャケットの制作費がたったの20~30万円しかない世界で、何億円もの広告費を投入するのは非常識に写る。
テレビ広告をするのは大きな売上げが見込める大物や期待の新人くらいなのは想像つきます。

ラジオでの販売促進方法も発達しています。
新曲はラジオ番組で紹介され、それがきっかけになって大ブレイクするタイトルもあります。
それをもっと進めたのがヘビーローテーションです。
番組ごとにちまちまと流すのではなく、FM局が全社上げて新作を紹介する方法です。
CDの売上げは一気に上がりますが、何億円もの経費はかからない。

CMや番組の主題歌として採用してもらうタイアップもおなじみの方法です。
1991年のミリオンセラー10タイトルの内のすべてが番組や広告タイアップなのでした。

ちなみに、番組主題歌の最古のものは昭和20年代のラジオ番組「君の名は」だといわれています。この番組の放送時間帯は銭湯の女湯がガラガラになったという逸話があるお化け番組でした。
それまでも番組の主題歌はあるにはあったのですが、「主題歌になると売れない」というジンクスを「君の名は」がぶち破った記念碑的な作品です。

悪循環の販売不振

しかし、あくまでも「恵まれたタイトル」だけが手をかけてもらえる。
ほとんどは特別扱いを受けることなく、CDがプレスされてCDショップに流れ、ただ売れるのをじっと待つばかり。
次の新譜が出たら、トコロ天式に売場から消えていく運命にあります。

「仕方がないですよ。売れるか売れないかも分からないタイトルに高額な予算は組めない。ビジネスですから。
私たちも悔しい思いをしたことが何回もあります」

音楽業界人のことばです。

その結果、生活者に届くタイトルは大物か、会社が安心できるヒットタイトルに類似した「二匹目のどじょう」に集中する(もっとも、音楽業界では「後追い」「物まね」とは呼びません。「人気ジャンルに参入する」というかっこいい言葉がちゃんと用意されています)。

すると何が起きるか。
あるOLさんの意見です。

「今の音楽って、似たようなものばかりなので飽きます。
『流行歌』ですよ」

マニアな人は自分が好きな曲やアーティストを捜すのに手間をかけます。
しかし、コンビニで新製品が次々と現れるのを待つのとは訳が違います。だって、年間膨大なタイトル数があるのですから、いちいち全部チェックできない。
そのために新譜コーナーがあるのですが、限られたタイトルしか並んでいない。

音楽や新譜情報を得るハズの音楽雑誌が減っています。
昔と比べて、好きな音楽を探す手間をかける人たちが少ないからです。

「それはそうですよ。
音楽だけが趣味ではないからそんなに時間を割くことはできません。
かといって、音楽がない生活は耐えられないから、じっくり聞くよりもBGM的に流すだけの曲で良いと諦めています。
もちろん、好きなアーティストは一人くらいはいますから、新譜が出れば必ず買いますけど」

23才のOLさんです。

これをまとめると、こんな流れになっていることが分かります。
【レ】はレコード会社、【生】は生活者側の論理。

【レ】どれがヒットするか分からないから、次々と適当に出してみる
      ↓
【レ】たくさんのタイトルが溢れる。それも、似たような傾向のものが増える
      ↓
【レ】たくさんのタイトルを出さなければならないので、ひとつひとつに手をかけられない(時間的にも予算的にも)
      ↓
【生】自分が好きなタイトルを探すのが面倒になる
      ↓
【生】似たようなものばかりなので飽きる
      ↓
【生】安全パイは確保しつつ、他の曲はBGMでいいや、と期待値を調整する
      ↓
【レ】注目されないけど、本来は売れるハズの質を持ったタイトルが売れない
      ↓
【レ】ヒットしないタイトルは赤字となるので、かけられる時間や予算がさらに制限される

要するに典型的な悪循環です。

それではどうしたら良いのか。

「きちんとマーケティングを勉強して、質の高い戦略で良い作品(商品)を継続的に作り」
「効果的に生活者に情報提供する」。

それが模範解答です。
しかも、こういったやり方に一気に変更する必要はありません。実験的にいくつかのタイトルをやってみればいい。会社の抵抗・反対も少ないでしょう。実績ができれば自然と真似する輩が出現してくるものです。

小さなショップにヒントが

もうひとつの方法は、すでに実践されているけれど普及しておらず、マーケティング的に見ても整合性がきちんと取れている方法を探し出すやり方です。

一例を挙げましょう。
ブロードバンドミュージックは非常にユニークなCDショップのひとつです。
一般のCDショップの半分以下の100平方メートルにも満たない小さなお店です。
彼らの特色はたったの2つです。

●従来型ショップと比べて、扱いタイトル数が大幅に少ない。たったの5,000タイトルしかない。
●その代わり、視聴機を26台も用意し、約100万曲の視聴ができる

その結果、旧作タイトルの売上比率が通常の約2倍、60%にも及ぶのです。
一般的に新譜が出るとそのうち30%が返品になると言われているので、返品数を大幅に減らしていることになります。

そう。まさに私が後半で話していた悪循環を解消する環境を作っているのです。
TSUTAYAなどの大型店でも視聴機を設ける工夫をしていますし、ある程度の成果は上げています。しかし、タイトル数が余りにも多いのに、視聴機は潤沢ではない。また、視聴できるタイトルは限定されている。
ちなみに、恵比寿のTSUTAYAには視聴機が5台しかありません。

それから考えたら、ブロードバンドミュージックのやり方はまさに「ムダ打ちを極力避けて、本当に良質のものを集中して売ることができる」やり方と言えます。

今までよりも少ないタイトルでも返品が少なく、ひとつひとつの曲やアーティストに金をかけることで、「退屈」「似たようなものばかり」を避け、ミリオンセラーを続出させるひとつの方法がここにあります。

似たような例が池袋のレンタルCDショップでかつて実践されていました。
狭い部屋に敷き詰められたCDには小さなカードが貼ってあり、これまた小さな文字で1枚1枚に解説が付いているのです。
しかも、「このCDをプロデュースした●●は▼▼をプロデュースしている」といった「気に入ったら、次に借りて欲しいもの」などの情報も潤沢にある。

びっくりして店長に聞くと、これだけのためにモニタを抱え、新作が出ると視聴してもらいコメントを作ってもらうとのことでした。とてもとても手がかかった工夫をしていたお店でした。

ブロードバンドミュージックも池袋のレンタルCDショップも、結局のところCDというものを売っているのではありません。「情報」を売っているのが最大の違いなのです。

作りっぱなし、出しっぱなしの「狩猟型」ビジネスではなく、きちんといいものを育てていく「農耕型」ビジネスがここにあります。

使い捨ての文化、「狩猟型」マーケティング

マーケティングという言葉かどうかは別にして、様々な企業が私たちの好みを知り、私たちの好きな環境を次々と作っていったのは紛れもない事実です。
それは大企業に限りません。小さな手作りの経営者も「どうしたら客のニーズに応えることができるか」を常に考えています。

その結果、音楽に限って言えば、何が起こったか。
30代の読者はご存じないかも知れませんが、昔、若い人たちは商売の中心顧客ではありませんでした。
例えば、縄のれんや(オヤジ用の)居酒屋はあっても、つぼ八のような「若い人向け」の店はない。純喫茶はあってもスターバックスはない。スーパーはあってもコンビニはない。
若い人たちもオヤジもそれぞれ混じって酒を飲んだりパチンコをしたり。

従って、飲みに行くにも喫茶店に行くにも、流れる曲は歌謡曲や無難なところでクラシックだけ。
そんな中で自分たちの好きな洋楽やグループサウンズ、フォークソングを聴きたければ、お金を出してレコードを買うか、FM局の番組を調べるしか方法がありませんでした。

しかし、現在、若い人たちが行く場所すべてで自分たちの好きな音楽が流れています。しかも無料です。
そんな中でわざわざCDを買うには、それなりの必然性がなければならないのです。

CDが売れないと嘆く音楽業界ですが、実は自分たちで「CDを買わなくても済む」ようなシステムを作ってしまった。
中古店などのライセンスやプロテクトCDなどが話題になっていますが、ライセンスビジネスを本当にやろうと思ったら、中途半端なものを作っただけでは意味がありません。

結局、自分たちが音楽アーティストを手駒のような扱い、新人が売れなければ次の新人。才能が枯れて売れなくなったら次のスターを捜せばいい。
使い捨てで消費するだけの扱いしかしない音楽業界が、結局のところ生活者に使い捨てされるのは当然といえば当然の報いです。

音楽業界の本当の問題点は実はここにあるような気がするのは、やはり気のせいでしょうね。
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