■買ってはいけない一眼レフ【デジタル一眼レフカメラ】

artc20040401大変、ご無沙汰しています。
長期のお休みを頂いて、みなさんにはご迷惑をおかけしました。
深くお詫びいたします。
今回は、復帰第一号として、まっとうなテーマからスタートします。
旬の話題という観点から、デジカメしかも一眼レフタイプの記事です。
興味のある人、ない人を選ぶテーマですが、まずはご覧下さい。
なお、今回から正式に月刊とします。今後とも、よろしくお願いいたします。

世界の2大カメラメーカーの戦いの幕開け

このところ、急激に注目を集めている商品があります。
デジタル一眼レフカメラです。
カメラ雑誌はもとより、パソコン誌やビジネス誌までが取り上げて、かまびすかしい限りです。

今月3月19日にニコンが低価格デジタル一眼レフカメラD70を発売し、昨年大ヒットしたキヤノンのEOS Kissデジタルに対抗したからです。
日本の、いや世界の2大カメラメーカーががっぷりと対決した図は、カメラ好きでなくても興味を引くのでしょうか。

しかし、ここでちょっとした疑問がわきます。
今までだって、キヤノンとニコンはデジタル一眼レフカメラで対抗してきているのです。今さらなぜメディアが書き立て始めたのか。

ふたつの理由があります。
ひとつは、今回のキヤノンとニコンの対決は本体価格12~13万円という、非常に身近な低価格商品のぶつかり合いだからです。
それまでは、デジタル一眼レフカメラとしては安いといわれたキヤノン60DとニコンD100ですら本体価格22~24万円でしたから、今回のニコンとキヤノンの対決は約半額の戦いです。

でも、ちょっと変です。
半額が話題の元というのなら、例えばニコンD100はそれまで50万円していたD1XやD1Hの半額でしたし、デジタル一眼レフカメラとしては売れに売れました。
しかし、ビジネス誌などがこぞって記事にするような話題ではありませんでした。

それでは何が違うのか。
デジカメ自体の普及です。
1年半前のD100の頃と異なり、デジカメの売上げはすでに写真フィルムを使うカメラ(銀塩カメラといいます)の売上げを追い越してしまっています。
デジカメの普及率は当時で10%弱、現在はすでに40%を超えています。

ここまでデジカメが普及すると、コンパクトデジカメを使っていた人が乗り換えたり、いままで銀塩の一眼レフカメラを使っていてデジカメを使わなかった人たちが、そろそろデジカメを買っても良い時期だと考えるようになります。

低価格と高い普及率。この2つが相まって、ようやくデジタル一眼レフカメラが注目を浴びるようになったという訳です。

その起爆剤は、昨年9月に発売されたEOS Kissデジタルの大ヒットです。
それまで、デジ一眼のデジカメに占める割合は台数ベースで1%しかありませんでした。D100がヒットし、デジ一眼の50%以上のシェアを持っていたといっても、たかだかその1%の中での半分でした。

ところが、EOS Kissデジタル登場後、デジ一眼の台数シェアは一気に3%と3倍にも膨れあがったのです。しかもキヤノンのシェアは70%にも登った。

実は、3%という数字にはちょっとした意味があります。クープマンの目標値と呼ばれるものです。
私の経験では3%を超えると雑誌などが記事にし始め、7%を超えると新聞が、10%を超えるとテレビが取り上げるようになります。
今回、雑誌がここぞとばかりにデジ一眼を取り上げ始めたのも、デジカメに占めるシェアが彼らの興味の基準である2.8%を越えたからです。

ただし、週刊現代や週刊ポスト等の一般誌はまだまだ大きな記事にしていません。パソコン誌やトレンド誌だけです。

理由は簡単です。
デジ一眼がデジカメの3%のシェアといっても、まだ銀塩カメラがあるので、カメラ全体に占めるシェアはほぼ半分の1.5%にしかならないからです。

つまり、記事の対象としてデジカメしか考えていないパソコン誌やトレンド誌にとっては、デジ一眼は基準値の2.8%を越えているから次々と話題に取り上げる。
一方、一般誌はデジカメだけを見ているのではなく、カメラ全体を見渡しているので、たったの1.5%のシェアしかないものを取り上げる気にはならないということです。

さて、「身近」という側面を別な説明の仕方をしましょう。
1年半前の私たちにとって、身近な順番を上げるとすると、こんな図式になります。

●銀塩コンパクトカメラ

↓-----------------
↓                ↓
●銀塩一眼レフカメラ      ●コンパクトデジタルカメラ
↓                ↓
●中版・大判一眼レフカメラ   ★デジ一眼

この段階では、デジ一眼は2段階も離れた存在です。
銀塩一眼レフカメラを使っている人にとっても、デジ一眼は中判や大判といったプロが使うようなカメラ以上に(2段階)離れた存在になります。

ところが、デジカメが銀塩カメラに置き換えられた現在では、上の図が変化します。

●銀塩コンパクトカメラ←→●コンパクトデジタルカメラ

↓------------------
↓             -   ↓
●銀塩一眼レフカメラ      ★デジ一眼

●中版・大判一眼レフカメラ

コンパクトデジタルカメラが銀塩コンパクトカメラに並んだ結果、デジ一眼が一段階昇級したという訳です。これで、2段階離れた距離感覚が1段階に縮まった。
これが私たちの言葉で言えば「身近になる」「手が出せそう」という感覚になるということです。

さて、その大ヒットとなったEOS Kissデジタルは、今までの一眼レフカメラ・マニアだけをターゲットとして売るのではなく、コンパクト・デジカメしか使ったことがないような初心者を大きな潜在顧客としてとらえているようです。

各雑誌の紹介記事でも「初心者向け」と紹介され、キヤノンのホームページには

「誰でも簡単に高画質のデジタル写真が撮れるEOS Kissデジタル…(後略)」
「今まではコンパクトタイプのデジカメしか使ったことがないという玲奈さんですが…(後略)」

というコピーとともに、初心者の代表としてモデルさんを起用して、使い方を教えるコーナーを設けています。

さてさて、銀塩カメラ市場での一眼レフタイプは15%程度のシェアですから、カメラ業界では大きな分野ではあるものの、読者の皆さんの興味の対象とはちょっと言い難いテーマでした。

しかし、キヤノンやニコンが想定しているターゲットはまさに、みなさんのような人たちです。
このチャンスを逃す手はありません。

そこで、今回のテーマは

「デジタル一眼レフカメラはメーカーの思惑通り、本当に私たち初心者に売れるのか」

です。

「えっ、そんなこと、長々とメルマガに書かなくてもいいですよ。
私はあんな重くてでっかいカメラには興味がないです。
しかも、10万円のどこが低価格なんですか?」

という方は読み飛ばしていただいた方がいいかも知れません。

デジ一眼は何がいいのか

さて、それではデジ一眼は普通のデジカメとどう違うのでしょうか。今やコンパクトデジカメが4~5万円で買えるのに、なぜ15万円(レンズとのセット)ですら安いと言われるのでしょうか。

デジ一眼を説明する時には2つの側面から見なければなりません。
銀塩カメラと違う、デジタルカメラとしての性質がひとつ。
そして、コンパクトデジカメと違う、一眼レフカメラとしての性質です。

デジ一眼はその名のとおりデジカメの一種です。
フィルムを使わずにCCDと呼ばれる電子式のセンサーを通じて、メモリーカードに画像を記憶させるカメラです。

従って、コンパクトデジカメが銀塩カメラに対して持つ利点はそのままデジ一眼にも当てはまります。
具体的に言えば、次のような利点があります。

●フィルム代や現像、焼き付けにかかる費用や時間が不要
●撮ったその場で仕上がりを確認できる
●写真をパソコンに取り込んで、色調整や画像加工などが簡単にできる

これらの点に関しては説明は不要でしょう。みなさんにも分かりやすい。

ちょっとややこしいのがコンパクトデジカメと一眼レフカメラとしての違いです。

まず、外から見て一番分かりやすい大きな違いはレンズです。
コンパクトカメラ(コンパクトデジカメ)のレンズは直径20ミリ。対する一眼レフカメラ(デジ一眼)のレンズは50ミリ。面積比では約6倍もの違いがあります。

乱暴に言ってしまえば、デジ一眼はコンパクトデジカメよりも6倍もきれい(緻密、なめらか、くっきり)に写真が撮れるということです。

次に、マニア達の多くが指摘するのが一眼レフカメラ(デジ一眼)はレンズが交換できるという利点です。

例えば、多くのコンパクトカメラ(コンパクトデジカメ)は暗い室内だとフラッシュを炊かないと写真が撮れません。
しかし、レンズが交換できる一眼レフカメラ(デジ一眼)は暗いところでも撮れるレンズを取り付ければ、フラッシュがなくてもきれいな写真が撮れます。

運動会で子供を大きく写したり、花の写真をギリギリまで迫ってクローズアップで撮りたい時でも、一眼レフカメラ(デジ一眼)ならば望遠レンズや接写レンズ(マクロレンズ)に交換すれば可能です。

一眼レフカメラ(デジ一眼)はレンズを変えることで、風景に強いカメラとしても、人物撮影に強いカメラとしても、はたまた旅行のスナップ写真に強いカメラとしても変幻自在にその身を変えることが可能という訳です。

そして、実はデジ一眼にはコンパクトデジカメと比べて、第三の違いがあります。
これがデジ一眼を高価なものにしている大きな理由でもあります。
それはフィルムに当たるCCDの大きさです。
デジ一眼の多くが採用しているAPSサイズCCDの面積は、コンパクトデジカメが採用している1/2インチCCDの12倍もの大きさがあります。

同じサービスサイズの写真に焼き付けるのに12倍のものから印刷するのでは、画像のきれいさが違います。
これも乱暴に言ってしまえば、デジ一眼はコンパクトデジカメよりも12倍もきれい(緻密、なめらか、くっきり)に写真が撮れるということです。

例えて言えば、ビデオテープの標準と3倍速の画質の違いのようなものです。
1本の同じ面積のビデオテープに、方や60分、方や180分もの映画を記録しようとするのです。画質が違うのはみなさんも体験していると思います。

もっとももっと乱暴に言えば、こんな計算ができてしまうのです。
デジ一眼はコンパクトデジカメと比べて

●レンズによって6倍もきれい
●CCDによって12倍もきれい
●つまり、72倍(6倍 x 12倍)も総合的にきれい

なのに、コンパクトデジカメは4万円、最新のデジ一眼はレンズ込みで15万円。たったの4倍しか価格が違わない。

●72倍のきれいさ÷4倍の価格
 =18倍もお得(コストパフォーマンスが良い)

と言えるのです。

「初心者=操作が簡単」という図式

キヤノンEOS Kissデジタルのカタログには今まで私が書いたようなことは紹介されています。しかし、漫然と書いてあるだけで、シストラットのスタッフに読んでもらっても実感がわきません。
もっとも、後述するように、カタログは初心者向けではなくマニア向けに書かれているので、当然といえば当然なのですが。

キヤノンのホームページで見るように、初心者向けというと、判を押したように「初心者だから複雑にものを簡単にしました」というだけです。
しかし、元々、コンパクトカメラは操作が簡単なのですから、一眼レフカメラを簡単操作にしても、ようやく同じ土俵に乗っただけのことです。
そして、残るのは「大きく、重い」という事実。一眼レフが不利なのは変わりありません。

「操作が簡単」なのは大事なことですが、それ以上に「買うことの目的」を見せてあげないと、一眼レフの世界を知らない人には魅力が出ない。

実は似たようなことがおきたことがあります。
プリンタの世界で、キヤノンのBJ-10というA4版サイズのプリンタが大ヒットしたときです。
プリンタは小さい方が日本の住宅事情から好まれます。
なにせ、使わない時は押入にしまっておけばいいので、事実上、専有面積はゼロに等しい商品だからです。

普通なら、自社もとばかりに小さいプリンタを開発投入するところですが、エプソンはそうしませんでした。
今までのプリンタの常識を覆すほどのきれいな印刷ができるモノクロ機を投入。大ヒットしたところにカラー機を投入。
そして、今のシェアがあります。
エプソンのプリンタはご存じの現在の大きさ、つまりBJ-10の何倍も大きかったのにも関わらずです。

なぜか。
プリンタを買う大きな理由の一つが

「きれいに印刷された結果(写真)を手に入れること」

だからです。
生活者は

「専有面積が小さくて、そこそこの結果(写真)を得る」

ことより

「専有面積が大きくても、よりきれいな結果(写真)を得る」

を選んだのです。

カメラでも同じ事が言えます。

「操作が簡単で、小さく軽くて、そこそこの結果(写真)を得る」

よりも

「操作が多少複雑で、大きく重くても、よりきれいな結果(写真)を得る」

ことを選ぶ生活者がいるはずです。
いや、すでにそういう生活者の一部は銀塩一眼レフカメラを買っていたり、ビデオカメラを買っています。

例えば「こどもの成長記録」は「よりきれいな画像を残しておきたい」という意識が高くなる分野です。多少、操作が複雑になろうと、大きくて重くなろうと、その障害は気にならない。
運動会でお父さん達がでっかいビデオカメラを抱えていたのは記憶に新しい。

ただ、残念なことに「こどもの成長記録」の分野は静止画(写真)の進化がもたもたしているうちに、動画(ビデオ)に奪われてしまいました。
こどもたちが持つ「かわいいしぐさ」を記録するのには、静止画(写真)より動画(ビデオ)の方が適しているという製品特性上の不利な点も原因のひとつではあります。

しかし、それ以上にビデオ業界が商品としての特性をきちんと分析し、「こどもの成長記録」を使用用途として訴え続けて来た企業努力の結果です。

さて、「よりきれいな画像を残しておきたい」という意識が強ければ強いほど、手段が気にならなくなる分野はまだまだあります。

ペットもそのひとつ。
実際、愛猫の写真をきれいに撮りたくて一眼レフカメラを買った20代の女性を私は何人も知っています。

あるいは生け花などの「作品」を残しておくニーズ。
生け花はそのまま残しておくわけには行きません。枯れてしまいます。従って、作った作品は記録に残したい。
しかし、コンパクトカメラとフラッシュでの撮影ではいかにもスナップになってしまい、作った時のきれいさが表現しきれない。

しかし、メーカーは

「一眼レフカメラがきれいな写真を撮れることはみんなが知っている事実だ」

と勘違いしているフシがあります。

ある25才のOLさんの言葉です。

「今時のコンパクトカメラは十分きれいなんですよ。
一眼レフカメラがどれだけきれいなのかは知りませんが、15万円と5万円の差があるとは、私にはとても思えないんです」

そう、ここが大事なポイントです。
誰に聞いても「一眼レフカメラはコンパクトカメラよりきれいな写真が撮れる(だろう)」と答えます。
しかし、15万円と5万円の差、つまり「3倍もきれいに撮れる」とは誰も思っていない。

カメラメーカーは初心者の不満は分かっていても、初心者を動かす動機がいまひとつ把握できていないフシがあります。

「自由力」ってなんだ?

さて、次の側面を見てみましょう。
初心者に訴求するための大事な広告です。
EOS Kissデジタルはテレビや雑誌などのマス媒体では「自由力」というキャッチフレーズを使っています。
初心者にはなんのこっちゃやら良く分からない。
高校時代に写真部だった私でも、最初は何を言っているのか分かりませんでした。

後から考えると、「コンパクトカメラに対して一眼レフカメラは、こんなところで自由度が高いんですよ」と想像することができました。

●レンズが選べる自由
●露出やシャッタースピードが自分で設定できる自由
●ホワイトバランスや連射など、表現力を自分で設定できる自由
●パソコンに取り込んで、画像を好きに加工できる自由

と思ったら、こんな表現がキヤノンのホームページにありました。

「見る、すぐに確認し、選ぶ。発信する。プリントする。
リアルな世界をリアルタイムなままに。写真をもっと自由に」

ということらしい。つまりきれいな写真を撮るための自由ではなくて、撮った後の自由さが「自由力」の意味らしいのでした。

…と思ったら、カタログにはこんな表現が…

「愛する人のかけがえのない一瞬。
偶然巡り会えた感動の情景。
その輝きを確実に一枚の写真に残したい。
『もっといい写真を撮りたい。』と願うあなたの
創造力を解き放ち、思うままに表現するための『自由力』がここにある。」

カタログでは最初私が想像していた4つのことがやはり「自由力」の意味のようです。

うーん、なんだか良く分からなくなりました。
「自由力」ということばですら、あっちでは別のことをいって、こっちではまた別のことを宣言する。
そしてホームページでは、冒頭で紹介したように

「誰でも簡単に高画質のデジタル写真が撮れるEOS Kissデジタル…(後略)」
「今まではコンパクトタイプのデジカメしか使ったことがないという玲奈さんですが…(後略)」

と説明している。

実は、こんなことは広告の世界では良くあることです。
メーカーが「あれもいいたい、これもいいたい」と欲張るものだから、整理できずに、あっちで言うことと、こっちで言うことが別々になってしまう。
受け取る側の生活者は今の私のように混乱してしまう。
コンサルタントの世界では「コンセプトの統一性に欠ける」と呼び、非常に効率が悪い広告の代表格なのです。

少なくとも、私たちが良く見かけるテレビや雑誌のマスメディアでは、キヤノンはデジ一眼を初心者に売るつもりではないことは、キャッチフレーズならずとも、広告に登場する喫茶店のマスターとハイアマチャアカメラマンたちを見ていれば分かります。

初心者ではなく、ある程度のマニアを商品のターゲットとするのは現実的な選択です。
初心者にデジ一眼をいきなり買ってもらうより、今までの銀塩一眼レフ所有者をデジタルに置き換えてもらう方が、売上げを上げるのに手っ取り早いからです。

普通ならそれだけで満足するところをキヤノン、いやニコンもそれ以上の客層を狙おうと欲張った。
でも、明後日のメシよりも明日のメシを狙いたいという企業利益の追求という発想から、費用がかかるマスメディアでは手っ取り早く売上げが稼げるマニアを狙った。
私にはどうしてもそう見えてしまいます。

ピントが合わないデジ一眼??

これまで、デジ一眼が初心者に売れるかどうかを検証してきました。
その結果、少なくとも現在のままでは難しいことが分かりました。ただ、これからも、売上げ台数は伸びていくでしょう。現在の銀塩一眼レフカメラの置き換え需要があるからです。

「あ、森さん、ちょっと待って。
必ずしもそうではないんですよ」

私の友人のちゃっきぃ氏です。
彼は趣味で女性ポートレートを撮り、2年前からデジ一眼を使っていた人間です。アマチュアとしては、かなり早い時期です。

「これを見てください。
レンズや付属品込みで40万円近くするデジ一眼で撮った写真です。
もちろん、今でも売られているカメラです。
故障でもありません。
カメラメーカーでも、レンズメーカーでも、適合品だと太鼓判を押されました」

私は自分の目を疑いました。
私の目の前に出された写真は、ピントがまったく合っていない女性モデルのものでした。使い捨てカメラよりもひどいものでした。

ぼけ くっきり

【注】モデルさんの肖像権があるので、上の写真は文字の写真に置き換えました。

私には到底理解できませんでした。
現代の日本で、しかも、世界1位2位を争うカメラメーカーがピントが合わないものを正規品として売っている?

「市場に出ている多くのデジ一眼は、デジタル専用に設計されたレンズ以外はこうなってしまうんです」

彼は、自分の趣味のホームページでそのレポートを書いています。
そこに共感した多くの人たちから、同じ症状で悩んでいるとのメールが送られてきます。

「具体的には、デジ一眼ではピントが1.5センチから5センチずれてしまいます。
キヤノンでもニコンでもそれは同じです。
そして、それはレンズメーカーの担当者からも『技術者なら誰でも知っている問題点』だと言われました。実際、私だけではなくプロのカメラマンの方もホームページで実験結果を公表しています。
ただ、幸いなことに、室外だとこういう現象は起きないようなんです。
室内の暗いところで写真を撮ろうとするとピントがずれてしまう。
だから、一般の人たちは気が付きにくいんです」

「森さん、そんなことは当たり前ですよ。
まったく、素人はこれだから困る」

と口を挟んできたのは、知り合いのアマチュアカメラマンの中島さんです。彼はいわゆるマニアで30年間カメラを抱えてきた人ですから、経験も知識も豊富です。

「銀塩一眼レフでもピントが合わない時は合わないんです。
第一、プロや我々が使うような中判や大判カメラはピントが合う方が珍しいというくらいに難しいんですよ。

ライカレンズは素晴らしいレンズですが、素人が手を出したらピントなんて合わないのは当たり前です。腕がいるんです、腕が。そんな素人がちゃっちゃっとやってピントが合うようなものが欲しいなら、コンパクトカメラをいじっていればいいんです。
一眼レフなんて贅沢なものを買っちゃいけません。

あれは、我々のような特別な人間が使う特別なカメラなんだから、素人が変なクレームをつけて欲しくないですね。どうせ、ちゃっきぃさんの写真だって、ピントじゃなくてカメラのブレでしょ。素人がピントが合わないっていう時はまず、ブレなんですよ。自分の腕を棚に上げてカメラやレンズのせいにする。…え、レンズメーカーも認めた?
あー、ダメですよ、技術者ならともかく、メーカーの言うことなんて信用しちゃいけません。
あのね…(技術的な話が延々と続くので、後略)」

彼は、本来はいい人なんですが、ことカメラのことになると性格が急変してしまう悪い癖を持っています。
人を見下すような発言が一気に多くなり、「オレが一番」になる。
もっとも、カメラマニアに限らず、鉄道マニアにしても、パソコンマニアにしても、こういう人は多いですが。

誰もがきれいな写真を撮れてはいけない世界

しかし、初耳でした。
プロの世界ではピントが合わないのは当たり前なんて…

「森さん、森さん、それは言い過ぎですってば(笑)」

本物のプロカメラマンの登場です。

「確かに、ピントを合わせるのは難しいですよ。大判とかになると。
小さなブレやレンズの品質が良くないと、ストレートに出て来ちゃいますからね。ピントが合わなくなる。
また、レンズはギリギリの性能で使ってはいけないんです。
暗いところでも撮れるレンズはギリギリの性能で撮ろうとすると、どうしてもピントがぼけたりする。
まあ、私たちの世界では『解像度が甘くなる』という言い方をして、『ピントが合わない』とは微妙に違いますが」
「そうしたら、ギリギリの性能の表示をしなければいいんじゃないですか?
食品でも、本当は1年保存できるのに、賞味期限6ヶ月などと短くしているケースは多いですよね。なぜ、カメラはそうしないんですか」
「確かにそうなんですが、カメラ業界の慣習というか、我々のようなプロだけでなく、素人さんでも勉強している人たちにはそれが当たり前になっているので、今さら変えると混乱してしまうんでしょうね。

また、一眼レフの世界では、使う人間の技術の差が大きいように意図的に作られている。
それがあるからこそ『個性のある写真ができる』というものですよね。
誰でも簡単に同じような写真が撮れるというのは、腕のある人たちにとってはむしろ逆効果です」

それを聞いて、画像加工ソフトのフォトショップを思い出しました。
これのおかげで、デザイン学校を出たての学生でもそこそこの作品が作れるようになってしまった。そして、プロの職が失われそうになった。
けれど、みんなどこかで見たようなものが大量に排出される。

「あはは、確かにそうかも知れません。
素人さんが私たちより同じような写真が撮れるようになったら、メシの食い上げです。
実際、全自動カメラα-7000が発売された時は本当にびびりました。

ピントをきちんと合わせることができるのはプロの基本中の基本で、料理人がダシをきちんと出せるのと同じくらいの意味があったのですから。
幸いに、写真の世界はピントだけじゃなくて、構図やライティングなどプロにしか出せない余地がたくさん残されているから、そんな心配はありませんが」

「ということは、プロだけじゃなくてマニアと呼ばれる人たちも、自分の地位を守るために素人が簡単にきれいな写真を撮ることに反対するんでしょうか」

ちゃっきぃ氏は中嶋さんとも仲がいいので、歯にものを着せぬ言い方をします。

「おいおい、それ、私のことですかい?(笑)」
「あはは、素人さんのことは素人さんに話を聞くのが一番ですね。
どうですか、中嶋さん」

いきなり話題を振られた彼はドギマギしています。
彼はプロには弱いようです (笑)

「いや…まあ…その…
ぶっちゃけていえば困りますよ。
私たちはずっと長い間、試行錯誤を続けたり、何百万円というお金をつぎ込んで、今のカメラを趣味としてやってきているわけだし、その結果『素敵ですね』とモデルさんたちに言ってもらえるようになった訳ですよ。
明日、ぽんとカメラが進化してすべての努力がムダになってしまうなら、『オレの存在価値はなんなんだ』と思います」

そういえば、プリクラの最近の機種は「きれいに」や「セクシーに」などとライティングも選べます。
お客さん側は何の知識がなくてもボタンを押すだけでいい。

きれいな女性写真を撮るにはライティングの技術が半分以上と言われるだけに、ああいったものが人間の手によるものではなく機械化されてしまったら、本当に「シャッターひとつで、プロ並みの写真が」撮れてしまう。

初心者は手を出してはいけないカメラなのか

「すると、うがったものの見方をすれば、中嶋さんのようなマニアたちを守るために、一眼レフの世界は『ピントがこなくても当たり前』のような慣習を元に『来たら、とんでもなく美しい』レンズやカメラを開発する。
でも、一方で、そういう慣習がない一般の素人さん向けのコンパクトカメラは彼らが分かりやすいように、ピントがくるように見せる技術を発達させる。
かなり乱暴な言い方をすれば、こんな感じですか」

と、私はそこにいた3人に水を向けます。
まず、口を挟んだのはプロです。

「ものすごい挑戦的な言い方ですが(笑)、外れてはいないと思います。
カメラメーカーにとって信奉者はどんなに高いものでも買ってくれる大事なお客さんです。
20万円するようなレンズでも、プロは渋々買うのにマニアはむしろ嬉々として買う。
そういうお客さんを大事にするのは企業としては当然ですよね。
そういう観点で言えば、そんなカメラを素人が買ってはいけないという中嶋さんの言い分は正しいといえるんじゃないかしら」

続けて、ちゃっきぃ氏。

「私もそう思います。私みたいな初心者がデジ一眼を買うことが間違っていたと思います。
ただ、現実的に『きちんと分かっているプロやハイアマチュア』と『初心者』の間の中間的な人たちが困っているのも確かです。
私のホームページには、ピントが合わない問題を特別レポートとして置いてあります。
検索エンジンでそのレポートを見に来る人は2004年2月と3月に587件あります。
その中で、『D100 ピンボケ』とか『EOS デジタル 前ピン』のように、ピント問題で困っている件数が18.7%の110件もあるんです。
年間にして700件。多いか少ないかは分かりませんが、少なからずとも無視できる数字ではなさそうです。

現に、キヤノンは昨年、有償でピント調整のサービスを始めましたし、レンズメーカーのタムロンは『自社レンズをデジタルカメラに装着する場合は消費者の自己責任で』と宣言したくらいです。
また、ニコンはデジタル専用のレンズを発売しました。
もっとも、それ単体で20万円以上もするような高価なレンズなので、私のような人間には手が出ませんが。

ということで、ピントずれ問題はメーカーも知らないほどの少ない件数ということではなさそうです。また、関心を持っている人はそれ以上いそうです。
というのも、私のレポートに来る件数は先ほどの検索エンジンを合わせて2月3月の総数で3,275件ありますが、そのほとんどがデジ一眼のピント問題で掲示板などで紹介されたケースなんです」

最後に中嶋さん。

「私は屋外でのポートレートや室内だとフラッシュを多用するので、そういう問題にはお目にかかったことはないです。
だから、まあ、どっちでもいいんじゃないですか(笑)」

元々、このメルマガは企業告発がテーマでもないので、この問題には深く突っ込みません。また、先日のソニーのような「ギリギリやばい」広告を出している訳でもないので、辛口に迫るつもりはありません。

しかし、現実的に、従来のマニアやプロの常識の上に成り立った商品を初心者に売ろうとすること自体、混乱を招くのは確かなようです。
使い勝手や画質以前の問題を解決しないことには、却って企業イメージに傷がつきそうです。

「私は、世界有数という日本のカメラメーカーを信じていました。
しかし、今回の問題で、私はメーカーだけでなく、メーカーを取り巻くマニアたちも信用できなくなっただけでなく、接触を持ちたくないほど敬遠したくなりました。
いい人もいました。また、オリンパスのように、現実的な選択をするメーカーもあります。
でも、もう、私は二度とカメラメーカーを信用しないでしょうね」

ちゃっきぃ氏の言葉です。
こんな生活者を増やす可能性があるデジ一眼です。
「自由力」という、マニアにしか分からないキャッチフレーズで丁度良いのかも知れません。


参考HP
キヤノン
http://cweb.canon.jp/camera/eosd/index.html(リンク切れ)
http://cweb.canon.jp/camera/kissd/direct/index.html(リンク切れ)

ちゃっきいの写真ノート
http://page.freett.com/chuckynote/

新藤修一の仕事場
http://shindo-s.hp.infoseek.co.jp/ending/end10_0304.html#Anchor1073844(リンク切れ)
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