■これもソニーです。It’s a Sonyの秘密【ソニー】 

artc20011115カバンシリーズ第2弾「ソニー対シャープ」のはずが、大型単独記事になってしまいました。
なにせ、書くことがありすぎて、止まらなくなってしまいました。
残念ですが、シャープはまた別な機会にお送りします。せっかく、草稿では誉めていたのに、登場する時は辛口か? (笑)
ソニーのメール質問担当の方、ありがとうございました。対応は非常に好印象でした。

大企業の赤字続々

最近、新聞やビジネス雑誌をにぎわせているのが、IT関連企業の不振です。それもベンチャーやらSOHOなどのぽっと出の新参者ではありません。松下やソニーなどの堂々とした世界企業です。

松下が約1,000億円、NECで約1,500億円、東芝は1,150億円の赤字。日立の2年前の赤字2,700億円ほどではありませんが、十分巨額です。
ソニーは赤字こそ免れそうではあるものの、エレクトロニクス部門の前期比92%減が大きく影響し、前期比40%減の100億円の減益。

理由はもちろん世界的なIT不況です。日本の長期不況も手伝っています。
しかも、これらの赤字には先日のニューヨーク・テロ事件の影響はまったく含まれていません。今後の彼らにはまだまだ厳しい冬が訪れそうです。

一方のソニーの不振はIT不況下の産業部品の売上げ減少が主な原因ですが、どうもそれだけではない不振の兆候が浮かび上がってきました。

草稿段階ではお約束どおり、ソニーと対照的なシャープとの組み合わせで書きましたが、いつもの3.5倍もの分量になってしまったので、泣く泣くシャープを割愛し、ソニー単独の記事にしました。

音声品質が悪いと数1,000万円の仕事が吹っ飛ぶ世界

ごそごそ。
先日、私の身の回りの情報機器をすべて取り出してみました。
中でも、私の大切な時間管理や情報管理をしてくれるのが、個人用の情報機器です。
もっとも、コンサルタントのような仕事をしている割には、皆さんがイメージしているほどたくさんの機器を持っている訳ではありません。
個人用の情報機器はこの4つだけです。

●電子手帳 ザウルス(シャープ)
●軽量パソコン テリオス(シャープ、WindowsCE)
●PHS NTTドコモ バルディオ621S(シャープ)
●携帯電話 NTTドコモ i502Nit(NEC)

このうち上から3つがシャープ製、最後の携帯電話がNEC製です。
一般ビジネスマンなら大抵は持っているソニーの製品がひとつもありません。

「あれ?」

私も不思議でした。特に意識してソニーを敬遠していた訳でも、シャープ製品を選択したわけでもなかったからです。
そこで、他のAV機器もチェックしてみたところ、オフィスにすら、ものの見事にソニー製品がない。

一方で、知り合いもおらず、学生時代の就職面接で皮肉をたっぷり言われ、挙げ句の果てに試験に落とされ、恨み辛みのひとつを言ってもおかしくないシャープ製品は持っている。
(もっとも、新卒採用面接で「将来、何をしたいか」と聞かれ、「社長になりたい」と答えた私も悪いのですが (笑))。

「シャープ製品を持っているといっても、たった3つではないか」

という声が聞こえそうです。
しかし、この3つは私にとって特別な3つなのです。
日々、使いまくり、コンサルタントとしての生産性を目一杯上げてくれる道具たちです。これらの機器たちが作り出してくれる「時間」「情報」という宝石は、年間数百万円、いや、下手をすると数千万円の価値があります。

昔、携帯電話を使っていて、その音質の悪さからクライアントの言葉を聞き間違え、あわや数千万円のプロジェクトが吹っ飛びそうになりました。
そんな経験を持つ私にとって、個人情報機器は会社の生命線ともいえるのです。

さて、私のような人間の数が少ないのは分かっています。
大抵の生活者のソニーのイメージは非常に良いからです。
一部、数の上では少数派ですが、ソニーを否定的に見ている人もいます。

「うん?だって、ソニーは高いじゃないですか。
同じような金額か、ちょっと上乗せするくらいで、アイワのミニコンポが買える。
でも、私はケンウッドの20万円のコンポを持っているんです。
このクラスだと、ソニーよりもケンウッドの方が音がいい。音の深みと高音の抜けが良いんです。
さっき、『ソニーは高い』と言ったけど、そういう意味では高いのではなくて『中途半端な金額』ですね」
「ソニーのデジカメ?眼中にもないよ。
そりゃ、フロッピーディスクに画像を記録するマビカというカメラを世界で最初に作ったのはソニーだよ。
しかも、試作品だけど、20年以上も前のこと。
それは立派だと思う。

でも、今はソニーより画質が良くて使い勝手のいいデジカメなんて、オリンパスやフジからたくさん出てる。
コンパクトさならキャノンのイクシデジタルもあるし。
第一、あんな画質じゃカールツアイス・レンズが泣くよ。
擬色も多いし白飛びやツブレも激しくて、階調表現ができていないし…
(延々と、画質やデジカメ技術の話が続きます。後略 (笑))」

パソコンでは肯定派とともに否定派もいます。
まずは肯定派はデザインを主にほめる。
次に否定派。

「バイオって、故障しやすいイメージが強いです。
私の周りにバイオノートを買った人間が18人もいます。
確かに、それだけ人気もあるし売れたんでしょうね。
でもそのうち、15人が買ってから3か月以内に故障している」

事の真偽はさておき、最近の携帯電話の不良品回収騒ぎが頭に残っている人には納得のいく話でしょう。

とはいうものの、マーケティングの観点から言えば、ソニーは文句なく「ブランドが確立している」と言えます。同じ性能のものなら、多少価格が高くても、「そのメーカーのもの」「その商品名がついているもの」だから買うという人が多いからです。

「パソコンを屋外に持ち出すなんて幻想です」

さて、それでは何がソニーの問題なのか。
実例を3つ挙げましょう。

まず1つ目は、先日、「コンサルタント日記」でも書いたことです。
1kgを切る軽さのソニーバイオC1は屋外で使うことを提案しています。ソニーのホームページには「連れ出して映像で遊ぶ。音楽で遊ぶ」と屋外使用を前提にしたキャッチフレーズがあります。
確かに、旧バイオC1のパンフレットを見ると、65枚の写真のうち63枚が屋外での使用シーンでした。

しかし、ある雑誌でこの旧バイオC1の電池が1~2時間程度しか持たないことが指摘され、それに対してソニーの広報からのコメントが掲載されていました。

「パソコンを外に持ち出すなんて幻想です。
だから、1~2時間しか電池が保たなくても、問題はないはずです」

さすがの私もびっくりです。
自分たちが提案しているものが「うそだぴょ~ん」と、生活者に舌をぺろりと出す会社なんて初めてです。
そういう意味で言えばソニーは非凡な会社です。他の企業がやりたくてもやらないことを平気でやってのける。

もっとも、このような生活者をなめた姿勢は、ひとり広報部であろうことは容易に想像がつきます。
それ以降のバイオは小電力CPUの採用など、駆動時間を伸ばすことに力を入れているからです。現在のバイオC1は2~4時間の駆動時間。少なくとも技術者たちはカタログの世界を目標にしていて、「幻想」だなんて思っていない。

2つ目の事例です。
最近、見かける広告でソニーのロボットペット、アイボの広告があります。今度のアイボは、「いかにもロボット」という外見ではなく、丸顔でつぶらな瞳のぬいぐるみのような、ラッテとマカロンという名の2匹の子犬です。

マンションの1室で、2匹がそれぞれ勝手気ままに目をくりくりさせたり、耳を立てたり、じゃれたりしている様子が映し出されます。
その合間に、タイトスカートの女性が小走りに歩くシーンが数回挿入されます。

「早く帰らなくちゃ」とコピー。
彼女がドアを開けるとラッテとマカロンが頭をもたげて、飼い主(らしき女性)を見上げます。

キャリアウーマンがアイボが待つ自宅のマンションに急いで帰り、アイボは無邪気に彼女を迎える。
そんなストーリーが人間とロボットの境界を越えた愛情を描いて、ほっとした暖かい感情がわき上がってきます。
…ある疑問がふとわき上がるまでは…

「アイボって、駆動時間、何時間だったっけ?」

会社から帰るわけですから、早退でもしない限り8時間は動き続けなければならない。
早速、ネットで調べたら…2.5時間でした。

確かに、ACアダプターを使えばいくらでもアイボは遊びます。
また、「近くに買い物に行っただけです」とも言い訳は可能です。

そこで、私の友人の女性に聞いてみました。

「あのアイボの広告、どんな状況だと思う?」
「OLさんが会社から帰るのに、アイボに会いたいから急いでいる様子」

10人のうち10人がこう答えてくれました。
早退もACアダプターも一般の人たちが思い浮かべる情景ではない。

インターネット・ハンディカム、7つの秘密

3番目も広告の話です。今度はちょっと長いです。
ここ1か月くらいテレビで展開している広告で、動画をそのままカメラからメールで送るインターネット・ハンディカムDCR-IP7があります。

映画の寅さんに出てきそうなタコ社長が車の中で撮った「今月の売り上げ足りないよ、よろしくね」と飛ばした檄を営業マンが会社で受信して、「はいはい」と席を立つというものです。
別なバージョンでは、イキの良いネタを撮って料理家の服部氏に送る寿司屋もあります。

これだけを見ると、「便利な時代になったものだ」と感心することしきりです。
しかし、ふと、疑問が湧いてきます。

「一体、あれだけの動画メールを送るのに何分かかるのだろう?
モバイルなのだから、まさかADSLや光ファイバーを使う訳にはいかないし…」

ソニーのホームページを見ても要領がつかめません。
そこで、ソニーに質問メールを出してみました。

「テレビ広告のように、クルマの中から動画メールを送ることに興味があります。
ついては、ダイレクトにアクセサリのモデムを使って45秒の動画メールを送るのに、どれくらいの時間がかかるのかを教えてください。
また、参考のために、ファイル容量も教えて頂けると嬉しいです」

(本当は15秒で聞きましたが、話がややこしくなるので45秒で記事を書いています)

45秒には意味があります。NTTによると、ビジネス通話の90%が1分以内に終わってしまうというものです。そこで、タコ社長の檄はそれくらいとしました。

金曜日にメールして返事が来たのが火曜日。

「Bluetooth対応の携帯電話にて使用して、送信した場合、アップロードに30分程度の時間を要します」

「え?そんなにかかるの?」とつぶやく私。

さて、この動画メールには2番目の秘密がありました。
ソニーの返事メールにあったのは4種類(スーパーファイン、ファイン、スタンダード、ライトモード。最初の2つが大きな画面、後の2つは小さな画面)のうち、最も軽いライトモードで送った時にかかる時間だけでした。

でも、タコ社長バージョンの広告のノートパソコンに表示されている動画の画面は、どうひいきめに見ても大きなサイズにしか見えません。
すると、教えられた容量を元に、ソニーに有利なように大画面で軽いファインで計算しても…
なんと、単純計算で45秒の画像を送るのに2,064分(34時間!)もかかってしまうのでした。

しかも、3番目の秘密です。
「ご注意」とそのメールは続きます。

「・屋外でご利用の場合は、Bluetooth機能搭載携帯電話(C413S)をご使用下さい。」

つまり、電話回線を使用するオプションの専用モデムは使えず、auのソニー製携帯電話しか使えない。

ホームページのオプションの専用モデムには「薄型・軽量のうえ乾電池使用もできるので、家の中はもちろん外への持ち運びにも便利です」と書いてあるのは一体何なのでしょうか。
バイオC1の時のようにソニーでは「外(「家の中ではない『外』」)」と「屋外」の定義は違うようです。

6,192分の恐怖

まだまだヒミツが続きます。4番目です。
ソニーからのメールで注意書きがありました。

「・携帯電話が途中で切れてしまった場合は、操作は始めからやり直して頂く必要があります」

電波状況にもよりますが、送信時間が長ければ長いほど失敗の確率が高くなる。その危険性はタコ社長のように、走っているクルマだと倍増します。例えば、送信に成功するためには、3回も送り直す悪戦苦闘しなければならないとしましょう。

その時間は・・・

【一番軽いライトモードで45秒】 90分
【大画面で軽いファインで45秒】 6,192分
(約99時間)

あああ・・頭がクラクラしてきました (^^;

OLさんたちに

「タコ社長の動画メールを送るのに、どれくらい時間がかかりそうですか?
広告を見て答えてください」

と聞くと、大半が

「1~5分程度」

と回答します。
つまり、ユーザーは「数分」のイメージを受ける広告なのに、現実は最短で90分、最長から2番目の好条件で99時間…

実はこう考えていくと、寿司屋バージョンは良くできています。
まず、携帯電話は使わずスピードの速い専用モデムにしている(広告では確認できませんが)。
通信が切断される危険性はほとんどありませんから、1回の送信で済みます。
次に、服部氏のノートパソコンに現れる動画は小さいサイズ(のように見えます)。

すると、一気に時間が縮まります。

【一番軽いライトモードで45秒】 5分 9秒

魚のピチピチはねる様子をテレビ広告のように伝えるのでも、大した時間はかかりません。

【小画面でスムースなコマ送りのスタンダードで45秒】 10分18秒

広告のように快適とは言えませんが、話にならない時間ではありません。
ただし、大きな画面で送ろうとすると、話はちょっと変わります。
5番目の秘密があります。

【大画面で軽いファインで45秒】 353分
(約6時間)
【大画面でスムースなコマ送りのスーパーファインで45秒】 565分
(約9時間)

しかも、そのモデムの連続稼働時間は乾電池使用で1時間しかありません。
つまり、ACアダプターを使わないと、大きな画面は送れない。
これを6番目の秘密としましょう(^^;

最後にもうひとつ。7番目の秘密です。

「添付できる画像ファイルは3MB迄です」

とソニーの返事にありました。それぞれ4つのモードのファイル容量をこの制限で計算すると。

●スーパーファインの上限値 20秒 (送信時間
=80分)
●ファインの上限値 32秒 (送信時間
=80分)
●スタンダードの上限値 60秒 (送信時間
=80分)
●ライトモードの上限値 120秒 (送信時間
=80分)

なんのことはない。45秒の動画は結局、大画面(上記のスーパーファインとファイン)では1回で送ることができないというわけです。
設計側は親切というか真面目というか、はたまた現実的というか・・

このギャップはどう見たら良いのでしょうか?
7つも秘密をかいくぐらないと、現実に到達できない。
技術的なことを知らない生活者がバカなのか、誤解されることをあえて予測してまでも、ああいった広告を制作する方に真摯な態度がないのか…

おしゃれかも知れないけど、実直だったソニー

一体、何が起きてしまったのでしょうか。
「虚偽の広告」とはいえませんが、「極めて(ソニーに有利なように)誤解されやすい広告」を作るなんてソニーらしくもない。

昔、ソニーは量販店のバイヤー(仕入れ担当者)たちに、こうからかわれていたそうです。

「ソニーさんは、成分しか書いていない薬を売っているようなものだね。
『風邪に効く』『頭痛をやわらげる』といった『効能』がまったく書いていない」

つまり、技術者が実権を握っていたソニーは、機能やスペックはきちんと書いてあるけど、生活者にとって何が良いのか、何が便利なのかという視点が欠けていることを、揶揄されたものです。
企業としては決して誉められたものではありませんが、素朴なソニーらしいエピソードです。

本当を言えば、私はソニーの広告のファンでした(過去形です(笑))。
ただし、テレビ広告のような派手な分野ではありませんし、ビデオやウォークマンのような「ソニーの屋台骨事業部」でもありません。

例えば、ここに1枚の新聞広告の切り抜きがあります。ずっとずっと大事にシステム手帳にしまってある広告です。
日付をメモするのを忘れたせいもあって、いつの広告なのかも分かりません。一緒に収納してあった雑誌記事は1992年とありますから、恐らく10年前のものなのでしょう。

6cm x 12cmの小さなモノクロの切り抜きには、こう書いてあります。

「記録に勝る、記憶はない。【おけいこテレコ】TCM-59新発売」

実に端的に商品の特徴を表現している名コピーです。
会話用テープレコーダーは他社が撤退したのでソニーの一人勝ち。だから、ソニーは「テレコの良さ」だけを訴えればいい。

また、音声機能付きデータディスクマンの電車内中吊り広告で、私の記憶に鮮明に残っている広告がありました。

「要するに、しゃべる辞書です」

これも商品の特徴を一言できちんと伝える、良質なコピーです。

唯一、派手な分野で私の記憶に残るソニーの広告は、ご存じ「パスポートサイズ」のTRC-55のコンパクトサイズ・ビデオカメラです。

これは、私が本業でもよく使う「良い事例」のひとつです。
というのも、この広告は「パスポートのように小さくて薄い」機能と、「(今までの『子供の成長記録』という用途ではなく)軽いから海外旅行にもビデオを持って行ける」ベネフィット(生活者が得をするコトやモノ)を一言で見事に表現している広告だったからです。

昔のソニーの広告はおしゃれだったかも知れませんが、素朴だったり生真面目だったり、おしゃれだけの人畜無害のものばかりでした。

それが一転して、「限りなく(ソニーに有利なように)誤解される」広告を世に立て続けに送り出している。

思考文化も引き継いでしまった

「(メーカーに有利なように)誤解される」ことは一般消費財では非常に危険なことです。
例えば、パソコンの世界は長らくそれがまかり通っていました。
「夢」という免罪符があったので、現実的ではない、実用にならないことでも「できる」とされてきました。だから、古くからのパソコンマニアは「できる」と「気軽にできる」とは区別しています。

しかし、一般の商品ではパソコンの世界の常識は通用しません。
パソコンの世界での「バグ」は一般商品では「欠陥」です。
「これは、欠陥ではない。バグだ」とか「基本仕様だ」という発言は許してくれません。

見てごらんなさい。
ソニーが携帯電話で不良品回収騒ぎをした時を。
あれは、iアプリというゲームなどができる機能の携帯電話で、ある条件が重なったときに、電話帳などのデータが消えたのが原因です。
携帯電話はもはや一般消費財です。だから、生活者から制裁を受けた。

ソニーはバイオやパーム(ザウルスのような携帯情報端末)を筆頭とした電子機器製品(パソコン)企業に変身しようとしています。
しかし、それとともに、広告や生活者への姿勢も電子機器製品(パソコン)企業の文化を輸入していったようです。
こと、生活者への対応に関する限り、逆方向に進化しているように見えます。

バイオが大ヒットし、社内の発言権がビデオやオーディオではなく、パソコン事業部に移ってしまったかの如くです。

次のような会話があったかどうかは知りません。
いや、なかったのでしょう(笑)

【技術者幹部】「技術の立場から言えば、とうてい使いやすいとは言えない、まだ未熟な機能だ」

【パソコン文化の事務幹部】「広告にウソがなければいいんです。あの広告では動画部分は5秒の長さしかない。5秒の動画をを送ったとしても、送信時間は3分以下で済んでしまう」

【技術】「とはいうものの、実用的ではない。もし、それを使った人が期待はずれだとすると、プロとしてお客さんに申し訳ない」

【事務】「心配いりませんって。ああいったオプション機能は10~20%の人しか使われないんですよ。大半は普通のビデオとして使うだけ。
だからこそ、オプションのモデムや携帯電話がないと、動画が直接送れないようにセットを考えたんです。
あの広告の目的は『ソニーはこんなに未来を考えています』というブランドイメージを作ることなんですから。
もし、実際に動画メールを普及させたかったら、標準装備にしますってば」
【技術】「ではキミ。アイボの広告はどうなのかね。あんなに連続駆動時間はないぞ」

【事務】「ああ、あれですか。
いやですね、山本さん。あれは『フラッシュバック』という手法ですよ。
ほら、映画やテレビドラマでもよくあるじゃないですか。時間と場所が違っていても、カットが切り替わるヤツ。
あの愛らしいアイボはOLさんの記憶なんです。
あんな可愛いアイボの姿が目に焼き付いているからこそ、早く帰りたい…と。

よおく見て下さいね。
女性とアイボが一緒に写っているシーンはひとつもないんです。
また、アイボのシーンは明かりがついているのに、最後に女性が自分のマンションのドアを開けた時、室内は暗くなっているでしょ?
だから、別々の時間なんです。

今はマーケティングの時代なんです。
『効能がなく、成分しか書いていない薬』なんて、もう言わせませんよ。
夢を与える。これがマーケティングなんです。わっはははは」

もう一度、言います。
このアイボの広告を見せた女性の10人に10人が、

「一人で遊んでいるアイボが待っている自宅マンションに帰る様子だ」

と言っているのです。誰も記憶だなんて理解していない。

あ、この会話はあくまでも私の想像です。実際にそういった発言があった訳ではないですよね。天下のソニーなんですから、こんな会話がある訳がない。

たまたま、ある

「一個人が口をすべらせて」
「パソコンを屋外に持ち出すなんて幻想だ」

なんて、勘違いの発言をしてしまうくらいですね。そして、彼はたまたま広報部という部署に所属していただけ。
会社として、こんな失礼なことを考える企業ではないですよ、世界のソニーだもの・・(^^;

ただ、万が一、私の邪推が当たっているとすると…
パーミションマーケティング阪本啓一さんの渾身の書き下ろし「スローなビジネスに帰れ」が指摘する、そのままの事例になってしまいます。彼は、同著で主張しているのはこういうことです。

「ちゃらちゃらしたマーケティング『だけ』で、小手先のごまかしは止めようよ。
ビジネスの基本はあくまでも『商品』であり、それをきちんと作らなければ、いくら美辞麗句を並べ立てて、『消費者のニーズ』と叫んだところで、何の意味もない。
1回速球を打っただけでポキリと折れてしまうような商品を飾り立てるエセ・マーケティングでは、生活者を幸せにする(クオリティ・オブ・ライフ)ことはできないよ」

(趣旨が違っていたらごめんなさい。阪本さん)

「針の穴から崩れる」の意味

実はソニーが限りなく誤解を生み出す広告を作っても、生活者数的にはそう大したことはありません。
怒るとしても彼らはマニアと呼ばれる人たちです。数は圧倒的に少ないので影響がない。

しかし、ちょっと待ってください。どうも危険な匂いがします。
不満を持つ人は数の上では劣勢であっても、針の穴でも堤防は崩れかねません。
盤石に見えるソニーイメージが堤防のごとく崩れる危ない兆候を感じるのです。

なぜか。
その「針の穴」とは、不満を持つのがマニアだからです。
必ずしも彼らはソニーファンではありません。
オプションにも抵抗がない上級者。それがマニアですし、IP-7のオプションのモデムを平気で買って動画メールを送ろうとする人たちです。

それが「思ったより便利ではなかった」「使えなかった」と知った時、ファンでもない彼らが下すソニーへの評価。これが問題なのです。

先に登場したカメラ・マニアのソニーのデジカメの酷評を思い出して下さい。彼もソニーの製品に対して良くは思っていない。
「バイオは故障しやすい」と発言した友人もコンピュータ歴30年のベテランです。

乱暴な言い方をすれば、

「最近のソニーの電子製品は上級者(イノベーター)に受けない」

と言い切っても良い。
なぜ、これが問題なのか。

イノベーターは別名「オピニオンリーダー」と呼ばれるだけあって、周囲の生活者に与える影響力が大きいのが特徴の人たちです。
マニアとはちょっと違う概念ですが、マニアの中でも気持ち悪がられたり疎まれるのではなく、周囲から一目置かれている人たちと考えれば良い。

マーケティングの世界では、この人たちの存在は無視できません。この人たちに好かれた商品は他の人たちに波及するからです。

例えば、インターネットのイノベーターは30代男性(特に、独身・技術者)でした。彼らが最初にパソコン通信を始め、それがインターネット文化に引き継がれた。
また、食品も飲料も同じようにそれぞれのイノベーターがいます。

そこに大きな問題があります。
一般的にマーケティングの世界では、「どうしたら成功するか」しか伝えられないことが多いので、好意的な評価だけが伝播されるような印象がある。あたかもイノベーターは「幸せを運ぶ青い鳥」のような存在に見える。

しかし、イノベーターは単なるお人好しではありません。その本質は、天使にも悪魔にもなり得る存在です。
彼らに好かれた商品や企業が一般生活者に影響を与えると同じように、彼らに嫌われた、バカにされた商品や企業も等しく一般生活者に影響を与える。

先の例に上げたように、パソコンやビデオカメラのイノベーター、あるいは、ビデオで撮った動画をメールで送ろうとする、「遊び人間」や「ビジネスでのイノベーター」の反感を買ってしまったら・・・。

ソニーが企業イメージを築き上げたのと同じくらい強く、いや、それ以上に早くイメージダウンの雪崩現象が起きてしまう可能性を私は否定できません。
だって、信頼や信用を築くには何年もかかるのに、なくすのは一瞬だから。

マッチの火でも燃えさかる油の存在

それ以上に心配なことがあります。
ソニーはもはや業態から言えば、AV機器メーカーではありません。生命保険、家庭用ゲーム、音楽、映画、インターネット・プロバイダなどの事業に手を広げています。そして、今度は銀行まで作ってたしまったコングロマリット(複合企業)です。

しかし、それらのうち、1位になったのは家庭用ゲームのプレイステーションだけ。
私が日立の記事で指摘したように、トップの市場を持たない企業を「ミニ大企業」と呼び、ちょっとのことで地盤が弱くなり、赤字に陥る危険性があります。
ソニーはまだビデオカメラ市場やヘッドフォンステレオ市場ではトップです。従って、日立ほどもろくはありません。

しかし、新規事業への参入を次々と矢継ぎ早に果たし、それらが全部2位以下にしかならなかったらどうなるのか。
2つの市場でトップであっても、5つの市場にしか商品を投入していない時と、10の市場に手を出した時とでは企業基盤の弱さは明白です。

しかも、新規事業のスピードが早いということは、良質な人材が拡散してしまうことも意味しています。
いくらソニーの技術者が優秀であっても、企画屋さんが優秀であっても、人数には限度があります。
100人の優秀な人材を10の部門で分ければ10人づつですが、20の部門になってしまうと、5人に半減してしまう。残りの5人は二軍から選ばなければならない。

そして、極めて危険な兆候は、ほとんどすべての事業が「後追い参入」だということです。
ソニーは元々「今までにない商品を作る」ことで、成長してきました。そのノウハウは長年の蓄積がある。テープレコーダーしかり、ウォークマンしかり。

しかし、彼らが参入している家庭用ゲーム、携帯電話、携帯情報端末(ザウルスのような)、生命保険、映画製作はすべて「すでにある市場に入り込む」ものです。
せいぜいが、ネットバンキングが目新しい試みくらいです。

おもしろいことに企業というのは「新規参入の戦略が得意なところ」と「市場創造が得意なところ」の2つに分かれます。理想は「両方得意」ですが、なかなか二兎を追うことができない。
あれだけマーケティングがうまい大塚グループでも、結局、ネスカフェの缶コーヒーはものにできなかった。ポカリスエットもファイブミニも市場創造型の商品でしたが、ネスカフェの缶コーヒーは既存市場への新規参入だったからです。

ソニーは「市場創造型」で成長した会社です。決して「新規参入型」ではない。その強みが映画や携帯電話では生かせない。
従って、本来、ソニーのような「市場創造型」の企業は、その良さを活かす市場を創造するような事業でなければならないのに、後追いしかやっていない。
いつかどこかで空中分解しなければ良いのですが。

ソニーの本当の問題点は、このようにガソリンが漏れて周囲に充満した状態の時に、イノベーターが不満を持ち始め、そんな時に「限りなく(ソニーに有利な)誤解を招く」広告を作り始めたこと。

今までなら、ちょっと風が吹いたら消えてしまうような小さなマッチの火が、大火災に繋がるもろさを持つ企業。
それが現在のソニーです。

私の持ち物にソニー製品がないのは、その兆候なのかも知れませんし、単に私はソニーのターゲットではないだけなのかも知れません。

しかし、あのデジカメを熱く語るカメラ大好き小僧を見ていると、ああいう人間に支えられた企業は幸せだとつくづく思います。熱い「信者」ではなく、スマートだけどどこか冷めている「ファン」が数多いソニーは幸せなのでしょうか。
いや、私が口を挟むことはないですね、なんせ世界のソニーだもの。
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