■ミニ大企業、日立の悲劇【日立製作所】

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日立が大幅赤字

日本経済始まって以来の未曽有の不景気だと言われます。あっちでバタッ、こっちでバタッと企業が倒産する音が聞こえてきます。

一方で元気な企業も存在します。ソニー、ホンダ、エプソン等です。

そんな平成不況の中、日立が大幅な赤字を出してしまいました。単独で2,700億円の赤字額。4,000人削減などのリストラ案などを発表しています。

あの9兆円巨艦の赤字です。新聞は大騒ぎ。

「うちがおかしくなったら、(社会的な影響は)山一証券どころではないインパクト」

グループ企業合計で33万人の従業員を抱える同社役員の、一見、責任感のある発言ですが、実は極めて傲慢な、いかにも日立マンらしいニュアンスは、この際無視して話を進めることにします。

朝日新聞 (1998.9.4) によると以下の点が指摘されています。

●半導体部門の64メガDRAMが採算価格を下回ってしまった
●期待のシステムLSIが不振
●半導体部門の赤字は1,200億円。家電部門は20億円
●重電(電力・産業システム部門)の利益が935億円から200億円程度に縮小
●プラントなど大型案件数、住宅着工件数、企業の設備投資などの減少
●内部の意思決定が遅く、せっかくの案件があっても商機を逃すことが多かった。例えば電力部門の受注減は数年前から予測できたのに対応が遅れたのを不況が直撃した。

主に売上比率が大きい重電・情報関連部門の不調が招いた赤字です。
「運が悪い」、「不況のあおりを食らった被害者」日立、という図式が見えそうです。
しかし、マーケティングの視点から今回の日立を眺めてみると、実はもっと根が深いことがわかるのです。

幅の広い商品ラインナップ - クズはいくら集まってもクズ

まず、日立の商品ラインナップを見てみましょう。私達が親しんでいる家電、電子機器だけではなく、プラントや電力施設など実に多岐にわたる商品を扱っています。
正に日立が「総合電機企業」と言われる所以です。
そして、企業規模がでかい。連結で年間売上9兆円、従業員33万人。
「巨艦」と言われる所以です。

これだけ広範囲の商品を扱っていると、巨艦日立は何があっても潰れない、赤字にならないというイメージがあってもおかしくはありません。
実際、日立の役員がコメントしたように、

「総合電機メーカーは、時代ごとに伸びる分野を持っていたが、今は、そういうものが見あたらない」

のです。
うーん。商品ラインナップが広いということには、こういったメリットがあったのかと納得しそうなコメントです。

でも、何か変です。
デジタル・カメラは現在でも急速に市場を拡大しています。
パソコンは今一つ成長がなくなってしまいましたが、周辺機器、とりわけプリンタは元気です。
また、この不況で「一人勝ち」と言われる携帯電話だって元気です。

日立の役員は何を指して「利益を支えるものがない」と言っているのでしょうか?
しかも、上に上げた成長分野には、すべて日立も商品を出しているのです。

えっ?と驚いたあなたは正常な一般消費者です。
デジカメはmpegのカメラを出しているとか、携帯電話はIDO とJ-PHONEに供給している、タイフーンというレーザープリンタを日立作っているよというあなたはマーケティングのプロか「ヲタク」です。

そう、商品ジャンルの広さや企業規模はマーケティング上、大きな意味を持たないのです。
「クズはいくら集まってもクズ」だからです。

デジカメ市場が伸びていても、日立のMP-EG1というデジカメは売れていません。
エプソンが大幅な売上増と利益増を果たしたプリンタ市場でも、日立のタイフーンは全く精彩を欠いています。
そんなものが寄ってたかっても、日立の利益に貢献するわけがありません。
先ほどの日立の役員のコメントは

「大した努力をしない企業にも、利益を与えてくれるような、おいしい商品が、今はない」

と翻訳する必要があります。

もう少し、詳しく見てみましょう。
日立のそれぞれの商品分野の市場シェアを見ると、それが良くわかります。

商品ジャンル 市場シェア 順位
汎用コンピュータ 22.0% 第3位
PCサーバー 8.3% 第5位
電子レンジ 12.1% 第5位
カラーテレビ 8.5%以下 第6位以下
据え置き型ビデオ 10.1%以下 第6位以下
ビデオカメラ 6.7%以下 第5位以下
冷蔵庫 15.5% 第3位
エアコン 9.6% 第5位
洗濯機 19.0% 第2位

【注】出所 : 市場占有率98

そう。どの分野も日立は1位というものを持っていないのです。いや、2位、3位というのも実はほとんど数えるほどで、大半が5位あるいはそれ以下。
デジカメやプリンタでの日立は特殊なケースではありません。日立という企業が持っている性質のようなもの、それが、トップの市場がないということなのです。

「先天性ミニ大企業」のマーケティング戦略ミス

イメージカット2トップがあれば、当然下位が存在します。
下位メーカーというと、三洋電機の例を私は良く使います。

自分の企業体力や企業規模を省みず、競合が品揃えをしているというだけで様々な分野に手を出すが、どれもモノになっていない。そんな企業を私は「ミニ大企業」と呼びます。
三洋電機はその格好の例なのです。

そして、三洋電機は企業規模がそこそこ大きいため、「うちは大企業だから」と鼻高々になります。

日立も企業規模の違いはあれ、構造的には三洋電機とまったく同じです。
実際、企業体力はありますから、「先天性ミニ大企業」と呼ぶ方がふさわしいのかしら。これが日立です。

自分はトップ企業でもないのに鼻が高い。困ったものです。
いや、個人的に「イヤなヤツが多い」と言っているのではありません。私は三洋電機も日立にも恨みはありません。
無用なプライドはマーケティング戦略の判断に支障をきたします。だから、「困ったちゃん」なのです。

日立のマーケティング戦略の判断ミスとは何か。
「総合」や「大企業」という言葉を使うことは、従業員に対するモチベーションになります。社員がプライドを持ちながら仕事をする。素晴らしいことです。また、優秀な学生さんが集まります。これも、ものすごく大事なことです。

ところが、これらの言葉を使うと、マーケティング戦略では「トップ」の戦略を取ることを意味すると誤解されがちです。これでは困ったことが起きるのです。

トップの戦略とは何か。

●「力のゴリ押し」で、流通や広告を大量に流す。
●コンセプトや商品規格は「正面攻撃」で良い。つまり、競合が「早い、安い、うまい」と言えば、こちらも同じ事を言う。
●その代わり、商品はそこそこ平均的な品質のもので良い。いや、むしろ、あまり高品質なものではいけません。

どうしてそれがトップの戦略なのか。
トップ企業なのだから生活者の信頼があります。
流通に対する影響力も強いから、配荷率が高くなります。つまり、どのお店も扱ってくれます。
すると、トップ企業は競合と同じことを言って、同じ商品力なら十分に競合に勝てるのです。

下位企業は「特化」せよ

一方、下位企業はそのままでは勝負になりません。
「側面攻撃」や「ニッチ攻撃」などの差別化を主体とした競合戦略をとらなければなりません。

具体的に言えば、

●そのままでは消費者の信頼がないので、「名前」を頼りにしたビジネスができません。つまり、「三洋電機だからこのアイロンは品質が良いはずだ」という判断でものを買ってくれないのです。
●セールスマン数もトップより少ないので、小売店で扱ってもらうのは難しくなります。
●だから、商品そのものの品質やアイデアで勝負しなければトップ企業に勝てません。
●そのためには、あっちもこっちも手を出すより、オーディオ製品ならオーディオだけ。携帯電子機器ならそれだけに力を入れた方が良いことになります。
だって、社内の技術者の数は限られるし、研究開発費も無限大ではないのですから、あっちに2人、こっちに3人とばらばらに技術者を配置するより、大事なところに4人、5人を担当させたほうが良いに決まっています。

もし、それだけ資源を集中して開発した商品が失敗したらと考えるとゾッとします。実際、そのせいで倒産した企業も少なくありません。
でも、そんなことを怖がっていたら…結局、三洋電機になってしまいます。決して、ソニーやシャープにはなれません。こうなると、「見切り」がどれだけつけられるかが成功と失敗の分かれ目になります。マーケティングというより、経営学に近くなります。

当然、三洋電機ならそこそこの企業体力はありますから、今からでも特化するのは遅くはありません。
また日立は今更ソニーやシャープにはなれないでしょう。でも、その精神は十分に学べます。つまり、トップの商品ジャンルを数多く持てばいいのです。ソニーやシャープという言い方が気に入らないのだったら、電機業界のトヨタを目指せと言い換えても良いでしょう。単なる言葉遊びですが。
でも、それがなかなかできないのです。染み付いてしまった性分というものでしょうか。

かくして、トップ企業は安泰、特化した企業はその分野では安定し、負け組はいつまでも負け組のままという、実に上位の企業に都合が良い図式ができあがります。
この図式は、電機業界だけではありません。
乳製品なら雪印がトップ、小岩井が特化、負け組がその他大勢。
飲料ならコカコーラがトップ、大塚、キリン、伊藤園が特化、カネボウやダイドーが負け組、といった具合です。

生活者は企業を買っているのではない、商品を買っている、という根本の発想 - 下位企業の鉄則

イメージカット3しつこいようですが、もう少し詳しく説明しましょう。日立のケースというのはちょっと誤解が生じやすいのです。

先ほど、私は下位メーカーは生活者の信頼がないから並みの商品力やアイデアではだめだ、と言いました。でも、9兆円の巨艦は金額だけを見れば、下位ではありません。堂々のトップです。

しかし、生活者という視点で見ると、この企業規模は意味をなさなくなります。つまり、ここでいう下位メーカーとは、全体の売上規模ではなく、商品ジャンルごとの話だということなのです。

それは、一体どういうことなのでしょうか。

例えば、生活者は三洋電機の商品の品質がいいとは思っていません。いや、もう少し公平な言い方をすれぱ、魅力のある商品だと思っていません。

例えば、三洋電機のエアコンを買うのは「安い」からだったり、「たまたま行った店に置いてあった」からです。ひどい人になると、「三洋電機の商品を買ったって、恥ずかしくて人に言えない」、とまで言い切ります。
その反応は小企業の船井電機のビデオを買った人と変わりません。
三洋電機は痩せても枯れても船井電機の20倍以上も大きな会社です。
でも、市場での生活者の評価は…似たり寄ったりです。

変ですよね。
もし、企業規模が大きいことが商品の魅力を押し上げるのなら、三洋電機のビデオは船井電機のビデオの20倍以上も魅力がなければなりません。でも、現実は違います。

実は、三洋電機、そんなにバカにした会社ではないのです。技術力は結構しっかりしています。
例えば、デジカメ。
現在、百花繚乱という感じのデジカメ市場。様々な企業から3ケ月ごとに新製品が投入されています。そして、「売れ筋」と言われる商品も次々に変化します。

例えば、デジカメのブームを作ったカシオは、一時期70%のシェアを占めていました。でも、現在は見る影もありません。現在の売れ筋は富士のFinePixです。が、その勢いはいつまで続くやら。それだけ、浮き沈みの激しい業界です。その中でも、オリンパスのCAMEDIAシリーズやエプソンのCPシリーズは、いつでも堅実にその高い画質と色の再現性の良さが評価され、着実な売上と一定のファンを獲得しています。売上トップという時期もありました。

さて、実はこの2機種、三洋電機のOEMなのです。
三洋電機は知る人ぞ知るデジカメの雄です。
業界人と一部の「ヲタク」はそれを知っています。だから、デジカメに関して言えば、業界人と「ヲタク」は三洋電機のデジカメも候補に上げることが多くなります。

しかし、だからといって、それは三洋電機の技術力であって、決して企業規模が大きいからではないことに注目する必要があります。
その証拠に、三洋電機の高い技術力を知らない一般消費者が大半を占めるデジカメ市場では、自社ブランド「マルチーズ」は売れません。中身が同じなのに、この差です。

もう一度言います。企業規模が大きいだけで生活者がその商品を「良い」と判断するなら、もっと三洋電機の商品の価値を認めても良いはずです。でもそうなっていないのです。

日立も三洋電機と同じ事が言えます。
例えばザウルスを初めとして、ウィンドウズCE機など、現在の携帯情報機器のほとんどが、日立のCPUを使っています。実際、演算スピードと省電力にかけては、日立のCPUに勝るものはありません。
でも、三洋電機と同じく、その高い評価は技術力であって、企業規模ではないのです。

一般大衆は、もっと悲惨です。
日立のエアコンを好んで買う人は多くありません。TVもビデオもしかり。

企業規模や従業員数がその企業の商品価値を決めるのなら、ソニーの数倍以上もの人気があっても良いはずです。しかし、現実は日立より企業としての信頼度や安心感は企業規模が数分の1しかないソニーのほうが、圧倒的に人気があるし信頼性も高いのです。

また、小売店も同じです。小売店の売場は「商品を置くところ」です。幾ら、日立が9兆円の売上があっても、MP-EG1というデジカメの売上が年間で10万円しかないのなら、小売店は MP-EG1を置くスペースをコニカやコダックのデジカメに割くでしょう。

そう。
こう書いていくと、日立は企業の絶対規模が三洋電機より大きいために一見気がつきにくいが、

「クズはいくら集まってもクズ」
「余計な脂肪ばかりで膨らんだ肥満体質」
「ミニ大企業」

という指摘が皆当てはまるのです。そして、それが正に日立と言う企業なのです。

日立に「学習能力」という冠がつくか

ここで上げた「生活者」が関係する家電部門は日立総売上のたった9%しか占めていません。でも、日立という企業の本質は同じです。そして、読者諸兄が日立から学べることも同じです。

こんな脆弱な基盤の企業が今まで黒字を出していたのは、日本経済が甘かったからです。バブルの時代は「売れてからでなくては原価がわからない」極めてずさんな経営の住宅会社でも、利益が上がっていました。そんな中、日立が黒字を出すのは当たり前です

しかし、日立のような「ミニ大企業」は、いざ今回のような不況になると、そのモロさを露呈します。
赤字になるのは当然なのです。まったく驚くに値しない例です。

東芝が次々に採算の取れない商品カテゴリーを本体から切り離しています。意図的に、あるいは偶然に、基本に立ち返ろうとしています。
日立よりマシな戦略構造がある東芝は、商品ジャンルでも例えばアメリカでのノートパソコン市場で、1位といった「得意分野」も持っています。
その東芝は対前年比60%減というものの、150億円の黒字見通しです。

日立は今後どうするのか。
今回の平成不況は、企業戦略を基本に戻す良いきっかけになれば、得るものは大きいでしょう。
それとも、「ミニ大企業」というタイトルに「学習能力のない」という枕詞がつくのでしょうか。

【参考サイト : 日立製作所ホームページ】
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