■ネットブックに虹の彼方が見えるか【ネットブック】

artc20090901今回は表向きはネットブックのお話ですが、本当のテーマは「不況では基本に帰れ」です。
サブテーマは「ビジネス誌の間違いを見抜こう」です。
…あ、これはいつも私が言ってることですね。
ちなみに「虹の彼方へ(Over the Rainbow)」は私が大好きなオズの魔法使いのテーマ曲です。


不景気には「基本ニーズ」のプロジェクト?

「みぞゆう」の不景気です。
自動車、金融、不動産は壊滅状態。
そしてそれらに関連する産業、例えば広告、テレビなどのメディアも散々。
また、不景気や円高、輸出減少ということで、家電、外食も大打撃。
その結果、派遣切りが話題になり、昨年末の日本経済のGDPはマイナス12%と、オイルショック以降最大の下げ幅になってしまいました。

そんな中、ある同業者から、電話がかかってきました。

「森さん、森さん、ちょっと教えて欲しいのだけど」
「ん?なに?中川さん」
「えと、森さんは、コンサルタントとして、90年のバブル崩壊から独立してやってきているんですよね」

確かに、シストラットの設立はバブル崩壊直後です。
だから、友人達とは
「これ以上、悪くことはない状態でのスタートだから、気が楽だよね」
と笑い合っていたものです。
その後、今に至るまで、ITバブルの崩壊などいくつかの「不景気」を経験しています。

「そこで、教えてほしいのだけど、そういう不景気を乗り切ってきた森さんのノウハウってなんなんだろうと思う訳です。
不景気には不景気の対処方法ってあるんでしょ。それを教えて欲しいんです」
「え?」と絶句する私です。
「いや、そんなことを考えたこともないです」続けて言います。
「不景気でも好況期でも、私の対応は変わりません」
「え、そうなんですか」とびっくりする彼。

同業者にいじわるをしている訳ではありません。本音です。

「あ、そういえば」と私。
彼があきらめて電話を切ろうとしたその時、ふと思い当たるフシがあって、話を続けます。

手法やオリジナル理論などは時代によって進化しますが、マーケティングの立ち位置である

「生活者の頭の中を探り、先回りする」

という点はマーケティングを初めてから30年間というもの、ずっと同じです。

でも、クライアントの要求する点は好況期と不況期では異なります。
予算が大きいとか小さいとかの問題ではありません。
質の変化です。

好況期には商品開発のプロジェクトが多くなります。
また、好況期には「感性マーケティング」や「物語マーケティング」といった、感性的なマーケティングへの興味が高まります。
つい最近まで、アマゾンでのマーケティング関連書のトップはそういったものでしたし、90年代のバブル時もまったく同じ傾向でした。

それに反して、不況期は、私が

「基本ニーズ」

と呼んでいる、

「生活者のニーズを、もう一度、原点に戻って、きちんと掴んでいこうよ」

といったプロジェクトが増えてきます。
そして、感性とは逆の理論的なマーケティングが好まれる傾向が強くなります。

それら2つは比率の問題です。
好況期も不況期もどちらかのプロジェクトが100%になることはありません。
だから、シストラットは好況、不況の波をかぶることがないのでしょう。

そんな話を中川さんに伝えました。
すると、ピンと来たようで、嬉しそうに電話を切っていきました。

それからというもの、他の人たちから似たような電話が相次ぎました。
同業者だけでなく、クライアントからも同じような相談が増えてきたのです。

それなら、メルマガの読者にもそういうニーズがあるだろうと書いたのが、今回の記事です。
ただ、コンサルタント側からの視点では身近さに欠けますので、一旦、読者側にテーマを変換します。

「好況、不況でヒットの法則は変わるのか」

ビジネス誌では

「不況だから、こういう商品がヒットした」
「いま、元気な企業に不況下のヒット商品の出し方を学べ」

といったタイトルが並び、あたかも、それらの事例は不況だから成功したイメージを読者に与えてくれます。

ところが、よくよく読んでみると、こじつけだったり、間違った分析を元に記事が書かれたりしています。
ここ数ヶ月こそ、多少マシになったとはいえ、まだまだ「こんな記事を参考にしたのでは、却って失敗しそうだ」といったものも目立ちます。

要するに、先ほど友人に言ったように「基本に則ればいつの時代にもヒットする」が今回、皆さんに伝えたいことなのです。
今の時代を生き抜く参考になればでも、こんなに嬉しいことはありません。

不況ヒットの代名詞、ネットブック?

まずは事例です。
ネットブックのお話です。

ネットブックとは「ミニノートパソコン」とも呼ばれ、約1kgの軽量ノートパソコンです。
かといって、私が使っている東芝ダイナブックSSや、ビジネスマンに人気のレッツノートといった従来の軽量ノートはネットブックとは呼ばれません。
ネットブックの最大の特徴は約5万円という価格の安さだからです。
従来の軽量ノートは20万円以上。

それなら、単に「低価格軽量ノート」といえば良さそうなものですが、なぜ「ネット」という名前が付いているのか。
「ネットとメールくらいしか使えない性能の軽量ノート」だからです。

というのも、ネットブックは元々が「200ドルパソコン」と呼ばれる「発展途上国向けの低価格パソコン計画」が発展した商品だからです。
主に教育に役立ててもらう目的ですから、動画再生よりもネットやメールの方が大切ですし、パソコンのスペックも低くて済む。

発展途上国が市場ですから価格が安いことが一番。
電源が供給されていなかったり不安定なことも考慮して、バッテリー内蔵のノートが最適。OSはライセンス料が必要なWindowsは避けて無料で使えるリナックス。
…といった具合にスペック要件が上げられていました。

それからしばらくして、その「200ドルパソコン」に、WindowsXPを乗せてメモリやSSDを強化した500ドルパソコンを発売したところ、アメリカで大ヒットしてしまったのです。
まもなく、それが日本にやってきて、またまた大ヒットしたというわけです。

このネットブック、昨年から今年にかけて売れに売れました。
イーモバイルが「100円パソコン」と称して、加入を条件にネットブックを100円で売ったせいもあり、一時期はパソコンの出荷台数の4割も占めたほどです(ちなみに、彼らは100円でパソコンを売った訳ではありません。月々の回線使用料にしっかりとネットブックの代金が分割して含まれています)。

ネットブックを最初に発売したのは台湾の部品メーカーASUS。次に台湾パソコンメーカーのエイサー。
しばらく日本のメーカーは様子見を決め込んでいました。
何せ、20万円のパソコンを揃えているのですから、わざわざ5万円の安いノートパソコンを発売して自分の首を絞めることはないからです。

ところが、あれよあれよという間にネットブックが売れてしまったから、さあ大変。
東芝を皮切りに、NEC、ソニー、富士通、シャープも仕方なく参入。
主要メーカーでは唯一パナソニックだけが静観を決め込んでいます。

ところで、現在のネットブックに欠かせないのがWindowsXPです。
リナックスでは手持ちのソフトが流用できませんし、VISTAでは重すぎるので使いにくくなる。
ネットブックがここまで普及したのは、安くて低電圧、かつそこそこの性能のインテル新CPU、atomシリーズの登場もさることながら、マイクロソフトがネットブック向けにWindowsXPを安く供給したのが大きな要因です。

VISTAの売上げがまったく伸びず、普及率20%程度にしかなっていなかったこともあり、次のWindows7が出る前になんとか売上げを確保したかったのでしょう。
XPは減価償却が終わっていますから、売上げは丸々利益になる。
ただし、メーカーが通常より安い価格でXPを仕入れるためには、ネットブックのスペックに様々な制約が課せられます。

液晶のサイズやメモリの上限など、事細かに決められています。
ネットブックが各社似たようなスペックなのはすべて、このせいです。
ソニーVAIO TypePはジーンズの尻ポケットに入るサイズで人気が出ましたが、OSはVISTAです。
TypePのスペックがマイクロソフトの制約に従っていなかったので、XPは使えなかったのが理由です。
その分、価格も高く、5万円程度のネットブックの倍近い10万円前後します。
その後、しばらくしてTypePのXP版が発売されました。
マイクロソフトとの交渉がうまくいったのでしょう。

さて、このネットブック、ビジネス雑誌ではユニクロや餃子の王将とともに、「不況での成功例」のひとつとして、頻繁に上げられています。

ビジネス誌の表紙には
「好況企業に学ぶ、不況下の戦略」
といったタイトルがあり、事例としてネットブックが上げられるのです。

ある有名なビジネス誌で
「不況では、引き算の価値を訴えろ」
という特集がありました。

ここでもネットブックが登場。
「あれもこれもできます、ではなくて、これしかできない。
その代わり、その分安いから従来の商品の代わりに購入される」
商品が不況でヒットする、といった内容です。

ご丁寧に家庭支出が落ちているグラフまで載せて、いかにも
「ほらね、一般家庭の購買力が下がっているのだから、パソコンだって安くないと買ってくれないのよ」
といいたげです。

確かに、高価格帯のパソコンの売上げは落ちる一方、ひとりネットブックだけは気を吐いていますから、そう言いたくなるのも理解できます。

「不況下での成功」への2つの疑問

しかし、その記事に限らず、ネットブックが「不況下の成功例」とするには、私にはどうにも違和感がありました。

なぜか。
2つの疑問が沸くからです。
ちょっと説明します。

「安いから(安いという理由だけで)買う」という行動はフォロワー(一般大衆)の特徴です。
人口で約60~70%も占めるグループですから、彼らが動けばヒットするのは当然です。

しかし、安いだけなら、中古品もあればショップブランド(パソコンのパーツショップが独自に組み立てたパソコン)もあります。
ショップブランドのノートパソコンなら、新品で3万円台のものもあります。ネットブックより重くて大きいけれど性能は格段にいいし、画面も大きいから使い勝手もいい。

なのに、ネットブックだけが大ヒットしている。
おかしいではありませんか。

あ、そういえば…
一般大衆は初心者や中級者ですから、中古やショップブランドの存在を知らない可能性も高い。だから、それらのパソコンは、そもそも彼らの選択肢に入っていないのか。
ううむ・・自爆してしまいました(笑)

ならば、次の疑問です。
ASUSもエイサーもイノベーター(上級者)にはなじみのある会社です。
特に、ASUSはマザーボードでトップシェア。上級者の代表格である自作ユーザーにとってみれば「パーツ界のソニー、松下」のようなビッグネームです。

しかし、初心者・中級者にとって両社とも「どこの馬の骨かわからないメーカー」です。加えて、彼らは「聞いたこともないメーカー」を敬遠する傾向があります。
ドスパラ、マウスコンピュータ、フロンティアなどなど、いくら安くて性能が良くても、ソニーや東芝、NECを選んでしまう。
マイナーメーカーはアドバイス窓口などのアフターケアがないのも初心者が敬遠する理由ですが。

デジタル携帯プレーヤーでは、アップルやソニーが売れて、価格が安いクリエイティブ・ゼンやアイリバーが売れないように、ネットブックがいくら安くても、5万円もするASUSやエイサーのパソコンを初心者は買いません。

一般大衆がネットブックを買ったと仮定すると、私の2つの疑問は1勝1敗です。

ここで、翻ってネットブックを買ったのが一般大衆ではなく、「ヒット商品を最初に買う人たち」イノベーターだと仮定するとどうなるか。

彼らは中古屋もショップブランドの安い価格ノートパソコンの存在も知ってはいますが、「彼らのニーズに合った」ものではないから、買わなかっただけ。
おっ、1勝しました。
ちょっと無理矢理ですが…とりあえず話を進めます。

2番目の疑問の対決です。
彼らは有名なメーカーかどうかなど関係ありません。
スペックを読む能力があるので、メーカーに惑わされずに自分に合った商品を判断できます。

…ここでも1勝。

一般大衆がネットブックをヒットさせた立役者と仮定すれば、1勝1敗ですが、イノベーターなら2勝0敗で、つじつまが合います。

ただ、イノベーターがヒットさせたのであれば、更に2つの疑問がわきます。
ひとつは「彼らのニーズとは何だったのか」。
先ほどは無理矢理言い切ってしまいましたが、「安い」だけが理由でなかったのなら、ネットブックの何が魅力だったのか、です。

もうひとつは、イノベーターはたかだか12%程度の人口しかいないのに、あれだけ話題になるくらいの大ヒット、出荷台数シェア40%も支えるチカラがあったのか。

最初の疑問を考えてみます。
新聞や雑誌では「安いパソコン」としか紹介されていないので、見逃してしまいますが、ネットブックは「小さくて軽い」のです。

ショップブランドや通販の安いノートパソコンは液晶画面が15インチ、ネットブックはたかだか10インチ。面積で約半分の大きさ。
液晶は広い方が使い勝手がいいのですが、同時に筐体が大きくなり、重くなってしまいます。
事実、ネットブックの大半は1kg前後。ショップブランドのノートパソコンは2kg以上の重量級です。

自宅の机で使うのなら重さは問題ありませんが、こと外出時に持ち歩こうモノなら2kgは相当な負担です。

ネットブックの名前の由来は「ネットしかできません」だけでなく、「いつでもどこでもネットができます」という意味もあります。
公園でも駅でも、レストランやクルマの中でもネットやメールができるのがネットブック。
イノベーターには「外に持ち歩ける2台目3台目のパソコンが欲しい」というニーズがあったのでした。

今までも軽量ノートパソコンはありました。
いま、私が山の手線の車内で、この原稿を書いているのも東芝ダイナブックSSというノートパソコンで重さ1.1kgです。

ところが、4~5年前のこのパソコンは当時でも25万円。
スペックが上がった現在でも、同じくらいの価格です。

私は、メルマガや簡単な表計算、そしてプレゼン時に液晶プロジェクタに接続するくらいにしか使っていません。
ウィンドウズXPのシステムを含めて、たったの7GBしかディスクを使っていないくらい軽い作業です。

セカンドノートを外出時に使うなら、多少性能が低くたって問題ありません。
同じ使い方をするだけなら、25万円が5万円で済んでしまうことになる。
性能がネットブックより良い3万円ノートでは、重くて大き過ぎるので検討対象になりません。

これがなぜイノベーターと結びつくのか。
一般大衆はとかく「ひとつの商品で全部済まそう」とし、イノベーターは「それぞれの商品を使い分ける」傾向があります。

「使い分ける」ということは、それぞれの商品の長所と短所が理解できていないといけない訳ですから、初心者には無理な話です。

「使いたい、使える機能だけ割り切って使えれば、それでいい」ということですから、「ネットを屋外を含めて、いつでもどこでも好きなときに使うけれど、性能はそんなに高くなくてもいい」という発想は、上級者の特徴なのです。

たった12%のイノベーターが40%のシェアの原因となるか

次の疑問はどうか。
たかだか12%程度の人口しかいないイノベーターが出荷台数の40%のシェアを占めるほどのチカラがあるのか。

パソコンにおいて出荷台数40%というラインは特別な意味を持ちます。
このラインを越すと、「大ヒット」として一般雑誌や新聞にも書き立てられ、初心者にも知れ渡るからです。

古くは初代iMac、ソニーVAIOの初期モデルがそうでした。
最近では見かけなくなったと思ったら、ネットブックが登場。
40%のシェアなら一般誌で騒がれるはずです。

話を本筋に戻します。
12%のイノベーター人口と一時期40%の出荷シェア。
この数字にはマジックがあります。
並べれば4倍の差がありますが、ベースがまったく違うので直接は比較できないのです。

「出荷台数」は「設置台数」ではないからです。
出荷台数は「その月や年に売れた台数」で、設置台数は「各家庭や個人が持っている台数」です。

パソコンはお菓子や飲料と違い、買ってすぐになくなるわけではありません。
数年使って、壊れたり性能が悪くなったら買い換える。
冷蔵庫やエアコンのような買い方をされます。

平均で6年に1回、買い換えたり買い増したりするとすれば、出荷台数はパソコン所有人口の1/6、約17%にしかなりません。「その17%のうちの40%のシェア」を取ればいいのですから、結局7%のパソコン所有者がネットブックを買えばいい計算です。

これは「年間」の数字ですから、1ヶ月に直すと12分の1、つまりたった0.6%のパソコンユーザーがその1ヶ月に集中してネットブックを買えば、「出荷台数が一時期40%を越える」現象になる計算です。

12%のイノベーターの20人にひとりが動けばいいのですから、十分「ヒットさせるチカラがある」のです。

ネットブックは年間では25%のシェアを占めましたから、同様の計算で約4%の人たちがパソコンを買ったことなります。
これはイノベーターの1/3が買えば、到達してしまう数字です。

今回は分かりやすいように、全部家庭用で、かつネットブックを買った人のすべてがイノベーターと仮定して計算しました。
しかし、パソコンの約半分は業務用です。
また、ネットブックは初心者が間違えて買ってしまったり、イノベーターと一般大衆の中間であるアーリーアダプタも初期に買うことも多いので、実際の数字はもっと下がります。

大雑把に言えば、イノベーターの30人に一人が動けば「出荷台数が一時期(1ヶ月で)40%を越える」し、1/5程度が買うだけで「年間25%のシェア」になってしまう。

「少数だけど、『一気に動けば大ヒットに繋がる』」現象は、メガマックの時にも見られました。
メガマックがヒットした時、テレビや雑誌はこぞって、
「メタボの時代なのにメガマックが売れたのは、メタボに我慢できなくなった人たちの反動だろう」
こんなコメントを出したモノです。

大きな間違いです。
メガマックを買った人たちの多くは、もともとメタボなんて気にしていない人たちです。彼らはお腹一杯に食べれば幸せという「普通の人たち」です。
大盛りのカップラーメンや特盛り牛丼を注文する人たちも入っています。

そういう「メタボ関係ない」人たちは、少なく見積もって人口の20%は存在します。
いままで彼らは、そういった各社の「大盛り」に分散していたので、大きな社会現象にはなりませんでした。
しかし、大手のハンバーガー・チェーンでは大盛りに相当するものがなかったので、発売された時に「一気に集まってしまった」だけ、です。

さて、ネットブックはイノベーターが中心となってヒットしたという仮説が成り立ちました。そして、「安いという理由だけで買われた」のではなさそうだということもわかりました。

実際のところはどうなのか。
実は、昨年末時点までのネットブック購入者のうち、自分を上級者だと思っている人の割合が約8割。そのうちの3割がプログラミングまでできる人たちだったのでした。
バリバリの上級者、つまりイノベーターではありませんか。

そうなると、くだんのビジネス誌が言う
「一般大衆が安いからネットブック買った」
は大きな間違いであることがわかります。

そのビジネス誌は私も時々買っているので、名誉のために付け加えておきましょう。
この雑誌だけでなく、他のビジネス誌も似たようなモノです。いや、この雑誌はましなほうです。
先ほど書いたように、一気に景気が悪化し、緊急的に組んだ特集だったので、やっつけ仕事になってしまったのでしょう。

もうひとつの理由があります。
メディアは読者へのインパクトと記事コンセプトを分かりやすくするために、一点に焦点を絞る傾向があります。
電車の中吊り広告や表紙のタイトルで売れ行きが大きく変わるので、商売を考えると仕方がないところがあります。

同時に、購読者であるビジネスマンも社内ではひとつの原因や結果を得ようとするクセがあります。
ある商品が売れない原因が「価格だ」という一派と「デザインだ」という一派が対立するなんて光景は日常茶飯事です。
大抵の場合、両方の要因が原因であることもよくあることです。ただ、その比率が6対4だったり、5対5だったりするだけです。

出版社側の商売の事情、購読者側の思考の偏り。
このふたつがガップリ組み合わさると、「原因の単純化」に行き着いてしまうのです。

ネットブックは不況でなくても売れた

さてと、ここで終わってしまっては面白くありません。
「メディアの分析を鵜呑みにしないこと」は今回の記事の主旨のひとつですが、そもそもが「不況時には基本に返る」がテーマですから、「ネットブックの基本とは何か」を見ないことには始まりません。

これまでも見たように、ネットブックが売れた要因は

●イノベーターの
●小さくて軽いパソコンのニーズに
●安い価格で応えた

からです。

そのままでは、雑誌によくある
「引き算の価値を訴えろ」
みたいな結論しか出てきません。

それはそれで大事な結論です。
私は「付加価値」に対して「減産価値」と呼んでいます。
価値を加えるのではなく、価値を差し引く発想です。

ただ、減産価値はいつでも成功する訳ではありません。
ビジネス誌の論調だと「不況に効く」と捉えられがちですが、それはそれで間違いです。

「減産価値」の商品はある条件が整っていないとヒットには繋がらないのです。
逆に言えば、不況であってもそれらの条件が整っていないと「減産価値」はヒットにならない。

紙面が限られているので、結論から言ってしまいましょう。

その条件とは次の2つです。

●(パソコンの)普及率が70%を越えていたこと
●イノベーターに向けて第一のニーズ(性能が良いこと)を外して、第二、第三のニーズに特化したこと

代表例はiPodです。
ウォークマンを代表とする携帯音楽プレーヤーは2002年当時、すでに70%以上の人たちが持っていました。
iPodは第一のニーズである「音質が良い」はそこそこに押さえて、隠れたニーズである「CDを入れ替えるのが面倒」ニーズを中心に商品を開発したのでした。

古くは、写ルンですのレンズ付きフィルムも好例です。
カメラの第一ニーズは「綺麗に撮れる」ですが、それを捨てて第二、第三のニーズである「撮ったら捨てる、究極のコンパクトさ」を実現したモノです。

これらのヒットは不況時だった訳ではありません。
この2つの条件が整いさえすれば、どんな時代にもヒットは産まれるのです。

なぜそうなるのか。
ちょっと説明しましょう。
一般的に、商品が普及していく最中、人々は
「高機能」
を求めます。

「あれもこれも『使うかも知れない』」
とばかり、家電量販店のセールストークに乗っかって、その気になる。
その結果、ボタンがたくさんついたAV機器が飛ぶように売れます。

良い言い方をすれば、
「客は『夢を買っている』」
のです。

しかし、数回商品を買い換えると、そんな「夢」は幻想でしかないことに気が付きます。冷静に考えてみると、使わないボタンがたくさんあるからです。
また、経験者ほど「自分がやりたいことがはっきりしてくる」
豊富な経験を持つイノベーターは機能が絞られていても躊躇なく「減産価値商品」を買っていくという訳です。

かつてビデオデッキが家庭の70%に普及すると、次に売れたのはボタンが3つしかない
「ソニー極楽ビデオ」
でした。
また、家庭用ゲーム機も
「PS2やPS3のような『高機能』ゲーム機」
ではなく、シンプルな任天堂DSが売れる。
(この場合は所有ではなく、ゲームで遊んだ経験を普及率とします)

逆に言えば、2つの条件が整っていない産業で「減産価値商品」を出したところで失敗するだけです。
日本では「成熟産業」が多いのは救いでしょう。
条件のひとつ、「普及率70%以上であること」が整っている産業が多いので、「減産価値商品が(偶然に)うまくいく可能性が高い」からです。

ユニクロは高い

ネットブックから離れて、もうひとつ、別な例を上げましょう。
今度は単純なケースです。

ユニクロです。
当時1万円したフリースを1,980円で発売し大ヒットを飛ばしたために、長らくユニクロのイメージは「安モノ」でした。
今でも、そんなイメージを持っている人もかなり多く、ビジネス誌でも
「ユニクロがこんなに好調なのは、安いから」
といった論調が目立ちます。

ましてや、H&Mやフォーエバー21といった「安いカジュアル衣料品」が日本に上陸しただけに、ファストフード(お手軽軽食)ならぬ「ファストファッション(手頃な価格のカジュアル衣料)」などとひとくくりにされる始末。

この不況時でさえ同社の過去最高売上げと最高収益を上げているのだから、
「ほら、安いからだ」
と考え無しにビジネス誌に紹介される。

最近でこそ、ようやく「安いだけではないユニクロの秘密」のような主旨の記事が増えましたが、まだまだです。

ユニクロ躍進の原因はヒートテックとブラカップ付きのキャミソールが大ヒットしたからです。
特に、ヒートテックは年間販売数量が2,800万枚と対前年比40%増加。
ユニクロのこれまでの記録がフリースの2,600万枚ですから、とんでもない大ヒットです。

しかし、実のところヒートテックは決して安くはありません。
ユニクロのイメージを一度外して考えてみてください。
スーパーに行けば普通の肌着で2枚や3枚で1,000円なんてのはザラにあるではありませんか。
つまり1枚330円~500円。
一方のヒートテックは1枚1,000円。
安い肌着の2~3倍の価格です。
どうみても「安く」はありません。

この時点で、雑誌記事は間違いであることが判明します。

高いのに何故売れるのか。
暖かいからです。
3枚1,000円なんて肌着とは比べものにならないくらい暖かいからです。

ヒートテックが安いと言えるケースがひとつだけあります。
それは登山やマリンスポーツ用の防寒下着と比較した場合です。
ミズノなどから販売されているそれらの下着はスポーツウェアとして本格的です。
冷たい海中でも暖かい下着は、ヒートテックより数段も質が上です。

サーフィンが趣味のシストラットの加藤くん曰く、ヒートテックではさすがに海水の冷たさを防ぎきれないといいます。

ただ、その分、価格は張ります。
1万円以上は当たり前。
「高品質、高価格」の代表です。

そんな本格スポーツウェアと比較した時だけ「ヒートテックは安い」と言えます。

しかし、それらのスポーツ用下着の存在を知っている人がどれだけいるのでしょうか。
しかも価格まで分かっている人はほんの一握り。
「知らなければないのと同じ」はマーケティングの原則です。
ヒートテックを買う一般の主婦やビジネスマンにとって、スポーツウェアの保温下着は「ないのと同じ」です。
だから、ヒートテックの購入者たちは「安いから買っている」意識はありません。

ヒートテックの売れた理由を一般化して表現すると、

「(本当は存在していたのだけど、誰も知らなかったから)今までにない『機能』の商品を(既存商品を改良して)作ったから」です。

ね、これなら好況、不況に関係ないでしょ。

過去にも、エバラ浅漬けの素やiPodがそうでした。
前者は東北の地場企業が販売していたものですし、iPod以前にもデジタル携帯プレーヤーは存在していました。

ちなみに、この法則は新製品だけに当てはまるものではありません。
実際、ヒートテックは昨年にブレイクしたものの、すでに数年前から販売されていた商品です。
不況下では企業は新製品よりも、既存商品を大事に育てようとする傾向があります。
そんなときにも使える法則ですが、マーケティングでは当たり前のことですよね。
だから「基本に戻る」ことが大切なのです。

ちなみに、「ユニクロは安いから好調」というのであれば、ユニクロより安い衣料品、例えばファッションセンターしまむらは好調なのか。
今年2月の衣料品専門店の販売実績データが手元にあります。
ユニクロは対前年比で8.1%増。既存店で4.2%増です。
一方のしまむらは対前年比でマイナス5.6%。既存店でマイナス9.2%です。

スーツの青山やAOKIも対前年比でマイナス4%と6%。
安い子供服の西松屋チェーンは全体でこそ2.4%増ですが、既存店ではマイナス4.8%。
店数を増やしているから好調に見えるだけです。
靴ですが、この不況下でも好調だと言われてインタビューにも頻繁に登場しているABCマートも同じ構造です。

スーパーの衣料品分野ではマイナス14%でしたから、専門店は健闘しているとはいえ、安さだけでは売上げ回復にはならないことは明白です。

【注】もともと前年がうるう年で、今年の2月は1日少ないため、対前年比では3%程度低くなっても前年並みです。
しかし、これまで見てきた例は全てそれ以上のマイナスですから、既存売上げが低いことには変わりません。

迷ったら原点に戻れ

こうやってみると、ヒット商品にはヒットする理由がちゃんとあります。
「巣ごもり現象」に起因する「うちで作るごはん」や「リビングで見るレンタルDVD」のような「不況期特有」のヒットもあります。
しかし、ヒット商品の多くは関係ありません。

もう一度言います。
「迷ったら原点に戻れ」
これはマーケティングのみならず、警察でも教育でも、そして人生でも、どんな分野でも真理です。
冒頭で紹介したように、「不況期には基本ニーズに戻るプロジェクトが多くなる」のは、自然に企業が正しい選択を感じ取った結果なのでしょう。

それではマーケティングの原理とは何か。
細かく言ってしまえば、今まで書いたようなケースです。
つまり、
●プロダクト・ライフサイクルを見極める
●「Value for Money(価格に見合った価値を提供する)」
●差別優位性を持った商品開発を行う
などなどです。

それをひとつひとつ解説していたのでは、紙面がいくらあっても足りませんし、このメルマガを読むより、マーケティングの教科書を読んだ方が早いくらいです。
オススメは、
●コトラー
●ランチェスター
●シンプル・マーケティング(笑)
あたりですが。

別な側面からお話をします。
「景気が悪いから」で自分が騙されず、もう一度、足元を見直してみる。

なぜか。
好況だと、どんな方法でもどんな商品でもある程度は売れてしまうので、企業のマーケティング感覚が鈍ってきてしまうからです。
つまり、ごみが溜まってくるような状態。
それを一度、掃除してみることが大切だということに他なりません。

例えば、自動車業界ではここ10年、自動車好きが減っていることに危機感を持っていました。
今まで「エンスー」と呼ばれていた「マニア」が少なくなってしまった。
特に若い人たちに、その傾向が強く、いいクルマを持つことが憧れではなくなってしまっていたのです。
その結果、軽自動車やミニバンのようなものしか売れない。

ところが、その根本的な問題を先送りにしたまま、海外市場が元気だからといって、そちらばかりにチカラを入れる。
国内では「欲しい」と思えるクルマがないわけですから、現在のような不況になると、一気にサイフのヒモが閉められてしまう。

また、もともと好況時でも販売不振だった企業が今回の不況で目立ってしまってというケースも多々あります。

例えば、ソニー。
業績悪化で、正社員を含む16,000人のリストラが話題になったほどです。
しかし、知っている人も多いと思いますが、ソニーは液晶テレビへの参入が遅れ、プレイステーション3の販売不振などが重なり、もともと業績は良くなかったのです。
それが今回の不況が直撃しただけ。

その他、百貨店も数年前から徐々に売上げが下がっていたし、コンビニも店舗過剰のせいもあって既存店売上はマイナスが続いていた。
ウィークリーマンションのツカサも倒産しましたが、これも数年前から業績不振でウィークリーマンション事業はすでに売却していたのでした。

こういった様々な事例も不況が原因だと考えてしまうと、マーケティング戦略の判断を謝ってしまいます。

生活者を知ることが原点中の原点

どうすればいいのかは先ほどお話ししました。
でも、メルマガの結論としてはさすがに広範囲すぎます。
なので、その中で最も大事なことを1つだけ最後にお話ししましょう。

ネットブック、ユニクロのヒット法則に共通なもの。それは、ターゲット、つまり、生活者です。

●どんな生活者に向けた商品やサービスなのか
●買ってくれなくていい生活者は誰なのか
●この商品を本当に欲しいと思っている生活者は誰なのか

などなど、マーケティングの基本である生活者にもう一度立ち返ってみることをお薦めします。

なぜか。
不況ということは生活者が商品を買わなくなったからです。
当たり前に聞こえますが、
「【商品が】売れなくなった」
「【生活者が】買わなくなった」
の違いは主語がまったく違うことです。
その当たり前をきちんと認識できているか。

そして、生活者を見る上で、もっとも大切なのが「イノベーター」とマーケティングで呼ばれる「ヒット商品を最初に買う人たち」の動きなのです。

イノベーターは普通の人たちよりパソコンやファッションに詳しく、みんなより先にヒットする新しい商品を先に買う。
普通の人たちはイノベーターに「どれを買ったらいいのか」とアドバイスを求めたり、イノベーターが買った商品を注目して自分も買おうとする。
マニアとは微妙に違いますが、ここでは詳細は割愛します。

このイノベーターの動きがなぜ大切なのか。
それは、彼らが買った商品はあとあと一般大衆も買うようになるからです。
いえ、商品だけではありません。
エコや環境問題、現在話題の「婚活」や「草食男子・肉食女子」などの価値観にもイノベーターがいます。

「イノベーターの現在は、大衆の数年後の姿」ですから、その彼らがどの方向に行こうとしているのかを知ることが、不況を乗り切る大きなヒントになります。

好況時は、イノベーターの動きを知らなくてもモノが売れる業界もあります。
アーリーアダプタやフォロワーの「その他の人たち」がイノベーターの向かう方向に進んでいたので、大衆の方向を見てビジネスをすれば大きな間違いはありませんでした。

しかし、不況、しかも、特に今回のような「急激に悪化した不況」ではイノベーターは最初は戸惑いますが、一気に別の方向に舵を切ります。
しかし、大衆はというと戸惑ったまま。
イノベーターが向かう方向に大衆が気が付くまで時間がかかるのです。
そして、大衆しか見ていなかった企業も戸惑う生活者を見ながら、自分も混乱してしまう。

抽象的でわかりにくいので、たとえ話をしてみましょう。
数10台の自動車で道路を走っていると想像してください。
先頭車は自分の意思で道を選んだりスピードを決めていますが、後続車は直前のクルマについて行くだけなので楽です。

その時、米軍の戦闘機がビジネス街に墜落し、道路が破壊されその破片が飛び散る。
先頭車はその様子を目撃するやいなや、一旦立ち止まるモノの、安全に走行できる道を探し当ててハンドルを切ります。

後続車は直前のクルマさえ見ていればよかったものが、なぜか一斉に走行ストップ。
後ろからは戦闘機が落ちたことなんて見えないから、何が起きたのか理解できない。でも、前のクルマがストップしたので、走り続ける訳にも行かないから、自分もブレーキをかけます。
先頭車を見失った後続車は一旦停止して先頭車を探そうとする。
そのまた後ろを走っていたクルマも次々と停車しますが、何が起きたのかわからないまま。

そのとき、手分けして先頭車を探し回るのもひとつの方法ですが、時間もかかるし効率も悪い。
頭のいい人ならどうするか。
先頭車を運転していた人間の性格を考えて、あらかじめ行きそうなところを重点的に探しますよね。
そして、先頭車を見つけたら、なぜこの道を選択したのかをゆっくり聞き、後続車に連絡すればいい。

それが、マーケティングで言うところの基本であり、先頭車がイノベーターです。
現在の企業はイノベーターが舵を切っているので、見失っている。
だから、もう一度、イノベーターをきちんと捕まえて、彼らの行こうとする方向の商品や企業戦略を作ればいいのです。

ところで、軽量ノートといえば、

●600g以下で
●キーピッチ18mm
●バッテリー40時間以上

のノートパソコンは出ないものでしょうか。

液晶サイズは8インチ以上でいいし、HDD(SSD)は20GB以下、メモリは1GBでもいいんですが。
これで100万円以下なら、買ってしまいそう…
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