■指圧のココロは母ゴコロ【マッサージ】

金髪ねえちゃん

東洋文化、マッサージ

私がアメリカで学生をしていた25年前のことです。
マッサージの看板がかかっている建物のドアをくぐり、ある店内に入りました。
大学のコンピュータ工学科のレポート提出のため、平均睡眠時間3時間が3週間も続いたので、身体がガタガタになっていたからです。

大学近くの大都市であるノースキャロライナの首都ラーレイはたった20万人の人口です。そのマッサージ宿は中心街からちょっと離れた、周囲にはとうもろこし畑と大豆畑しかないような静かな場所にポツンと建っていました。

「指名はあるか」と聞かれてノーと答えると、入り口で10ドルを支払い、病院のような素っ気ないベッドがポツンと置いてある部屋に通されました。ノースキャロライナの田舎なので個室はだだっ広く、気持ちの良い空間でした。

そこに入ってきたのが栗毛の何だかド派手なおねえさん。
アメリカ人であることをさっ引いても、怪しげな雰囲気全開です。
昔のアクション・テレビ番組「チャーリーズ・エンジェル」のフェラ・フォーセットのような、「バリバリ・セクシーだぜ、にいちゃん」な女の人。
案の定、彼女は私を見て微笑んだと思ったら、服を脱ぎはじめてしまいました。

後で知ったことですが、当時、マッサージといえばエッチ系のマッサージを指すことばでした。
冷や汗ものです。
どおりで「マッサージをしてくれるところはないか?」と聞いたら、知り合いの近所のおじさんがニヤリと笑ったはずです。

ノースキャロライナ州は全米最大規模の空軍基地であるフィアッテビル市以外は、まじめなクリスチャンばかりが集まっている州です。アメリカ最初の州立大学やIBMの研究所がある通称「リサーチトライアングル」で有名な学究肌の南部です。日本でいえば教育県の長野のような地域。
そんな怪しい場所があるとはつゆ知らず入ったのが間違いの元でした。

では、欧米にはマッサージ治療院がないのか。
あるにはありますが、本来彼らの文化ではありません。スポーツマッサージなどの店がありますが、日本からの輸入文化をアレンジしたものと言っていい。

第一、英語には「肩が凝る」に相当する単語がないのです。
「肩が痛い」、「肩の筋肉が張っている」が最も近い表現。
マッサージは東洋の文化なのでした。

マッサージの歴史を軽くおさらい

浮世絵ということで(どういうこと?という突っ込みは禁じます(笑))、まず軽くマッサージの歴史をおさらいしてみましょう。

日本では長らく按摩(あんま)系マッサージが主流でした。
昭和時代に浪越徳治郎氏によって開発された指圧との違いは、指圧はツボを刺激するのに対して、按摩(あんま)系は筋肉そのものを揉みほぐすのが特徴です。ツボはあまり意識しません。

日本ではいつの頃にマッサージが普及したのかは私は知りませんが、少なくとも江戸時代には旅籠(はたご)を中心にかなり繁盛したようです。今でいうホテルと契約したマッサージ師のようなものです。

もっとも、現代のホテルとは異なり、按摩(あんま)が部屋を渡り歩き、注文を取るという営業を活発にしていたようです。

当時の旅行は歩き旅ですから、現代よりも按摩(あんま)のニーズは高かったことは容易に想像できます。旅人が宿に到着して、まずは足の筋肉疲れを治すための按摩(あんま)。次に風呂そして食事と酒だったというくらいです。

按摩(あんま)は映画でもおなじみの「座頭市」のように、目の不自由な人たちの仕事のイメージが強いですが、江戸時代では必ずしもそうではなかったようです。1849年の人別帳を見るとほとんど健常者だった記録が残っています。

また、日光や松坂では女性の按摩(あんま)も記録に残っています。
当時の女性の地位から考えると極めて珍しいことです。

戦後の日本になると一部、パンマ(パンパンマッサージ)という人たちが出現しましたが、これはあくまでも裏社会での話。
表舞台のマッサージ治療院は、針、灸と一緒の小資本経営がずっと主流でした。
そこに、1995年頃から始まった「15分マッサージ」の大ブレイクで、現在に至っています。

大きな変革がなく昔から私たちに身近な存在であるマッサージ業界ですが、その実状は意外に知られていません。
まだまだ「何となく胡散臭い」業界です。

今のところマーケティングとは無縁ですが、生活者のニーズという観点でいえば、これほど潜在性のある業界も珍しい存在です。
地味な産業ですが、ちょっと面白いので覗いてみました。

しかし、ただ漫然と見ていてもおもしろくないので、テーマを設定します。

この産業は活性化できるか。

です。

アプローチはオーソドックスに以下のように進めてみましょう。

●潜在需要はあるのか
●問題点と市場機会はなにか(有望なポイント)

公表できるデータがないので、中身は定性情報(事実やインタビュー)の積み上げで考えていきます。

中級者以上の読者の方々にとっては、「仮説づくりの方法や視点の取り方」として読んでいただければ楽しく読めると思います。

頭打ちになった新規顧客

では、今回の本題に入ることにしましょう。
第一の検討課題は「市場の潜在的な成長性があるか」の検証です。
私が記事のテーマに選んでいるのだから、あると思っているに決まっていますが(笑)、詳しく見ていきましょう。

潜在需要といえば、まず第一に頭に浮かぶのが「癒しの時代」という言葉です。
世の中、何でもかんでも「癒し」。
これさえあれば客が殺到するイメージすらあります。

大きくは間違っていません。
「癒し」は重要な来店動機だし、マッサージ業界が対応できる大きなニーズです。
しかし、これだけで業界の成長性を説明するには大ざっぱすぎます。

そのニーズに業界がどう対応するか。
他の競合産業と比べて、マッサージ業界は何が有利で何が不利なのか。
そして最も大事なのは生活者がどういった動機でマッサージ業界を選ぶのか、あるいは避けるのか。

「癒し」ということばだけで逃げてしまうのではなく、もっとミクロな視点で生活者とマッサージ業界をとらえる必要があります。

なぜこんなことを言うのか。
「癒し」はマッサージ業界にとって追い風ですが、業界はせっかくの風に乗りきれなかったからです。

「癒し」が大きなニーズであって、かつマッサージ業界がきちんと対応していたとすれば、もっと急速に業界が伸びても良いはずです。そして、今でも伸び続けていても良いはずです。
でも、そうなってはいません。

1990年から1996年の6年間で、マッサージの国家試験を合格して登録したあんま師たちは、21万人から23万人と1割程度しか増加していません。
ちなみに、20万というと、喫茶店が23万店、美容院が20万店です。人と店で単位が違いますが大体の感覚はつかめると思います。

業界の売り上げ規模はこういった小規模店の集合市場なので統計はありませんが、増減の推定は可能です。

革命児、15分マッサージの価格は徐々に下がっています。新規の顧客が流入せず、固定客だけになった時の典型的な現象なのです。

1995年頃の価格は15分2,000円~2,500円だった相場が今では1,500円。今も昔も60分6,000円の相場は変わりありませんから、お試しの割高感がなくなってしまいました。
これは「新規顧客が増えないまま、業界間で無為な競争が激化している証拠」です。

しかも15分単位の料金が10分単位に変わっています。
利用者に利用しやすくしようという工夫の現れですが、一方で、新規顧客が少なくなり、15分マッサージの顧客創造効果が薄れてきたともいえます。

マッサージ師たちに話を聞くと明確にこの傾向がわかります。
当初数年間、15分コース利用者のほとんどがマッサージが初めての超初心者で、2回目の来店からは40分、50分コースに変更して継続するという、業界にとって理想的なパターンでした。

しかし、現在の15分コースは空き時間を利用するベテランユーザーや、新しい店の様子見をするためのサンプルに成り下がりました。当然新規顧客はかつての半分以下です。新規流入によって産業全体が潤う方向ではなく、限られた客の争奪戦の匂いがし始めたのです。

マッサージ業界史上、最大のエポックメーキングである15分マッサージの登場でしたが、まだまだ潜在需要を100%引き出したとは言えません。
マッサージ業界に何らかのボトルネックがあり、それが邪魔をして、「来る人しか来ない」状態です。

それはいったい何なのか。
次章から、その点についてもう少し見ていきましょう。

イメージと本質の関係

「マッサージってどんなイメージですか?」
そんな質問を20代の若い人たちにすると、15分マッサージが一般化した7~8年くらいまでは次のような回答がほとんどでした。

「おじさん、おばさんがよく行っているイメージ」
「筋肉離れなどの『傷害』がないと行かない」
「暗い、ジメジメした不潔っぽいセンベイ布団で受けなければならない」

施術良いイメージよりも悪いイメージが圧倒的に強いのです。特に女性にその傾向が強いのが特徴的でした。

マッサージのイメージがそんなに悪いのかどうか。ちょっと検証してみましょう。
一番簡単な方法はマッサージを取り入れたサービス業のイメージが、マッサージがあるかないかで変化するかどうかを見ることです。

マッサージがあることでサービス業のイメージが悪くなるようなら、マッサージは本質的にイメージが悪いことになります。
逆ならOK。

例えば牛丼はかつて男性の食べ物でした。
女性が牛丼を食べるのは格好悪いイメージがありました。
しかし、牛丼の味は基本的にはスキヤキです。男性に好かれて女性に嫌われる料理ではありません。

牛丼が男性の食べ物だと言うイメージを作ってしまったのは牛丼チェーン業界です。
その証拠に、牛丼を自宅やオフィスなどのプライベートな空間で陶器のドンブリに移し替えて女性に食べてもらうと、おいしいという高い評価が得られたことから見てもよく分かります。

ところが、皆さんご存じのように、今では男女関係なく牛丼が普及し始めています。
それは牛丼が本質的に性差に関係ない食べ物だからに他なりません。

マッサージを組み込んだサービス業

エステでは、実際にマッサージを組み込んだサービス業の実例を見てみましょう。
その代表と言えばエステ、美容院です。
マッサージのせいで、それらサービス業のイメージまで悪くなってしまうのでしょうか。

結論から言えば、皆さんご想像のとおり、マッサージのイメージが悪影響を及ぼすことはありませんでした。

まずエステ。
エステではマッサージは肌をキレイにする成分(塩や各種エキスなど)を擦り込んだり、老廃物を外に出す作業のことです。もちろん、実態は筋肉を揉みほぐすことで肌の血行を促進することを狙っていますので、効果は普通のマッサージと同じです。

エステは「キレイになる」という存在目的は広く知られていますが、普及率がまだ低い(経験者が少ない)ので、サービス内容となるとまだまだ知られていません。従って、未経験者と経験者では反応が違います。

「え?エステってマッサージもするんですか?」

未経験者はマッサージが組み込まれていることすら知らない。

「あ、でもテレビで海草エキスとか塩で揉んでいましたね。そういえばあれがマッサージでした」

一方、エステ経験者は2方向に分かれます。
未経験者と同じく、マッサージだと思っていなかった層と、明確にマッサージだと思っていた層です。
特に、後者では絶対的ファンがいることが特徴的でした。

「あれ、気持ちがいいんです。私なんかそのまま寝ちゃいます。
一時は、キレイになるためにエステに通うという目的じゃなくて、マッサージを受けるのが楽しみになってしまったこともありました」

結局、どのパターンであっても、マッサージがエステのイメージの良さを悪い方向に引っ張ることはありませんでした。

2番目の美容院はどうでしょう。
美容院ではマッサージはシャンプーの直後に受けます。エステと異なり着衣のままですし、時間も2~3分と短いのが特徴です。
これは大抵の人が知っていましたし、経験もある。そして、人気があります。

「プロのマッサージ師ではなく、美容師さんやアシスタントがやってくれるのですが、意外に好きです。
もっとやって欲しいと思うこともありますよ」

が代表的な意見です。

「美容院で『気持ちがいい』と感じるのはシャンプーとマッサージだけじゃないですか。だから、できるだけ真面目に行うように指導しているんです」

ある美容院のオーナー店長のコメントです。

おまけ扱いとはいえ、美容院でのマッサージの評価は高く、足を引っ張る様子はまったくありません。

簡単な実験

サウナいずれのケースでも、それぞれのサービス業が持つ本来の目的が良いイメージなら、マッサージが足を引っ張ることがないことが分かりました。

これは典型的な「食わず嫌い」の症状です。
「本当に食べたことがあって、形成された悪いイメージ」なら、多少のことでは悪いイメージが変わることはありません。しかし、「良く知らないけれど、連想するイメージが良くない場合(例えば、今回の場合だと、疲れたおじさんのイメージなど)は、悪いイメージといえども、やり方によってはすぐに良い方向に変化する」のです。

そのことを確認するためにあるテストをしてみました。
マッサージの経験がまったくない女性にマッサージを体験してもらうのです。
26才のOLさんと28才の看護婦さんの2人です。

ひとつは女性向けサウナのマッサージ。
もうひとつは、本格的なマッサージ師によるマッサージですが、思い切り怪しい場所と内装の治療院を指定しました。

そこは東京渋谷のビデオ屋さんが入っている雑居ビルの一角にあり、中に入ると吸殻で一杯になったまま放置されている灰皿と、写りの悪いテレビ画面に野球が放映されています。

治療はベッドではなく、畳にセンベイ布団が敷いてあるだけ。着替えはカーテンで仕切られたコーナーでパジャマに着替えます。
怪しいところには慣れている私ですら、最初に入ったとき、そのままきびすを返して逃げ出そうかと思ったくらいでした。

実は、ここに私のお気に入りのマッサージ師がいて、彼に「初心者だから柔らかめにやってください」とあらかじめ頼んでおきました。

さて、実験開始です。
まずは、女性向けサウナ。私は同伴できませんので、レポートと口頭の報告だけが頼りです。
結論から言えば2人とも絶賛でした。

しかし、おもしろいことに、本格マッサージはその高い評価を圧倒的に上回ったのです。
最初はその雰囲気にビビリまくっていた2人でしたが、とうとう2人とも眠ってしまう始末。

「本格的なマッサージを受けた後は、サウナなんか子供のマッサージみたいなものですね。
『これぞ本物』という感じです」
「ただ、危ないイメージなので、入るのにものすごく勇気がいるし、入ったら入ったで男の人ばかりだし、せんべい布団だし…。
第一、森さんが紹介してくれたマッサージ師の人なんか、目が行っちゃっている感じなので『変なことされたらどうしよう』とドキドキだったんです」

あはは。確かに彼は病的な雰囲気を持っていますから、サービス業には向かないかも知れません。

「じゃあ、ひとりじゃ行けないね」と私。
「いいえ(キッパリ)。一度受けたら安心したし、マッサージ師さんもいい人だって分かったから大丈夫です。
それよりもあの心地よさはマッサージ以外では味わえません。
疲れもイライラも全部吹っ飛んでしまうんです」

これには私もびっくりしました。
後日、マッサージ師の彼に聞くと、2人とも常連さんになってしまったようでした。

結局、2人とも事前に持っていた悪いイメージは「本物」ではなく、体験によっていとも簡単に変わってしまう性質のものであることがはっきりしました。
牛丼チェーンと同じパターンです。

15分マッサージの来襲

施術2この実験は8年前に実施したものです。
そんな経験があったせいもあり、私はずっとマッサージ業界に注目していました。
どこで、誰がその壁を破るのだろうか。
周辺イメージを変えるか、一度体験させるか。そのどちらかあるいは両方をすることで、事態は一気に改善するはずだからです。

その間、女性専用マッサージ店が京都にできたなどのニュースは飛び込んできましたが、一向に「大繁盛」というニュースは飛び込んできません。まだまだ、大きなうねりになっていない。

そこに出現したのが15分マッサージでした。
15分間という短時間の気軽さ、1,500円という財布の気軽さ、服を着たままという安心感、そしてオフィス街という近場の気軽さ。最後に、ガラスが大きく取ってあり、外から見える安心感と、外からサービス内容がかいま見れる好奇心。

大ヒットしたのはいうまでもありません。

そんな気軽な店構えとシステムですからOLさんが放っておくわけはありません。
女性誌に特集が掲載されはじめたせいもあって、たちまちのうちに女性比率が急増したのです。

「昔からマッサージを受ける女性比率は森さんが思っているほど低くはないんですよ」
先ほど登場した「危ないマッサージ師」さん。
「女性のお客さんは大体2割くらいはいるんです。ただ、森さんが来るような夜間ではなく、昼間とか夕方が多いです。
主婦とかが多いですけど、OLさんや学生さんも少なくはないですよ。
もちろん、深夜は水商売や風俗の方々が女性では大半ですけど」

それが、15分マッサージで表舞台に出たというわけです。
日の当たる場所といってもいい。

15分マッサージのヒットは治療院の雰囲気をガラリと変えました。
従来の「治療院」の薬臭いイメージが現代風に蘇ったのです。

「危ない」彼がいなくなってしまい、相性の合う人を捜して落ち着いたのが、若干26才の体育大学出身の若手。今、彼は恵比寿のスポーツマッサージ治療院のトレーナーです。

私のオフィスから歩いて5分のここは、院長や副院長が劇団四季やJリーグなどのオフィシャル・トレーナーというだけあって、店の作りはかなり明るく清潔感たっぷりです。

いや、ここだけではありません。最近の治療院の大半が明るく清潔な環境です。
ベッドがきちんと整備され病院を思わせる一方、BGMに環境音楽やクラシック、そして鳥のさえずりなどの声がスピーカーから静かに流れます。

治療院ではなく、「癒し」の場としてのマッサージ店になったのです。

女性客を意識した店づくり

外人モデル内装だけではなく、女性客に配慮した工夫も随所に見られるようになりました。
例えばマッサージ師に若い女性が多くなったこと。
これだけでも怪しげな雰囲気は一掃されます。

女性単独客のために、針や灸兼用の個室が設けられていることも工夫の現れのひとつ。
ただ、女性は大部屋で治療を受けるのは他の男性客に見られるのが恥ずかしい一方、個室に男性のマッサージ師と2人切りで閉じこめられるのも不安です。

そこで、大部屋であってもガーゼで顔を覆う方法が採用されましたが、最近ではついたてをベッドの間に立てて、隣同士の患者の視野を遮るような工夫をした治療院も出現しました。
これも女性客対策の一環です。

それが功を奏した典型例が東京恵比寿です。
東京恵比寿はラーメン店戦争でも有名ですが、隠れたマッサージ治療院激戦地区でもあります。駅前周辺だけで12件がひしめき合っています。そのうち、8店が恵比寿ガーデンプレイスができあがってから開業した治療院です。

恵比寿にマッサージ治療院が集中したのには、地代の安さなどの経営的要因も影響していますが、見込み客が増えたことが最大の要因です。

当地は住宅地区指定から商業地区に変更されたため、オフィスが急増し、OLさんが一気に増えました。人口が増えただけでなく、彼女たちはマッサージ業界にとって格好の潜在顧客です。

OLさんだけではありません。元々、代官山のマヌカンがJR恵比寿駅を利用するのが昔からの人の流れだったのに加えて、恵比寿周辺の古着屋やレストランなどの立ち仕事に従事する女性が増えたのも原因です。

恵比寿は以前からデザイナーなどの女性が男性並に仕事をする職種が多く、男性の文化を取り入れるのに抵抗が少ない地域であったことを忘れてはいけません。

そして、意外に知られていないのが、風俗店に従事する女性達がお客さんとして来院することです。
恵比寿は店舗を構えている風俗店も数店ありますが、それ以上にマンションで経営している店が多い。

その恵比寿に私は20年間拠点を構えていますが、マッサージ治療院にこんなに女性が客として定着したのも、ここ数年の新しい動きなのです。

「多いときは1日のお客さんの半分近くが女性客ですよ」

ある恵比寿の治療院のマッサージ師さんのコメントです。

かのスポーツマッサージ治療院はもっと女性比率が高い。
普段の日で半分近く。多いときには7割を女性客が占めます。

サービス業は女性客に指示されてこそ、本格的に拡大・普及します。
パチンコしかり、バーやレストランしかり。カラオケやゲームセンターもその仲間です。
これで本格的にマッサージ産業が脚光を浴びるのかと楽しみにしていたのです。

しかし、15分マッサージの足踏み状態が続いてしまっています。何が問題なのでしょうか。
ニーズがあることははっきりしています。一度でも行ったことのある人ならば、その効果は高く評価しています。

そう、一度でも…
ん?

あっ、しまった。
こういう時に良くあるミスを私もやりかけていました。
一度成功してお客さんが来ると、そのお客さんと同じような人たちをもっと呼べないかと考えるのが普通の企業の発想です。

それはそれで正しい判断です。
すでに成功した方法なら、その延長上で考えるのは失敗のリスクが少ないからです。

しかし、マッサージ業界の15分マッサージの成功によって来る客は現実的に打ち止めです。これ以上増えないと考えた方がよい。それなのに同類のことをしようとしても意味がない。

大企業でも昔から似たようなことしかやっていないのに、業績が伸びないと悩んでいる企業がたくさんあります。何か別なことをしなければならないことだけは分かっている。でも、今までの成功体験を捨てきれない。

大抵の場合、それをストレートに言う企業はありません。

「今までのお客さんを裏切るようなことはできない」
「今までのユーザーを切り捨てるのは得策でない」

そんな格好の良い言葉に変換して、社内で議論を進めてしまう。

挙げ句の果てに

「従来の客を維持しながら、新しい客を取り込む方法はないものか」

という欲張りな発想が棲みついてしまいます。

保守的な風土、変革を望まない風土はこういう発想から出てくるものです。
いや、保守的な風土があるからこういう発想が出てくると言った方が正しい。

場合によりけりですが、それができないことの方が多いものです。
戦略家クラウゼヴィツの言葉を借りるまでもありません。

「自己を否定する勇気のない企業は成長もない」

話が長くなりました。
それよりも、まだ1回もマッサージを体験していない人はどうなのでしょうか?
なぜ1回も来ないのでしょうか。
その発想でものを考えなければ活路は見いだせません。

健康市場のパターン化

ここで直接彼女たちに話を聞く前に、一般的な健康市場の生活者行動を整理してみましょう。

健康になるために、あるいは健康を維持するために何をするかという質問をベースに見ると、生活者の意識パターンがわかります。

具体的には次のグループが存在します。本業ではもう少し細かい分類をするのですが、メールマガジン用に単純化しました。

●自助努力派
●外部依頼派
●外部依頼・自然派
●するひつようがない宣言派

スポーツジムまず第一のグループは自助努力派です。
健康のためにジョギング等のスポーツをする、規則正しい生活をする、栄養管理を意識する、等々の正当派です。

このグループは男性の場合は年齢が高めの傾向がありますが、女性は20代前半以上の全年代に広がります。

2番手グループの外部依頼派は外の力を借りようとする人たちです。
ビタミン剤、栄養ドリンク、健康食品などのお世話になることが多い。
昔は中年男性に多く見られたパターンでしたが、現在では年代に関係なく忙しいビジネスマンやOLさん全般に見られます。

仕事やプライベートの活動が忙しくて、運動の時間がとれない。疲れてその気力がない。
基礎体力を強化するのが一番の方法だとは分かっていても、手っ取り早く現状の疲れを払拭したい。そんなニーズを持っています。

もっとも、彼らは「いつかは」「時間がある時に」ちゃんとした体力づくりをしたいと思っていますが、その「いつか」はなかなかやって来ないのですが(笑)。

3番目の自然派は依頼派の派生系です。
自分で基礎体力を強化する時間や精神的余裕はない。かといって、栄養ドリンクなどの人工的な(と思っている)ものに頼るのは抵抗がある。
従って、必然的に「自然」「天然」などのキーワードに弱い人たちです。

彼らは、外部から「健康にしてあげる」と言われても疑いの眼差しを向けるのですが、「元々、人間が持っている復元能力を助けてあげるだけ」といった、殺し文句に弱いのも大きな特徴です。

年代的には20代~30代女性に多く見られる傾向ですが、30代ビジネスマンを最近見かけるようにもなりました。

最後の宣言派は本当に健康に気を使う必要がない人たちです。
10代、20代の若い人がほとんどを占めます。
元気一杯な彼らですし、むしろ自分の身体を痛めつける行動に走るのが若さの象徴のようなものですから、健康維持なんてへのカッパ。

彼らは「健康を気遣う」なんてオヤジくさい、おばさんくさいことを嫌います。
オロナミンCすら、「おじさんくさい」と言って飲むのをためらうのがこのグループです。

猫の首に誰が鈴をつけるのか

ネコここまで整理すると、生活者たちにインタビューをするまでもなく、マッサージ業界のボトルネックが簡単に察しがつきます。
まず、マッサージそのものが必要ない人たちがいます。
目一杯若くて元気ハツラツの人たち(宣言派)がその筆頭です。
「自助努力派」もマッサージには関心がない。

残るのが「外部依頼派」と「外部依頼・自然派」の2つのグループだけ。
この2つのグループの特徴は…いや、実際に話を聞いた方が早いです。

まず、外部依頼派。
2人とも飲み過ぎたり、疲れが溜まったと感じた朝は栄養ドリンクや野菜ジュースのお世話になります、

ダイエットも考えて、ビタミンC配合のキャンディやドリンクは2~3日に1回のペースで買っているという典型的な外部依頼派です。
2人ともマッサージは受けたことがありません。

「ちょっと気になります、マッサージって。
会社の行き帰りにチラシをもらうこともあるんですが、今一つ踏ん切りがつかないんです。高いなぁ、という印象が強いからかしら」
「でも、久美さんは栄養ドリンクとか全部あわせると1ヶ月に1万円くらい使っているんだよね」と私。
「そうなんです。森さんに言われて、改めて計算したらびっくり。
…あ、そうか。30分で3,000円が高いんじゃなくて、『効果があるかどうかが分からないもの』に対して3,000円が高いと思っているんですよね、私って」
「私も同感です。野菜ジュースなら高くても1本150円です。だから、気軽なんですけど、マッサージは3,000円でしょ。失敗したら悔しいじゃないですか」と美由紀さん。
「私の場合は、それに加えて、マッサージは『揉み返しがきつい』とか『癖になる』って聞きましたから、『あ、イヤだな』と思ってしまったんです。
何だかそれに頼らないと生きていけなくなるって感じが怖いじゃないですか」

外部依頼派は「単価コストが安い」ことが実は大きな初期動機なのです。
「手軽な健康維持」これが彼らが求めているニーズの実体です。

面白そうなので、この2人を私が良く行くスポーツマッサージ治療院に連れていきました。
スポーツマッサージは痛みがなく、揉み返しもないのが一つの特徴です。
私が良く行くということが安心感に繋がったのと好奇心で2人は即答でイエスと答えました。

さて、結果は…
2人とも今ではその治療院の常連さんです。

「1回で3,000円とか5,000円は今でも高いと思います。
でも、あの気持ちよさと身体が軽くなる感じは、他のものじゃ代替が効かないですから、あきらめがつきます」
「『癖になる』というのは肉体的ではなかったです。精神的でした(笑)
あんな気持ちがいい体験はそうはできないです」

今度は「外部依頼・自然派」の2人です。
彼女たちは健康に対して無印外部依頼派より意識が高い人たちです。だから、価格が高くても必要と思えばお金をきちんと出します。

ここに登場する2人も食品添加剤物や成分について問題意識が高く、知識も豊富です。
また、自然食品店の常連で、何やら怪しげなものをいつも買い込んでいます。

「マッサージですか。
行こうと思ったことは何回もありますよ。
でも、イメージが今一つ悪いんです、ワタシ的には」
「例えば?」
「私の友達が行ったことがあるんですけど、マッサージ師に変な(エッチな)ことをされたと聞いてから、怖くて行けないんです。
最近は店が明るそうなのでひと頃よりはましな気がしますけど」と美紀さん。
「それに、通っていると筋肉が堅くなって、効果がなくなると聞きました。
薬でいう『癖になって効かなくなる』のと同じですよね。
ここぞ、という時でないと行く気になれません」

もうひとりの美也子さんが補足します。

この2人も今では常連さん。
スポーツマッサージはクセにならないというのを聞いて安心した様子です。
このグループの初期動機は情報だからです。

そう。
結局、マッサージ業界のボトルネックはイメージでも内装でもなく、もっと本質に関わる問題でした。それは「副作用」と「痛み」。そのことをきちんと解決してあげて、きちんと訴求すること。

足裏マッサージのリフレクソロジーが大繁盛しているのも、「足裏ならば、多少クセになろうが大丈夫」という安心感が生んだ結果なのです(痛みは…かなりです(笑))。

表層的なイメージを変えれば業績が上がると信じ切っている人はたくさんいます。だから、イメージ広告がテレビや雑誌に氾濫します。だから、広告代理店にイメージの良い広告を作れと指示が出されます。

しかし、そんなものは人間のファッションのようなものです。
初めて出会った人ならいざ知らず、会社の同僚がファッションを変えただけで、「性格が変わった」「仕事ができるようになった」なんて思うわけがありません。あくまでも、外見は外見です。

それよりも、百人一首の句をすべて暗記していることが分かった。実は、パソコンに異様に詳しかった。そんなことが発覚すれば、その人の人物評価は一気に変化します(良い方向かどうかは保証の限りではありませんが(笑))。

私が気に入っているスポーツマッサージ治療院が広告とチラシを作るときにアドバイスしたのが、院長と副院長のプロフィールをきちんと書くことでした。彼らは、スポーツ界の公式トレーナーです。それは変えようのない事実です。イメージでも何でもありません。
小資本でもできることです。また、効果は十分にありました。

面白いことに、あるタウン誌にそれを掲載したところ、次の号では他の競合マッサージ治療院がすべてマネをして院長の経歴を掲載しました。このタウン誌に限っていえば、マッサージ業界の広告の文法をがらりと変えてしまったのです。

本質を見ることでまだまだこの業界は成長します。
さてさて、猫の首に鈴をつけるのは一体誰でしょうか。

この業界、面白くて本当に目が離せません。
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