■「いつも少年の心」は、時にはアダになる【アサヒビール】

ビール

ビール業界がおもしろい

「私はこう見る」でちょっと話題にしないうちに、ビール業界がおもしろいことになってきました。
1997年1月にアサヒが単月でトップのビールメーカーになってしまいました。
それを皮切りに「ドドッ」と音をたてるようにアサヒがキリンを攻勢。

単月だけでなく、毎月トップになる。

44年ぶりの珍事です。

かつてのガリバー、キリンの面影はなく、営業マンも士気が上がらない。ボロボロの状態でした。
そして、起死回生になったキリン淡麗<生>の大躍進。
アサヒビールへの反撃開始です。
それに対応して投入したのが、スーパードライ・スタイニー。
がっぷり4つに組んだ戦いが幕を開けています。

さて、ここまでが、一般的に新聞などで報道されている内容です。
「ビール戦争再び」という様相を示し、メディアは大喜び。色々な所で、色々な見方が飛び交っています。
そこで、「私はこう見る」では、この短い期間の歴史をマーケティング的にどう見るかを、主にアサヒビールに焦点を当てたお話を今回のテーマとします。

「キリン負けるな」「アサヒ頑張れ」というエールを送るつもりはまったくありません。淡々とビールのマーケティングを語るだけです。

ビール業界の歴史

麒麟読者諸兄との共通認識のために、ビール業界の歴史をちょっと振り返ってみましょう。知っている方も多いとは思いますが、復習だと思って読んでください。

現在のビール会社のおおもとは、1949年にさかのぼります。
大日本麦酒という大きな会社です。これが、過度経済力集中排除法 (今でいう独占禁止法)で、「朝日麦酒」(現アサヒ) と「日本麦酒」(現サッポロ) に分割されてしまいます。ちなみに、キリンは大日本麦酒とは別の会社です。
当時の市場シェアは朝日麦酒が36.1%、日本麦酒が38.7%、そして、キリンが25.3%。
キリンがトップになったのが1954年だから、実に40年強もの間トップであり続けたのです。

サッポロとアサヒが大喧嘩している最中に、全国に工場と営業所を持つキリンが当時伸び盛りだった家庭用市場を中心に徐々にシェアを伸ばし、大日本麦酒解体後の4年目の1954年、気がついたときにはキリンがトップメーカーになっていました。

この大喧嘩、かなり熾烈だったようで、西日本が地盤のアサヒが東日本に営業所を出すと、すかさず近隣にサッポロが営業所を新設する。要するに足の引っ張り合いです。
その隙に、キリンという「とんび」が油揚げをさらったというわけです。

その間のアサヒのシェアの低落ぶりは「ナイアガラの滝のようだ」とCI当時の村井アサヒ社長は表現しています。何せ、1949年には36.1%だったシェアが26年間に13.5%にまで下がり続けたのです。

第1期:CIで復活した「コクがあるのにキレがある」 - 1986年

アサヒさて、長い間低迷続けていたアサヒでした。
その間に社員の士気は低下するばかり。

要は「負け犬根性が染み付く」という現象です。
マーケティングの守備範囲ではありませんが、経営上はかなり大きな問題です。
何をするにしても発想が後ろ向き、矮小になってしまうからです。これでは勝てる戦も勝てなくなってしまう。
また、会社としての血のめぐり、頭のめぐりが悪くなってしまう。
同じ現場での情報なのに、サントリーでは上層部へ連絡が届くのが3日後なのに対して、アサヒでは3ケ月もかかることすらあります。

そこで実践されたのがCIです。
1982年に経営理念を策定したのを皮切りに、社内改革を実施。
1986年2月3日、「コクとキレの生ビールです」というコピーとレオンラッセルの音楽で、自社の生ビールのフルモデルチェンジ・キャンペーンを実施。間ぱつを入れず、同年3月スーパードライを市場に投入しました。
ちなみに、「コクがあるのにキレがある」は同年7月に露出したアサヒ生ビールのコピーであって、スーパードライのためのものではありませんでした。

アサヒ生ビールのフルモデルチェンジの翌年、1987年3月発売のスーパードライ躍進の理由は様々なところで紹介されていますし、その大半は正解だと思いますので、長々とは述べません。
私の見方を簡単にご紹介します。

●イメージ、ムード、雰囲気ではなく、「規格」で勝負に出た

スーパードライ新聞広告これはスーパードライの発売直前のビール市場をみれば良く分かります。

それまでは、「なぜだかキリン」という有名な広告コピーが象徴するように、「なぜキリンを飲んでいるのか」という理由はありませんでした。いや、生活者に与えられていなかった、といった方が正しいでしょう。

飲み屋でも「ビール1本」と注文すれば、いやおうなしにキリンが出てきます。酒屋でも「ビール1ケース配達してね」というと、当然のごとくキリン。正にキリンを飲む理由などありません。「常識」だったのだから理由はなくてもいい。トップブランドとしては見事な戦略です。

下位メーカーも同じようなイメージ戦略を続けましたが、誰も成功しない。
直前では「容器戦争」と呼ばれる「変わった容器」「でっかい容器」等、各社こぞって新製品を出し、テレビ広告を大量に流したのです。
が、市場シェアは変わらず。
現在の清涼飲料水でいう500mlペットボトルのような「飲み方を変えてしまう」きっかけにはなりませんでした。

そこに、「コクがあるのにキレがある」です。アサヒビールを飲む理由が与えられたのです。

過去記事「『自分探し』コンセプトで夢をつかんだ」

のケースと同じです。イメージに慣れ切った生活者の次の関心事は必ず「規格」です。アサヒはそれを先取りした、と言って良いでしょう。

●他社がアサヒをバカにしていた

個人的にはこのサブタイトルが最大の理由だと思っています。
スーパードライがヒットした1987年、他社誰一人として対抗商品を出していません。静観していたのです。
その理由を当時のサッポロビールのブレンダーがこう答えています(当時の資料が見つからなかったため、私の記憶でお話ししています)。
「スーパードライを早速飲んで、社内で研究してみたが、ウチの生ビールと似たような味だった。だから、ウチの既存のブランドで充分対抗できると判断した」

良くある失敗です。
ブレンダーなどのプロの舌は生活者とは違います。一般人は味覚を他の感覚と総合して判断します。嗅覚、触覚はプロも「味」として考慮しますが、視覚や聴覚は一般的に評価の対象外です。ましてや、「知識」となると、味覚とは全く別なものとしてとらえるのがプロのプロたる所以です。

しかし、我々一般人は味覚を独立してとらえる訓練をしていません。だから、例えばこんなことがおきます。
同じハンバーグを、一方はブルーをメインにしたシンプルなデザインの箱に入れます。もう一方は、赤、黒、黄などの暖色系の色彩で派手にデザインした箱に入れます。

それぞれの箱から取り出して試食をしてもらうと、ブルーの箱のハンバーグは「あっさりした味」と感じる人が多く、ゴテゴテしたデザインの箱から出したハンバーグの評価は「こってり」と感じられるのです。
つまり、視覚が味覚に影響してしまう。プロではあり得ない錯覚です。

ましてや、普段使わない味を表現する「コク、キレ」です。
元々、スーパードライはコクやキレを感じる味になっています。「そう言われるとそうか」となってしまいます。「サッポロ生と似ているよね」と感じる人は多くありません 。サッポロは味について何も言っていないのですから、そう思いようがない。

「売れているのは知っているけど、競合商品を出せば(相手がアサヒなら)いつでも取り返せる」という気持ちが各社にあったことも確かですが、生活者の気持ちを読み違えたのも事実です。
その結果、スーパードライを1年間放置していたのです。

工場のラインをスーパードライ1本に絞った

ドライこれは、マーケティング的な側面もありますが、経営的な効果も見逃せません。

アサヒはスーパードライが爆発的なヒットになったのを見極めると自社工場の他のラインをすべてストップし、すべてスーパードライに切り替えました。他のブランドは全部廃止してしまったのです。

乱暴な言い方をすれば、東芝がデジカメで大ヒットを飛ばしたので、冷蔵庫からエアコンまでの商品を全部廃止してしまったようなものです。
社員の意識という観点で言えば、あながち乱暴ではありません。

というのも、自動車、たばこ、飲料など単一ジャンル商品を扱っている企業にいる社員は、自分の商品を「似たようなもの」とはとらえていません。Aというブランドはあくまでも、Bというブランドと別物です。逆に言えば、そういった意識がなければ責任感のある良い仕事ができません。「どうせ、Aブランドの売上が減っても、Bブランドがあるから気にしない」などと言っていては、良い商品ができないからです。

従って、多くのジャンルの商品を扱っている東芝でデジカメと冷蔵庫が「まったく違うもの」という意識と同じくらい、「スーパードライとアサヒ生は違うもの」なのです。
そういった観点から見ると、アサヒのスーパードライ一本化はかなりの英断と言えます。

もちろん、その経営判断には「市場でスーパードライが品切れになっている。増産をしなければならないが、製品ラインを新規に作るには時間がかかり過ぎる。最も手っ取り早いのは既存の他のラインをスーパードライに転用すること」という経営資源の判断があったことは想像にかたくありません。

こういう時でも、企業は「いや、スーパードライのブームがいつ沈静化するかがわからない。その時に他のブランドがないと危険だ」というような、保守的な意見が出るのが常ですし、日本企業の場合は往々にしてドラスチックな判断を嫌うものです。

この時のアサヒは同様の判断をしても、誰にも非難されるものではありませんでした。が、もし、保守的な決断をしていたら、現在のアサヒの1位は絶対になかったでしょう。

マーケティング戦略の面から見ても、この判断はかなり有利に働いたのは明白です。
下位メーカーの基本戦略は「特化、集中すること」ということは過去記事「ミニ大企業、日立の悲劇」で説明しました。
ところが、これがなかなかできるものではありません。雑音やリスク回避の心理と社内のパワーバランスの原理が働くからです。

例えば、10個の商品があったとします。それぞれに担当者がついて、マーケティングを実施しています。予算が100万円あったとすると、それぞれ10万円配分するというバカなことはさすがに行いませんが、10番目の商品にも数万円の予算を配分してしまいます。担当者にとって10番目の商品だろうが自分の子どもです。一生懸命育てようとする情熱は、上位ブランドの担当者の10分の1という訳ではありません。場合によっては、1位の担当者以上のこだわりがあるかも知れません。

結局、対抗商品との兼ね合いを考慮し、絶対額の多い1位や2位のブランド向けの予算が削られ、10番目に回るといった判断がなされるのがオチです。
同様のことが営業マンの行動や商談にも影響します。

ところが、扱う商品がスーパードライ1つしかないのです。持てる広告予算、販売促進予算はすべて無条件にスーパードライだけに注ぎ込めます。営業マンも、売れるか売れないかがわからない新製品の商談に時間を割くことはありません。いつ商談してもスーパードライの話が100%です。

弱小メーカーとはいえ、アサヒは市場シェア10%の企業です。勢いのある商品にこれだけの予算的、人的資源が注入されるのです。そのパワーは測り知れないものがあります。

競合他社の失敗 - 1987年 & 1988年

ケーキ結局、勢いづいたスーパードライにおっとり刀で各社が対抗商品を出したのが1年後の1987年。しかも、その直前にアサヒがサントリーに対して、パッケージデザインが似ているとして抗議文書を出し、デザイン変更を余儀なくされるという「出鼻をくじかれた」格好でのスタートです。

「キリン生ビールドライ」「サントリードライ」「サッポロドライ」です。結果は各社大敗。アサヒが対前年比72%増に対してキリン5%減。
直接対抗をあきらめた競合各社は、新製品で生活者のドライへの関心を振り向けようとしました。

良くある手です。
特に菓子業界でのチョコレート戦争が有名でした。
アメリカでトップ企業のチョコレートメーカー、マーズ社が日本に進出。アメリカのM&M’Sの売上だけで、日本のチョコレート全消費量に匹敵するという巨大な企業です。M&M’Sとスニッカーズが市場に投入され、大ヒットしました。

明治製菓を初め各社対抗商品を出したものの歯が立たず、両ブランドは独走状態。
結局、日本の菓子メーカー各社はVIPなどの生クリームを使った高級チョコレート戦争に移行。すると、生活者の関心はそちらに移ってしまい、自然とスニッカーズやM&M’sは忘れられたブランドになって行きました。

チョコレートはまんまと成功したのに、ビールは失敗。
2つの理由があります。
1つは、メインのユーザー層が違ったことです。チョコレートは高校生やOLを初めとする好奇心の強い層が中心です。新しいものに、話題のものに関心を寄せる傾向があるのは皆さんご存じのとおりです。

ところが、一方のビールは30代が中心です。
30代男性はマーケティングの側面から見ると、最も消費に対する関心が鈍くなる年代です。いろいろなものを試したりする余裕がないのです。
理由は簡単。彼らのエネルギーは仕事や大きな趣味に使われているからです。従って、新しいものを選ぶのに情報を集めるエネルギーを使うくらいなら、今までで気に入った商品を買って、無駄な時間を使わないようにします。
ですから、なかなか新製品に火がつかない層なのですが、一旦気に入ったら他には目移りしない性質を持っています。

そして、もうひとつが切り替えに時間がかかってしまったことです。
ドライ戦争が終結して、他の新製品投入を開始するまで結局3年間もスーパードライの独走体勢が続いてしまったのです。足腰のまだ弱い発売後1年未満の商品ならまだしも、3年間も放りっぱなしで、しかもグングン売上が伸びているスーパードライが相手です。小手先の戦略で太刀打ちできるはずがありません。

第2期:自分が勝ったのと同じ手でキリンにやられたアサヒ
 一番搾りのヒット - 1988年 & 1990年

一番搾りスーパードライ対抗ブランドの全滅後、各社、特にキリンは体制を大幅に変更します。
多ブランド戦略です。

1988年に「ラガー」「ファインピルスナー」「モルトドライ」「クール」「ファインドラフト」の6ブランドを一気に市場に送り込みました。
それまで、実質「キリンビール」1本で商売をしていたようなキリンです。そこに一気に6ブランドも初年度に投入。

キリンは規模こそ1兆円の売上を誇る大企業ですが、そう簡単にブランド戦略ができるはずもありません。蓄積ノウハウは紙のように薄いものです。うまくいく方が珍しい。もちろん、初陣は全滅。

あくまでもウワサですが、当時のキリンはJT(日本たばこ)を随分と研究したようです。「キリンがマーケティングで参考にできる企業は、日本中でJTくらいしかない」と言い放ったのは、プライドの高いキリンらしい発言ですが、当たらずともいえども遠からずでしょう。

ところが、底力のあるキリンです。数々の失敗の後、ようやく金脈を掘り当てました。

1990年発売の「一番搾り」です。

キリンにとって幸運でした。
当時のアサヒは生産体制も追いつき、ようやく、通常の企業活動ができるまで落ち着いたのですが、広告をそれまでの「落合信彦の『挑戦』」路線から大きく外れ、加瀬大周を使ったタレント広告にシフトしていたのです。どこにでもあるようなイメージ広告です。

せっかく「コク、キレ」の規格訴求でキリンからシェアを奪い取ったのに、早々とイメージ広告をやってしまったおかげで、一番搾りの「規格」、つまり「一番麦汁だけで作った」に負けてしまったという訳です。
何のことはない。アサヒは自分の成功要因がわかっておらず、同じ手で自分がやられてしまっただけなのでした。

さて、この間、ラガーはどうなっていたのでしょうか。
キリンはキリンでせっかく一番搾りのヒットで一息ついたのに、ラガーは低迷を続けます。そして「ラガーのような大きなブランドはいろんな顔があって良い」の有名なキリンの発言をベースに、広告を若者向けにシフトしたり、中年男性に戻したりとフラフラあっちつかず、こっちつかずの戦略を展開していました。

【詳しくはこちらの記事「キリン凋落 – ブランドの意味性の拡散による悲劇」】

ちなみに、この発言がなぜピント外れか。
ここでは、記事の趣旨が違いますので細かくは説明しませんが、結論だけ言っておきます。どんな、大きなブランドだろうが企業だろうが、残像がぼけてしまっては、足腰は弱くなるだけです。叩かれ弱くなります。

例えば、おそらく日本で過去最大のブランドはマイルドセブンでしょう。最盛期のマイルドセブンの売上は1兆5千億円。当時のキリンの総売上よりも多いのです。が、マイルドセブンの広告は青い空に白い山と飛行機雲を20年近く続けているのです。マールボロは「カウボーイ」、コカコーラは「さわやか」等々、日本一、世界一の売上を誇るブランドはすべて「単一イメージ」です。「いろんな顔」等、持っていません。

キリンがラガーを持て余している隙に、タレント広告で失敗したスーパードライは大きな被害を受けることはありませんでした。
アサヒは実にラッキーです。もし相手がサントリーのウィスキー部門のような目端の効いた競合企業なら、タレント広告でもたついているチャンスは逃さずに、一気に弱いところをつかれたでしょう。

もたついたアサヒ

さて、幸運にもラガーには攻勢を受けなかったアサヒですが、一番搾りのヒット、モルツなど他社の話題性のある商品の活躍、下手にイメージ広告に変更してしまった結果、一時期売上が伸び悩みます。

いや、正確に言うと全国での売上は微増だったのですが、首都圏を初めとした大都市部では苦戦。地方都市で伸びるという極めて危ない状態だったのです。
首都圏は全国の羅針盤のような役目を果たします。こういった傾向の商品は大抵の場合先細りになるのがお約束です。生活者が飽き始めたり、その隙をついて新製品が台頭するからです。

特に、この頃のスーパードライは非常に不安定な位置づけでした。
かつての勢いがないとはいえ、ラガーが前に立ちふさがり、後ろには一番搾りが2位の座を虎視眈々と狙っている。「2位じり貧の法則」がランチェスター理論にありますが、正にそんな状態だったのです。
また、アサヒはサッポロを抜いて2位になったとはいえ、単品ブランドだけでの勝負は心臓に悪いのは確かです。「もし、スーパードライがこけたら、アサヒ全社がこける」からです。

大ヒットの最中は攻めるのは気分的にも楽です。が、かつての勢いがなくなると、不安は二乗比で増大します。
アサヒは2つ目の柱となるブランドを作らなければなりません。

実は、スーパードライのヒットの2年後から、体制が整ったアサヒは新製品を投入し始めていました。スーパー・イーストを皮切りに、「今年、アサヒ、動く」という素晴らしい発売前広告で話題になったZ、ワイルドビート等、毎年意欲的な動きを見せたのです。
所詮、マーケティングに関しては経験が浅いアサヒです。次々に失敗。
皆さんご存じのように1999年の今でも第2ブランドが育っていません。

第3期:アサヒ、勢い、再び - 1996年

ドライ缶4年前からアサヒは再び勢いを盛り返します。

第一の理由はイメージ広告から再び「挑戦」をコンセプトにした元気のある広告に変更したこと。そして、その勢いをかって現在のシリーズである「No.1」「すべてはお客様のうまいのために」等の規格訴求に戻したことです。

ここでもアサヒは実にラッキーでした。
前に触れたように、一旦首都圏で元気のなくなったブランドを盛り返すのは至難の技です。電車でちょっと席を離れた隙に他の客が座ってしまうように、大抵の市場では下位ブランドが上位を狙っているからです。
ところがビール業界では一番搾りの人気が落ち着き、他社の新製品も成功しないまま新製品効果が薄れ、市場成長が落ち着いてきたという平穏な環境になってしまっていたのです。

もし、他社が気の効いたブランドを作っていれば、あるいは、既存のブランドの位置づけを変更していれば、今のスーパードライはなかったでしょう。
しかし、各社から出て多少なりともヒットしたのは、ビール職人、サッポロ黒生、エビスビール、モルツ等、小粒なブランドです。また、外国ビールもバドワイザーが、商品ではなくキャンペーン・ガールのコスチュームがヒットした程度でした。

その中でも、一見、一番搾りがスーパードライをおびやかす存在に見えましたが、後述するように一番搾りはビールの王道を行く器ではありません。市場シェア12%程度で今でも止まっています。

「前門の虎」のはずのラガーは、焦りを見せたキリンが矢継ぎ早にイメージを変える悪い癖が直らず、自滅していきます。
大胆な言い方をすれば、スーパードライは自力で売上を伸ばしたと言うより、ラガーの自滅によってシェアを縮めた訳です。

心理戦としてのアサヒラガー

この時期、ちょっとシビアな企業ならラガーの息の根を止めたことでしょう。「アサヒラガー」。今となっては遅過ぎますが。

弱気になっているメーカーにとって最も嫌なのは、上位メーカーから自分のブランドの類似対抗商品を出されることです。ただでさえ低迷して市場シェアが少なくなっているのに、多少とはいえ競合ブランドに市場シェアを取られる。

シビアな言い方をすれば相手企業にとっては自社ブランドの市場シェアを削るだけの役目でもいいわけです。その商品がヒットする必要はありません。
というのも、その対抗ブランドが3%のシェアを直接取れば、自社と相手企業の差はその2倍の6%も広がるからです。下位いじめ戦略です。日本ではかつてのサントリーが、アメリカでは「マーケティングの神様」と言われるP&Gが得意とする戦略です。

マーケティングは企業間の心理戦という側面も持っています。
弱気な企業は弱気な手しか打てません。相手の戦意を失わせ「どうせあそこには勝てない」というイメージを作ってしまえば、大胆な戦略も商品開発も企業内部で潰し合ってくれます。競合企業は何もせず座っているだけでいいのです。

「何とかしなければ」ともがいている間は、幸運にぶちあたる可能性が出てきてしまいます。一番搾りはそんな状況から生まれたものです。
頼みの一番搾りも成長が止まり、ラガーの売上は下がり続け、新製品もヒットしない。焦りと混乱が渦巻いているキリンです。アサヒにとってこんな時こそシェアを一気に縮めるチャンスのはずでした。
しかし、キリンを追いつめたと言うより、相手が自滅したために幸運が転がり込んだだけのアサヒにとって、そういう発想はなかったようです。

第4期:キリン淡麗<生>の誕生 - 1998年

淡麗アサヒにとって、次の一手が打てないまま、無為に時間が過ぎていきます。

その時、サッポロとサントリーから新たな動きが生まれました。ご存じ発泡酒です。「スーパーホップス」と「ドラフティー」。

税金が安いので価格が安い、というだけでビールと同じような味です。

これがヒット。

キリンとアサヒの1、2位メーカーの動きが注目されましたが、とうとうキリンは1998年2月に淡麗<生>を市場に投入。ご存じの大ヒットです。
今や、かつての一番搾りを彷彿とさせるほどの勢いです。

アサヒにとって、せっかくキリンを追い込んで、追いつめて、セールスの現場の士気を根こそぎダウンさせるチャンスだったのに、キリンは息を吹き返し始めまてしまいました。

実は、これはアサヒのせいでもあります。
ちょっと説明しましょう。
商品には本質に見合った広告やイメージがあります。
例えば、化粧品はあくまでも「女性のイメージ」です。
同じように、ビールのイメージは

●個人ではなくグループ
●疎遠や正式ではなく身近な「仲間」
●しっとり、じっくりではなく、ワイワイ陽気に
●こってりではなく、すっきり

というものです。
もちろん、風呂上がりやバーで1人でといったシチュエーションもありますが、あくまでもビールの代表的なイメージではありません。

イメージという言葉を使いましたが、これは根拠のないものではなく、ビールという商品が持つ

●低アルコール
●発泡
●安価

の規格から持たらされたものです。

さて、そういう観点から見るとスーパードライ以降のそれ以外の新製品の多くは、じっくり、うまさを噛み締めといった路線でした。そう、スーパードライの広告は「ビールそのものの広告」でもあったのです。

前の章で「一番搾りはトップの器ではない」とお話ししたのは、この点が理由です。一番搾りコンセプトはビールではありません。あれはワインの広告とコンセプトです。一番搾りはコンセプトも広告表現も優秀です。でも、それは「差別化ブランドとして」という条件がつきます。ビールそのものの人間に与える感覚が変わらない以上、主流にはなり得ないのです。

「すべてはお客様のうまいのために」のスーパードライの一連の広告も同じです。
ビールの広告ではないのです。
丁度キリンラガーがもたもたして自滅した隙にスーパードライに先を越されたのと同じように、スーパードライがその特等席からちょっと席を外してしまっていたのです。そこに、淡麗<生>がスポンと入ってしまった。しかも、発泡酒が注目を浴びている、というおまけつきです。

アサヒの打った手、スタイニーボトル - 1998年

スタイニーボトル本来アサヒは守りの戦略として、発泡酒を出すべきです。が、頑なに差別化を守り、スーパードライ・スタイニーを発泡酒対抗として投入。

確かにスタイニーボトルはリサイクルという環境問題に配慮した視点といい、ビンが持つ「うまさ」のイメージと、少量というスーパードライのバリエーションと飲用機会を増やしたことといい、生活者の評価は極めて高い商品です。

これはこれでヒットするでしょう。

でも、アサヒが言うように、発泡酒対策となるかどうかは疑問です。スタイニーボトルの持つ上記の評価を見るとわかりますが、コンセプトにクセがあり過ぎるからです。そして、そのクセは発泡酒とは重ならないからです。
一言でいえば、生活者は環境問題や小ビンの飲みやすさが理由で発泡酒を買っているのではないからです。

もちろん、アサヒがスタイニーボトルを対抗商品だと位置づけている理由が低価格であることは知っています。が、それはあくまでも「1本当たり」の価格が近い、というだけであって、1リットルあたりの価格が同じではありません。スタイニーボトルの単位容量当りの価格はあくまでもビールのそれです。

生活者は酒屋さんの店頭で、いちいち容量当りの価格を計算して発泡酒を買っているわけではありません。しかし、ビールへの支出がある程度まとまったレギュラーユーザーにとって、金額負担はボディブローのように効いてきます。
しかも、対抗とするからには価格に敏感な層です。その負担は普通の層以上に効いてきます。

「いや、たまに買う客もいるではないか。それだけで充分だ」という議論があるかも知れません。
商品であろうが、商店であろうが、企業であろうが、レギュラーユーザーは70%~80%の売上に貢献してくれます。「たまに買う」客だけを相手にしていたのでは商売は成り立ちません。
つまり、たまにスタイニーボトルを「1本当りの低価格」が理由で買う「発泡酒ユーザー」がベースでは対抗商品にはならないということです。

ただ、スーパードライ本体が品質訴求という「グループではなく一人称」の広告を展開している一方で、スーパードライ本来の「ビールの広告」に早々と切り替えたことは評価に値します。
この2本建ての広告が吉と出るか凶と出るかは生活者のデータを見てみないことにはわかりません。かなり興味のあるテーマです。

【注】この記事の発表から2ケ月後の99年4月から、スーパードライの広告は「ワイワイ路線」に切り替わりました。

これからが楽しみ

トップの経験がないアサヒと2位の経験がないキリン。
マーケティングにはそれぞれに見合った戦略があります。
ビール業界はそれらの成功例と失敗例が短い間に凝縮しています。

トップの戦略が得意な企業が2位以下の戦略に慣れていなくて、うまくいかない事例はキリンの清涼飲料水、サントリーのビールなど豊富に存在しますが、その逆のアサヒのような例を見ることは滅多にない貴重な経験です。

出世欲など微塵もなく一心不乱に仕事をしていた人間が、ふと気がついたら部下を50人も持つ部長に大抜擢されて、慌ててしまう。そんな微笑ましい雰囲気さえ醸し出しているアサヒの今後が実に楽しみな業界なのです。
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