■2001年宇宙の旅の光と影【旅行代理店】

海外

日本人は旅行好き

さあ、食欲の秋です。
行楽の秋です。
哀愁の秋です。
夏休みに金を使いすぎた秋です。
私の誕生日がある秋です…ん?

四季それぞれに良さがある日本の気候ですが、その中でも春に続いて人気が高いのが秋です。
過ごしやすいことが最大の理由ですが、日本人にしか判らない第6の味覚、「旨み」が最大限ににじみ出る食材が揃うのが秋という季節だからでもあります。

また、紅葉という見た目にも素晴らしい環境が整うのも秋ならではの現象です。
…といっても、春は春ならではの、冬は冬ならではの現象があるのですから、説得力はまったくありませんが(笑)

ところで、今年の秋の3連休をどう過ごすかという調査では、「旅行」が37%でトップ。「趣味」や「休養」を押さえて一番人気でした(対象は子供を持つ主婦。日本旅行業協会)。ちなみに、国内旅行は実際に予定がある人と国内旅行をしてみたい人を合わせて68%。海外旅行は18%と旅行人気はまだまだ高いものがあります。

とはいうものの、旅行業界そのものは不調です。海外旅行はようやく6カ月連続で前年を上回りましたが、国内旅行は2000年7月で対前年比5.2%の減少。まだまだ不況の影響から脱出できていません。

業界第7位のHISは国内旅行で対前年比203.2%と大幅な伸びを示しましたが、これは例外。
国内旅行市場で26.8%を占めて1位のJTBで4.3%の減少。
シェア13.8%で2位の近畿日本ツーリストで4.6%減少。
現在は中国からの観光客解禁間近で期待を膨らませているものの、予定が大幅にズレ、その期待感もしぼみがちといった状態です。

しかし、日本人は旅好きだという見方には異論を唱える人はいないでしょう。

では昔からそうだったかというと、必ずしもそうではありません。
例えば、平安時代は旅行をする人がほとんどいなかったため、宿屋すら存在していませんでした。

当時は旅をするのは貴族などの上流階級と相場が決まっていましたから、普通の農村の民家に泊まらせてもらっていました。その際、夜は寂しいだろうからと、自分の嫁や娘を添い寝させるのが慣例でした。
翌朝、客の評価が高いとその村で自慢になる。農耕民族で血が濃くなりがちな民族の生活の知恵です。

宿屋が本格的に普及したのは江戸時代です。
政治が安定したために貨幣経済が発達し、全国の産物取引が活発になったのがその理由です。従って、旅行といっても今でいう出張のようなもので、商人が主流でした。

もちろん忘れてはいけないのは参勤交代の大名や武士たちの旅行。
庶民はといえば、江戸時代(文政13年。1830年)には500万人という日本全国の6分の1がお伊勢参りをした記録があるといわれています。

しかし一方で、1848年に栃木県からお伊勢参りをした人の記録が残っています。それによると、農閑期の約80日の旅行で費用が14,931文。現在の貨幣価値換算で約100万円というから、そうおいそれと気軽に出かけられる期間と金額ではないはずです。

ところで、そういった街道の行く先である大都市の関所には、旅の疲れを癒す遊郭があったものです。有名なところでは吉原、新宿、品川宿がそれに当たります。「宿」がついている地名は遊郭であったことが多いのです。

遊郭の役目は旅先の疲れを癒すだけではありませんでした。
土地の大名にとっては間者つまりスパイを足止めし、事前にその存在を発見するためのものでもありました。
従って、遊郭の経営者達は間者(スパイ)らしき人物を見つけたらそれを報告する代わりに、治外法権という権利を獲得したのです。

道中では「飯盛り女」と呼ばれた、宿屋の仲居さんのような存在が実質的な遊女でした。
関所にたどり着かずとも女性のサービスが受けられるのが人気になり、飯盛り宿という飯盛り女ばかりを集めた宿屋まで出現する始末。

当時の幕府は当初、飯盛り女を全面禁止としていたのですが、有名無実化していたために、とうとう徳川綱吉(だったと記憶しています)の時代には、1軒の宿には飯盛り女2人までという制限が加えられ、現状追認の決定まで出された始末でした。もちろん、効果はゼロ(笑)

日本人の教師役、旅行代理店

列車旅行が庶民にとって一般的になったのは、移動手段が身近になったことと無縁ではありませんでした。蒸気機関車という大発明が実用化された明治時代がその発端です。

蒸気機関車も当初は人を運ぶのが主目的ではありません。商材を流通させるための手段が人間にも応用されたのが実状です。
従って、明治時代とはいっても、すぐに民衆に旅行という習慣が広がった訳ではありません。

日本人に旅行という新習慣を広めた立役者。それは旅行代理店という新しいビジネスでした。
旅行に慣れていない日本人に様々な行楽を紹介、提案し、宿屋の手配をはじめとして旅行に関する面倒な手続きを代行する。

社員旅行、修学旅行などの団体旅行を計画することで、当時の日本人が旅というものに触れるきっかけを作ったのでした。
一般に普及したのは東京オリンピックや万博が開催された1970年からです。

日本人の旅行を楽しむ教師役として活躍した旅行代理店でしたが、長引く平成不況のために元気がなくなっています。
今年はようやく海外旅行が復調の兆しを見せていますが、国内旅行は不調のままです。
そんな旅行代理店に今回はスポットを当てました。

ところで、今回は国内外旅行を特に分けていません。構造は似たようなものだからです。ご了承下さい。

競争激化と客のニーズの変化。それに伴う利益率の低下

「いやあ、森さん。旅行代理店、スーパーや不動産会社のチラシほど大変な仕事はないんですよ」

印刷会社や広告代理店のチラシ制作を担当している人に会うと、1回は必ず飛び出る愚痴です。
私もそのあたりを良く知っているので、初めて会う人には話題提供のために

「旅行代理店の担当ですか。大変だそうですね」

と水を向けると、10人中10人が見事に振った話題に飛びついてくれます。

一体、何が大変なのか。
両方に共通しているのが、締め切りぎりぎりまでチラシの内容が決まらない。あるいは、締め切りぎりぎりまで修正、修正また修正の嵐だという点です。
ある人は、最終締め切り日というのに1日で4回も修正が入ったといって泣いていました。

原因は何か。
組織が優柔不断だからです。
一度決めたのに、横やりが入ったり上司から文句が出たりするから、最後の最後まで決められない。

いや、旅行代理店に限らず、そんな企業は他にもたくさんあります。
しかし、最終日に4回も修正が入るまで極端ではありません。
それでは一体何が問題なのでしょう。
主に価格です。

海外旅行商品の場合は為替レートの変化が刻々と変わっているからです。

「え?変ですよ、森さん。
為替が変化するといったら、輸入品はみんなそうじゃないですか。なんで旅行代理店だけがそんなに修正ばかりするんですか?」

ちょっとした為替レートの差でも無視できないほど利益率が薄いからなのです。
商品によってはマージンが10%程度しか取れない。
そのうち、為替レートで1%も2%も利益が異なると、大きな打撃になってしまうのです。
スーパーやコンビニのマージン率は30%です。メーカーでは粗利が40%ほど。

旅行代理店のマージン率がたかだか10%というと、国内バス旅行19,800円の旅行商品では、お客さん一人で1,980円しか儲からない。
1回のツアーで100人集まっても20万円の利益しかない。

それだけではありません。その中から、人件費や事務所の経費を差し引かなければならない。
手元に残るお金などたかが知れています。

一体、なぜこうなってしまったのでしょうか。
競争激化と客のニーズの変化。それに伴う利益率の低下。
そう言ってしまえば簡単ですが、競争が激化するとどうなるか。ニーズがどう変化したのか。

これが分からないと対応のしようもありません。
もうちょっと深く突っ込んでみましょう。

「50分間食べ放題。ただし配膳は30分おきになります」

ブドウ手元に面白い新聞記事があります。
日経流通新聞が阪急交通社のトラピックスという、人気の低価格国内外商品シリーズの躍進について書いた、9月26日付の記事です。同社は今年7月の統計では、海外旅行25.5%増と絶好調ですが、国内部門は20.1%減と業界平均の5.2%よりも厳しい状態です。それでも、外国人旅行者の伸びもあって、全体で105.8%増と代理店トップ10の中では低価格戦略で最も伸びている企業です。

面白いのは記事の内容ではありません。
日経流通が珍しく体験記事を掲載しているのです。日経流通はあくまでも新聞ですから、こういった深堀り記事は珍しいのです。

しかも、微妙な表現ですが、明らかに商品内容を批判している。阪急交通社が日経流通新聞に嫌われているのは確かです。日経流通は暗に好き嫌いの激しい新聞であることは、広報関係者なら経験をしていることも多いと聞きます。

さて、ここで取り上げたのは阪急交通社の「巨峰狩り・松茸ご飯食べ放題 コスモス秋の昇仙峡」というプラン。日帰りながら、甲府市の昇仙峡を目指して計6カ所をバスで回って、3,980円という超格安プランです。他の類似商品よりも20%~35%は安い価格です。

手元のチラシは今年の夏のものですが、類似の商品があり、そこには「夢の2大食べ放題」や「なんと秋の味覚2大食べ放題!!」という文章が大書してあります。ご丁寧に4枚すべての写真には1つ1つ「イメージ」と印刷されています。

体験記事ではバスが止まるたびに土産物屋に連れて行かれたと説明していますが、それは置いておきましょう。主観的な表現が目立つからです。
それよりも、このパックの目玉である松茸ご飯食べ放題と巨峰狩り(おまけで花の都公園)について、こんな風に説明しているのが興味を引きます。

【松茸ご飯食べ放題】
運ばれてきた茶わんの中には、丸ごと1本入っており「大きいなあ」と高齢の男性。しかし、感嘆の言葉はおかわりをする度に、不満の声に変わった。「松茸がどんどん小さくなっていく」し、「持ってくるのが遅い」ためだ。土産物を買う時間も含め計50分というのも十分でない。
【巨峰狩り】
参加した日は雨だったが【中略】巨峰狩りはブドウ畑に囲まれた道ばたで傘を差しながら立ち食い。しかも、ケースに入ったブドウを食べる。おいしいが「狩る」というイメージではない。参加者からは「冷蔵庫から持ってきたんじゃないの」という声も出た。
【花の都公園】
最後の訪問地、山中湖の「花の都公園」に着いたのは閉館時間を過ぎた夕方6時過ぎ。トイレ休憩だけになった。

巨峰狩りや花の都公園は天候や渋滞状況という外的要因に左右されるので、コメントは差し控えますが、松茸ご飯食べ放題はかなり確信犯的な匂いがするのは私だけでしょうか。

「食べ放題」と銘打って、小さく「2分間だけ」と書かれた看板を掲示していたり、「50分間食べ放題」で小さく「ただし配膳は30分おきになります」と書かれている料理屋やレストランがあれば、間違いなく不当表示になります。

阪急交通社の体験記事では、かなりグレーゾーンですが、少なくとも良心的というにはほど遠い内容ではあります。

キミにもできる(かも知れない)旅行代理店

旅行鞄まず、競争の激化が価格を下落させるということを説明します。
旅行代理業は簡単に参入できる業界です。
交通機関や宿泊施設と提携し、チラシを作ってばらまくだけだからです。ちょっとした窓口さえあれば営業ができてしまう。ノウハウといっても複雑なものはありません。個人でも旅行代理業を経験し、今までの人脈があれば、そこそこの商売ができます。

これを製造業と比較するとよく分かります。
製造業は生産設備を作って、原材料と完成品の在庫を作らなければなりません。

大量生産がメーカーのポイントですから、大量にさばける売場を探さなければならない。しかし、普通のスーパーやコンビニには新参者は入ることができない。実績がないと商売の信用がないからです。

問屋に卸すことはスーパーよりは簡単です。しかし、問屋のセールスマンがスーパーなどの小売店に売り込んでもらえないと、問屋の倉庫に商品が眠ったまま放置されるだけです。それをフォローするための営業マンの人件費が必要です。

最後に生活者に商品を知ってもらうための広告をしなければならない。気が遠くなるような作業とお金が必要です。とても個人事務所に毛が生えたような新規会社でまかなえる負担ではないのです。

さて、旅行代理店は資本いらずで参入できるだけではありません。
仕入れコストを下げるのが比較的簡単なのが旅行代理店でもあります。

例えば宿泊施設は必ずしも高級ホテルと提携する必要はありません。ホテルによっては価格交渉を厳しくすれば他社よりも安くなります。特に、ホテルや旅館は客が入らなければ客室を遊ばせるだけという装置産業ですから、時期によっては収入ゼロよりはましとばかりに渋々OKしてしまう。いや、そういうホテルや旅館を選べばいい。特にオフシーズンなら、そんなところはいくらでも見つかります。

実際、前出の低価格戦略で躍進している阪急交通社の価格交渉は、他社にはとてもマネができないほどキツイと言われています。

このように、皆さんが想像できるメカニズムで価格は下がっていきます。
しかし、その価格は大量発注だからといった経済メカニズムではなく、「以前、その人には世話になったから」「しつこく粘られたから」といった、人的な理由で決められていくのです。

どこかに無理が生じるのは自明の理です。
いずれにしても、メーカーのように「大量発注」でコストを下げるなら大企業は有利ですが、旅行代理店のような場合は組織の大きさはさほど重要ではありません。

だから、小さな組織は必ずしも不利な条件ではない。
新規参入がしやすいもうひとつの大きな理由です。

競争参入は必ずしも価格下落にならない

円マーク新規参入が激しいと競争が激化し、価格が下がるのが教科書で私たちが学んだことです。従って、ここまで説明すれば旅行代理店の利益率が低い理由が説明できる気になってしまいます。

しかし、実は、市場参入が簡単だというだけでは価格は下落しません。
では一体何が必要か。
旅行代理店業界はどうだったのか。
新規参入組によって競争が激化してしまったのです。
そして、価格競争が激しくなりました。

理由は簡単です。
どのパック商品を見ても生活者からすれば「同じようなもの」だったからです。
似たようなものなら安い方に人気が集まるのは自明の理です。
価格下落はそれが直接の原因です。

一方で、それしか選択肢がなければ、多少価格が高くてもその商品を買わざるを得ません。
ペットフード業界の場合、似たような「くいつき」レベルなら安い方がいいけれど、ガツガツ嬉しそうな顔をして犬が食べるペットフードがペディグリー・チャムしかなければ、多少高くてもチャムを買わざるを得ない。

従って、大型犬のように何を食べても嬉しそうな犬種の場合は、10kg3,000円の袋入りフードが980円で売られてしまうことが起きてしまいます。しかし、好き嫌いの激しいように甘やかされている超小型犬や嗜好性の強いネコ用のフードは値崩れがしにくいのです。

一方で、旅行代理店に似た構造の業界がティッシュ業界です。
スコッティ・ティッシュだろうが、エリエールだろうが、はたまたダイエーのプライベート・ブランドだろうが、中身は似たようなものです。せいぜいが、絵が印刷されているかどうかの違いくらいしかありません。だから、価格はどんどん下がってしまう。

しかし、花粉症用の肌荒れがしない特殊加工のティッシュは値崩れがしません。
最近でこそ各社が発売して種類が多くなりましたが、まだまだどこでも売っている商品ではないし、紙のなめらかさや鼻がヒリヒリする感じが違うからです。つまり、品質に明確な差があるのです。

それとまったく同じ現象が旅行代理店業界で発生してしまったという訳です。専門用語で「コモディティ化」といいます。コモディティは穀物のように品質に差がない商材のことです。

JTBや近畿日本ツーリストという大手とはいえど、工夫のない商品しか売ってこなかった。いや、中小でも簡単に真似ができる企画しか作ってこなかった。
だから、新規参入組が増えると値崩れを起こしてしまったのが真相です。

そうなると、JTBの有利なところは「大きいから安心かも知れない」という点だけです。つまり、旅行初心者しかJTBは相手にできないのです。年に何回も旅行し、お金も使う一番おいしい顧客はみんな中小代理店や直注文に取られてしまうだけ。代理店の大手ですら、まったく安定していないビジネス。それが旅行代理業という訳です。

「客のニーズ」の表層的とらえ方

「森さん。それはよく分かりました。でも、大きな代理店は扱う客の数が多いから、その分やっぱり有利な気がするんですが。
1年間で1万人しか扱わない小さな代理店よりも、年間200万人を扱う大きな代理店の方がコストも安く下げられるのではないでしょうか」

お金実はそうなりません。
2つの理由があります。
1つは、集中と分散です。
例えば、小さな旅行代理店なら、客を送り込むホテルを1つに絞れば、1万人丸々紹介することができます。従って、そのホテルに対しての価格交渉は有利になります。

しかし、大きな代理店が200万人を4,000軒のホテルに分散してしまったら、1ホテル当たり5,000人、つまり半分しか客が紹介できません。巨大企業JTBといえども、価格交渉力は中小代理店よりも弱くなってしまうのです。

もうひとつ理由があります。これも集中と分散ですが、大事なことなので細かく説明します。

例えば、昔から海外旅行のパンフレットには「最小催行人数2名」とか「1名」なとどいうものを見かけます。

20年前は人数がまとまらないと経費効率が悪くなるので、例えば50人以上の申し込みがないとその旅行プランは開催されない、つまりキャンセルされるのが慣例でした。送り手である旅行代理店にとっては、赤字のリスクを下げるのに効率がよいやり方です。

しかし、客から見ればなんとも納得のいかない話です。
せっかく申し込んだのに相手の都合でキャンセルされてしまう。客を集めるかどうかは客ではなく旅行代理店の責任です。製造業だって、新発売の時は見込みで製造してその生産効率を考えて価格を決めるというリスクを負っているのですから、代理店だけが自分勝手な商売をして良いわけはない。

そこで、客のニーズを考えて、数人しか集まらなくてもその旅行パックプランを実行しますと宣言した。それが、最小催行人数の低下という訳です。

しかし、これが自分で自分の首を絞める元凶ともなっているのに彼らは気がつかないのでしょうか。

「森さん。お客さんのニーズだから仕方がないんですよ。今どき、催行人数50人なんてあり得ない。
だって、もともと団体旅行自体がニーズから外れているわけですよ。社員旅行だって、会社全体ではなくて課内や部内旅行になっている。
いや、旅行に行こうという会社自体が少なくなっています」

生活者のニーズをくみ取ることをはき違えている企業は、生活者のニーズを考えていない企業よりも多いといえます。私から見ればそれらはすべて同じ穴のムジナです。
第一、生活者ニーズが1つしかないと思っていること自体がすでに生活者を見ていない。

クルマと100円ショップの怪

クルマどういうことか。説明しましょう。
製造業の基本は「大量生産で安い」か「手作り、少量生産で割高」かが基本ルールです。
いや、資本主義である限り多少の違いはあっても、ありとあらゆる業界がこのルールに則ります。

もちろん、企業としてはこの2つの相反するルールをできるだけ同時に実現したいと思うのは当然です。生活者のためになるだけではなく、企業間競争にも勝つことができるからです。

製造業では、その鍵が生産技術でした。新しい工法や効率の良い生産機械設備が少しずつではあるものの進化していきました。
一時期、1970年代に言われた「少量多品種生産」は、生産技術の発達で成し遂げられたものと言えます。

しかし、ある技術水準の範囲では、効率の良さにも限界があります。
生活者のニーズにきめ細かく対応するといえば聞こえはいいのですが、どこかで線を引かなければとんでもないことになります。

その典型的な一時期のクルマと100円ショップです。
まずクルマの例を出しましょう。

マツダは1980年代後半の一時期、「生活者の細かいニーズに対応するために」、ファミリアに様々なモデルを用意しました。その大半が灰皿の色やダッシュボードのデザインなど細部にわたった違いでした。その結果、ファミリア1車種で400種類もの選択肢があったのです。

机上の計算では、生活者はそのきめ細かい対応に涙するはずでした。
しかし、ファミリアの販売台数は増えもせず、コストアップだけがプレッシャーとして残り、とうとう1台売っても1万円しか利益が出ないところまで追い込まれてしまいました。

マツダだけの話をするのも可哀想ですね。この時期はトヨタを含めてどこのメーカーも似たようなことをやっていたのですから。

クルマと対照的なのが100円ショップです。
100円ショップの商品のうち、一部は倒産品や売れ残り処分品ですが、大半は100円ショップ用に企画された商品です。従って、納入するメーカーは正当な利益をちゃんと出しています。

「え?だったら、スーパーに置いてある収納ケースとかの値段が4倍も5倍もする商品は一体なんなの?」

とゆりちゃんがびっくりして聞いてきました。

そう、彼らは100円ショップに卸しているメーカーと利益率は大差ないのです。
なぜか。
1種類をたくさん作っているからです。

100円ショップ用に製造しているメーカーは1~2種類程度の色やデザインしか作りません。その代わり大量に製造します。

一方のスーパーや雑貨店に卸しているメーカーは、何100種類ものデザインや色を少しずつしか作りません。製造コストが高くなってしまうのは当然です。特に、金額の高い金型を使うプラスチック製品などは、金型の耐用製造個数に満たなくても製造を止めて捨てなければなりません。
その無駄な経費はすべて価格に跳ね返ります。

当たり前といえばあまりにも当たり前の経済原理です。
しかし、それが1個あたりの販売金額が100円対400円の違いにもなっているのです。そのことは教科書では教えてくれませんでした。目の前に証拠をつきつけてくれたのが、ダイソーを始めとする100円ショップだったという訳です。

無理なコストダウンと品質劣化

フルーツ日本という国が資本主義である限り、この大原則は崩れることはありません。
そうなると、「最小催行人数2人」という小旅行パックは例外なのでしょうか?
いえ、これもまた、原則に当てはまるのです。
交通費、宿泊費などすべてにわたって、大人数なら価格交渉力が高まります。

こういった「正常な原則によるコストダウン」ではなく、代理店のマージンを下げ、宿泊施設に無理を言って実現したコストダウンでは、品質に影響が出るのは当然です。
この場合の品質とは、様々なところで噴出します。

その代表的な例が冒頭に上げた阪急交通社の事例です。
それ以外にもまだまだたくさんあります。

例えば、店頭での接客。
次々と客をこなさないと人件費がかさむので、客にきちんとした説明ができない。しっかりとした説明に時間がかけられない。第一、質の良い人材を確保したり教育することができない。

そうなると、数年前にサッカー・ワールドカップのチケット不足騒動の時に、テレビで赤裸々に放映されたように、客からの苦情に逆ギレし、持っていたチケットを客の目の前で地面に叩きつけるHIS社員のような人間が出現します。

あるいは、ツアーコンダクタの立場を利用して、若い女性客を次々と食い散らかして、その数を自慢し合うような男性社員が出現します。

もっともツアーコンダクタは決して裕福ではありません。
知り合いの20代後半の女性は1カ月のうち、3分の2を海外で過ごしていますが、月収は15万円程度です。海外での勤務中は24時間勤務ですから、他の日は休みをとったとしても、1カ月の残業が160時間の計算になります。

たまたま彼女は好きでやっているし、親元から通っているので収入面での不満はありません。
しかし、ちょっとでも現実に戻ったとき、くだんの男性ツアコンたちのように

「(女性客食い放題のような)余録がなければやってらんない」

仕事でもあります。

いや、そういう意識の人間が集まりやすいのです。
まさに荒れた環境の職場です。

宿泊施設も同様です。
必要以上に価格交渉の圧力がかかりますから、「正規料金の客と同じに扱ってられるか」とばかり、対応が大雑把になります。
もっとも、正規料金でもひどいところはひどいので、きちんとした利益があったからといって、質が向上するかどうかははなはだ疑問なのが日本の宿泊施設です。
これについては、別の機会にテーマとします。

考えることを放棄した業界は生活者に期待されない

これでおわかりでしょう。

「顧客のニーズに合わせる」

といえば聞こえはいいのですが、これは要するに

「客が言ってきたことを実現するだけ」

です。

つまり、自分で考えることを放棄しているのと同じことです。
デートを考えて下さい。

【彼】「何が食べたい?」
【彼女】「えーと。パスタ」
【彼】「じゃ、どのパスタ屋さんに行こっか」
【彼女】「五右衛門が良いかな」
【食事が終わって】
【彼】「これからどうしよっか」
【彼女】「うーん。映画とか見たいなぁ」
【彼】「そうしよう。あ、でももうこの時間じゃ、映画館やってないよ。どうする?」
【彼女】「…じゃあレンタルビデオ借りて、行生君のマンションで見ようか?」

食事一部を除いて、こんなデートが楽しい女性がいる訳はありません。
優しいのと判断放棄を混同している。

いや、そういう男性を好む女性も確実に存在します。
従って、(判断放棄の)男性がいても良い。
また男性ツアコンを誘惑する若い女性客も少なくはありません。

客に振り回されるように見える旅行代理店があっても良いのです。それらを企業が戦略的にやっていれば。

戦略的というとかっこいいですが、要するに

「利益がない代わりに、接客もサービスも最低限しか提供しない」

と、自覚しているか、割り切っているどうかなのです。

しかし、自覚していないからこそ、「苦しい」だの「客の財布のヒモが堅い」だのといった愚痴が出るのです。

それよりも私が気になっているのが、旅行代理店業界は客のニーズが1つしかないと思っているように見えることです。

誰か(阪急交通社のトラピックス)がパック商品の価格を下げた。
それが売れた。
すると他社も一斉に価格を下げる。
そのうち、従来あった商品がなくなる。

「多少高くても良いから、きっちりしたサービスの企画商品」

が欲しい客にきちんと商品が提供できているかどうかです。

「いや、森さん。言うのは簡単ですが、高い商品は実際に売れないんですよ」

ある関係者の言葉です。

それはそうです。「単に高いだけの商品」は売れようがない。それはものの道理というものです。
「高い価格に『見合った』商品」しか売れないのは、他業界でも同じです。

例えば98年に売り出されたバリ島のパッケージ商品。7万円という価格が大ヒットしました。
が、次の年は9万円のバリ島プランの売上げが上回ったのです。その理由は、高いプランはひとつランクの高いホテルを組み込んだこと。

生活者が納得すれば、それなりの金額は支払います。
きちんと工夫をすれば、まだまだ価格の高い(利益率の高い)商品は売れるのです。

逆に言えば、安いものしか売れないというのは、代理店が工夫していないか、顧客から「値段が高いのはどうせボッタくっているだけだろう」と期待されていない証でもあります。

高くても安くても内容(のひどさ)に差はない。
だったら安い方が悔しい思いを抑えられる。
「安かったんだし、仕方がないよね」という自己弁護の材料になるからです。

「(この業界や商品群に)大きな期待をしていないから」
「失敗したら悔しいから」

プロバイダ以外の価格低下に悩んでいる業界は一度調査の質問項目にこんなものを付け加えてみてはいかがでしょう?
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