■The Different Story of iMac  -iMacが示すもの【iMac】

MacSE

おもちゃのチャチャチャ

「おもちゃだ」
私の最初のマッキントッシュの印象です。
15年くらい前の話でしょうか。マックが発売された直後です。
私のその感覚は当時の人たちとはちょっと違っていたかも知れません。
今でこそ、マーケティング・コンサルタントですが、大学の専攻はコンピュータ工学(と経済学)。
アメリカで、当時最新鋭だった大型コンピュータIBM360という機械を使って、パンチカードにPL/I、FORTRAN、ALGOL等の言語でコンパイラや人工知能のプログラムを書いていた学生でした。

社会人になってからもTK-80というハンダゴテで組み立てるコンピュータを始め、アップルIIを会社で使い、PC-8001という最初の国産パソコンを、両親に借金しながら当時で100万円近くものこずかいを使い倒しました。月給手取りで9万円の頃です。
BASICという言語では遅いので、肝心な部分はアセンブラも使わず、いきなり16進数で機械語を書いてしまうという荒技をやっていたのが懐かしい若者でした。

上の10行くらいで「今回の記事はもう読むのを止めようか」と読者の皆さんに思われても不思議はない、完全な「マイコン・ヲタク」です。


あ、遠い目。すみません。
当時を懐かしんでいました(笑)

そのヲタクの目前にマックです。
「おもちゃ」以外の言葉が浮かんでこなかったのは、無理もないことだったのかも知れません。

その私が始めて本格的にマックに触れたのが13年前に外資系に転職したとき。マーケティング部門には1人1台のマックがあてがわれていました。
「げっ、何でおもちゃがこんなところにあるんだ」
気が重くなったのを今でも思い出します。
Macintosh SEという初期の頃のモデルです。

でも、私のマック評価が
「おもちゃ」から
「とんでもなく便利な文房具」
に変わるまで、そう長い時間はかかりませんでした。

今まで私は、周囲から3つの「ありがたい称号」をもらっていました。
「洋行帰り」、「パソコン・ヲタク」そして「マック使い」です。
3つとも「マイナーな、皆と強調できないイヤな奴のイメージ」です。
「洋行帰り」は「帰国子女」「バイリンガル」とイメージが良くなり、「ヲタク」は良い意味で使われ始めたのに、「マック使い」だけはマイナー・イメージのままでした。

そんなマックが始めてと言ってよい程、日本で表舞台に出ようとしています。
iMac の大ヒットです。
個人的には「唯一、お尻がきれいなパソコン」としてしか存在意義を認めたくありませんが、コンサルタントとしてはiMacの市場価値を認めざるを得ません。

今回はパソコン初心者がターゲット

戦車今までも読者の方々から「iMacを記事にして欲しい」という趣旨のメールをたくさん頂きました。しかし、読者のパソコンに対する知識や経験にかなりの差があります。
それらの人々が混在している状態で、どう記事を構成するのかを練るのに時間をかけていました。
しかも、iMacヒットの理由は?と聞かれて、へ理屈こねて視点を変えて新鮮味を出して時には専門用語でごまかして記事をでっちあげようとしても、さしもの私も

デザインがかっちょ良くって、安い割りに性能が良くって、おまけに初心者でもインターネットが3ステップでスタートできちゃう。
あ、あと、元々マックはちょっとクリエータっぽくっておしゃれだし、医者が使うアッパークラスのイメージがあるから

としか言いようがありません。
これではミーハー諸氏が黙って見逃すハズがありませんもの。

しかし、機は熟したようです。
iMacが大ヒットし、iBookが発表になったと思ったら、デザインが酷似しているウィンドウズマシンe-oneが投入され、注文に製造が追いつかない状態に。当然、アップルが日米で提訴。とうとう9月20日には東京地裁がe-oneの国内での製造・販売・輸入・展示禁止の仮処分を決定。そのため、ソーテックは色違いのe-oneを10月から投入することで、販売上の痛手を緩和。

一方で、一マックユーザーとしてはG4機の発表も重なり、PentiumIII 500MHz の2.5倍のスピードだとか、このスピードは「スーパーコンピュータ」の分類に入ってしまうので、共産圏への輸出制限に引っかかってしまうだとか、マニアの興味をいやがおうにも煽り立ててくれます。
今iMacの記事を買かないと、書くタイミングを逸してしまいそうな勢いです。

今回のテーマは「なぜiMacが売れたのか」という直接的な視点では新鮮味に欠けますので、そこは他の様々な人の分析をご参考ください。
その代わり、iMacにまつわるアップルの戦略の意味を中心に、iMacのヒットがパソコンにとってどういう意味を持つのかについてコンサルタントの見方をご紹介します。

記事の趣旨がふらつくのを避けるため、今回は読者のターゲットを絞りました。

「パソコン初心者でマーケティング初心者」

まさにiMacのユーザーをイメージしています。
読者の約半数を占めるコンピュータ関連従事者の方には申し訳ありませんが、iMacという商品の持つ特性上、読者ターゲットから外させていただきました。

アップル戦略の歴史

TシャツなぜiMacが売れたのか。
冒頭でお話した結論は嘘ではありません。
デザインが良くて、コストパフォーマンスが高くて、インターネットが簡単にできる。おまけに、そもそものマックのイメージが悪くない。

でも、今までデザインが良かったパソコンはなかったのか?(バイオを除きます)
コストパフォーマンスといっても、iMacより安いパソコンはあったのに、iMacほどの話題にならなかったのはなぜか?
インターネットが簡単にできるなんてどのメーカーも言っている。今更なぜそれが売れた理由になるのか?
マックのイメージは今までだって良かった。なぜiMacだけにそのイメージの良さが売れた理由になるのか?

そんな質問をしていくと、「売れた理由」は理由になっていないことがわかります。

直接、その説明をするのでは面白くありません。
マックの戦略史を簡単に振り返ってみながら、考えてみましょう。

マッキントッシュはアップル社3番目のパソコンです。
1978年に創始者スティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズの「スティーブ・コンビ」の自宅のガレージで産声を上げたアップルIIで、一躍大企業に成長したアップルの、幻の名作リサに次ぐ自信作でした。
当時のパソコン業界といえば、IBMがパソコン業界に参入。アップルがトップの座を奪われて久しい頃でした。「Welcome to Our Wold」という大々的な新聞広告で、IBMの参入を歓迎した余裕はどこへやら。アップルIIIも決定打にはならず、青息吐息の状態。

1985年、起死回生の一発としてマッキントッシュは世に出たのです。
マックの最大のセールス・ポイントが現在主流のGUI、つまり、アイコンとマウスを使ってパソコンを操作する方式です。コピー機の最大手ゼロックスのパロアルト研究所で研究されていた、次世代パソコンの操作方法を見よう見まねで作った代物ですが、これがまた良くできた子どもで使いやすい。

マックの生活者ニーズへの対応はGUI、これ1本でした。
(コピー&ペーストの概念も実はかなり画期的ですがここでは省きます)

メーカーの都合だったマックのデザイン

MacSE「え?マックのデザインは?あれは生活者ニーズじゃないの?」
といぶかる人もいるでしょう。実際、マック信者の中にはデザインポリシーをマックの魅力として上げる人も少なくないからです。
しかし、デザインはすべてアップルの「都合」から出たものです。生活者のニーズに応えたわけではありません。あえて言えば「機能美」です。

例えば、マウスで操作するには、フォルダなどの絵を画面に表示するため、従来の文字中心の方式の250倍ものメモリが必要です。しかし、当時はメモリの価格が高かったので、画面を小さくしモノクロにすることで対応するしかありませんでした。当時のCPUモトローラ68000が画面の絵を自由に制御するには非力だったというのも大きな理由です。大画面やカラーにすると表示が遅くなる。
モニタをあらかじめ一緒にしたのも、性能的に9インチの小さなモノクロモニタしか使えなかったために、ユーザーに選択肢を与えられなかったためです。

そうなると、マックのデザイン選択肢は限られてきます。
つまり、結果的にモニタ一体型で縦長のあのデザインが必然だったという訳です。
後は化粧直しでちょっと直線でアクセントをつけるだけ。

事実、姉貴分のリサはビジネス用途を強く意識したため、マックほどの割り切りがなく欲張りなパソコンでした。その結果、横型モニタ一体型ではあるものの、ハードディスクを標準装備にしたり、5インチのフロッピーを2基備えたりと、できるだけ当時のビジネスマシンに近づけようとしたのです。その反面、価格が高くスピードも遅いと散々な評価で、ほとんど売れませんでした。

マックはある意味生活者ニーズの大半を切り捨てて登場したのです。
そんな「限定された」機能しか持たないマックでしたが、逆にその中では他に比較できるものはありませんでした。マウスで操作するパソコンはマックしかなかったからです。他のパソコンは
「a:>dir b:/p」
といった「命令をキーボードから打ち込む」ことでしか、パソコンを操作できませんでしたから使い勝手の差は明らかです。

For the rest of us (取り残された、初心者である私たちのためのパソコン)

は操作が簡単であることを訴求するマックの見事なキャッチフレーズでしたが、細かく言えば、カラーでも大画面でもない、フロッピー1枚を取り替えることでシステムもデータもまかない、ハードディスクもない、極めて「低機能な」顧客を限定した商品でした。しかし、IBMの後塵を排した下位メーカー、アップルにとって、それは典型的な成功戦略なのです。

リサがなんでもかんでも取り入れようとして中途半端だった三洋電機だとすれば、マックは若者だけに的をしぼった昔のホンダのようなものです。1位にはなれませんが、確実にファンが作れます。

技術制限がなくなるとデザインもなくなった

アイコンその後、「一生、砂糖水を売り続けるのがイヤになった」元ペプシのスカリーが社長に就任。創業者ジョブズを追い出し、推し進めたマックの戦略も大正解でした。ジョブズが表向き嫌がっていた拡張性 (大画面のカラーモニタに繋げられることや外部ハードディスクを繋げられること) を高め、一般市場はもちろん、ビジネス市場にも対応できる商品を開発したのです。

これは、本来マックが技術的にできなかったことを実現しただけです。
CPUが高速になり、メモリも大容量のものが安くなり、ハードディスクも繋げられ、技術的な問題も少なくなった。ようやく、GUI以外の点で生活者のニーズに対応できるようになった訳です。

すると、デザインも制約がなくなります。普通のパソコンのように弁当箱スタイルのマックが出回り、一時期はモニタ一体型のマックがラインアップから消えてしまうということすら起きてしまいます。
IIciやQuadra700といった名機が生まれたのがこの頃です。1992年頃。

アップルの業績はスカリー時代に躍進しました。
当然です。今まで仕方なく切り捨てていた部分を1つ1つ拾い上げたのですから。そして、対抗すべきPC陣営はまだきちんとしたGUIを実現できなかったのですから、一人勝ちです。
一方のデザインは、弁当箱マックが主流。オリジナルの一体型デザインは一定の需要しかありません。デザインが生活者ニーズではないことを証明したような結果です。

アップルの失敗その1:流通戦略

息を吹き返したアップルは次のステップで失策を犯すことになります。
流通戦略とコミュニケーション戦略のミスです。そして、おまけとしてマイクロソフトの造反。ここでは紙面の都合上、ビルゲイツがいかに優れたマーケターであるかという3番目の話は省略します。

アップルはマックをIBMに占拠されたビジネス市場に何とかして食い込みたいと商品を用意し、ソフトを揃えようとしました。しかし、結果は売上げアップに貢献したものの、ほとんど食い込めない。個人市場では一時期25%のシェアを取ったこともありましたが、市場規模が数倍も大きい一般ビジネス市場では5%がやっと。
企業向けの流通網をきちんと揃えていなかったからです。

そして、企業ではシビアな保守・メンテナンスが必要です。
パソコンは電脳市場のSurfrider氏も指摘しているように半完成品です。本来ならば、商品として店頭に並ぶことすら、恥だと思わなければいけない欠陥品です。
新品のパソコンでフリーズして動かなくなるのは、パソコンの世界ではバグや「商品の仕様」ですが、新品のビデオ・デッキで録画できなくなるのは「故障」といいます。また、同じ機種すべてに発生する場合は「欠陥品」と呼ばれ、回収や全品修理しないと二度とそのメーカーの製品は買ってくれなくなります。
でもパソコンは堂々と売られている。

企業が使う機械にとって、故障は業務に支障をきたし、場合によっては売上損失の原因ともなりかねません。だから、何かがあったときにかけつけてくれる代理店が必要です。アップルはここに力を入れませんでした。いいものを作れば売れると思っていた。

ビジネス市場に中々入り込めないマックが足踏みしているうちに、ウィンドウズが出現しました。マック以外のパソコンで、マックと同じようにマウスでパソコンを操るものです。勝てるわけはありません。
「マックの方が10年も進んでいるし、使いやすい」などとマックユーザーがいくら声高に主張しても通用する訳がありません。だって、似たようなものが今まで使っていたパソコンで使えるのです。何10万円も支払うことなく、です。

第一、使ったこともないマックの使いやすさをことばで表現しようとしたって、実感が沸きません。百聞は一見にしかず、の原則です。
最近の例では、携帯電話とPHSがあります。PHSの方が実際はより音質や繋がり度合いが良いのに、携帯電話ユーザーは逆だと思っている。
日経トレンディ9月号での特集の実験でもはっきり分かるとおり、音質は圧倒的にPHSの方がクリアです。cdmaOneなどとは比べ物になりません。また、繋がり具合もPHSの方が上です。私自身、仕事の関係で両方持っていましたので、身を持ってそれを感じています。
げに恐ろしきは思い込みなりけり、です。

いや、それ以上に「マックってさ、一太郎、使えるの?」と聞かれたら最後です。彼が「使い慣れている」のが最も使いやすいものです。そして、彼が使い慣れているのはファイルの保存やコピーの機能ではなく、漢字変換や文章のコピーやインデントの操作方法です。
パソコン・ユーザーの大半にとって、90%の使用率があるワープロで字が打てて、文章が今までと同じように作れる。これが一番大事なのです。

そろばんに慣れている人がなかなか電卓を使わなかったのも、電卓に慣れている人がなかなかパソコンを使わなかったのも、彼らにとって「新しいことを覚えるのは、効率が下がる、つまり使い勝手が悪くなる」からです。

加えて、はた目にはマックもウィンドウズも違いはない。ウィンドウズは従来から使っていたMS-DOSマシンにWindowsという名前のソフトを入れ替えるだけ。一方のマックは機械も買わなければならない。しかも、サポートをきっちりしてくれる代理店も少ないし力がない。
マックに勝ち目がないのは火を見るよりも明らかです。

アップルの失敗その2:コミュニケーション戦略

MACPower2つ目のコミュニケーション戦略のミスとは何か。
簡単です。
いうべきことを言っていなかった。その一言で充分です。
ウィンドウズ95が発売されたとき、一般誌いや女性誌ですら特集を組み、いかにウィンドウズが使いやすいかを大々的に訴求していました。マックユーザーがじたんだを踏んだのは、あたかも、ウィンドウズしかできない機能、あるいはウィンドウズがマックより先に実現したような伝われ方をしたからです。

実は、マイクロソフトは真剣にマスメディアに記事にするよう働きかけました。努力の結晶なのです。でもアップルはそんなことをしたこともない。下手をすると記事にするための機材貸し出しすら、断ることがあります。
私は他のマックファンのように「マイクロソフトはずるい」等と言うつもりはさらさらありません。マーケティングの世界では、「言ったもの勝ち」だからです。言わなかったほうが悪いのです。

最近も、アサヒビールが鮮度管理や環境問題に対する工場の取り組みをテレビの広告にして訴求していましたが、キリンの方が対応が早かったのが「事実」でした。でも、キリンが後から言ったところで「言い訳」にしか聞こえません。

もうひとつ。
アップルには信者、ユーザーズ・グループというマックを支える生活者グループがたくさんいました。彼らは無償でマックにまつわる情報提供やソフトの公開、マックの普及などに力を注いできました。確かに初期の頃にはそれらの団体や個人に対してアップルは補助金や情報の提供を惜しまず、良好な関係を結んでいました。

しかし、アップルは彼らの好意に甘えて、「無料のセールスマン」として利用することしか頭にありませんでした。熱狂的な信者に任せておけば、広告や公報活動に金を支払う必要はない。株主のための利益として残しておけば良い。

この甘えが「1999年」のような「ゲージツ的な」イメージ広告(皮肉です。念のため)を作って、悦に入っていたマスタベーションの体質を生んだのです。ちなみに、「1999年」は女性がハンマーを持って壁をぶち壊すというだけのテレビ広告です。マックの「マ」の字も、パソコンの「パ」の字もない。イメージ「だけ」の広告です。

【注】「アップル1999年CM」(2013年7月5日追記)

アップルの広告部は元々こういう体質を持っています。
日本で最初にアップルが作った1979年頃(なんと20年前です)の広告も、観音様がリンゴを持っているだけのイメージ広告です。結局、喜んでいるのはアップルの上層部と「かっちょいい広告を作った」(これも皮肉です。念のため(笑))担当者と担当クリエータだけです。

今のiMacのワルツで踊る広告も好みは別にして、単なる無駄遣いです。3ステップでインターネットに繋がるという内容の広告のほうが数百倍も優れています。まだまだ金をかけなければいけない部分はたくさんあるのです。
その結果、数年前のアップルの企業イメージ調査で最大の項目が「二流」。
働かざる者、食うべからず。You don’t deserve it. です。

【注】iMac「3ステップ編」(2013年7月5日追記)

iMacが売れた理由

OS9ようやくiMacにたどりつきました。
2年前の1997年。ジョン・スカリーに追い出されたアップルの創始者の1人、スティーブ・ジョブズが暫定社長としてアップルに戻りました。
この頃のアップルと言えば、ウィンドウズ95の余波をもろに受けて、10%以上ものシェアを持っていたのが、3~4%にまで下がっていた頃です。

ジョブズがまずやったこと。それは、要するにリストラです。彼が「余計だ」と判断したものは技術であれ、人であれ、全部切り捨てました。イエスマンしか置かないジョブズらしいやり方ですが、実際、利益が改善され健康体になったのです。古くからのユーザーはごちゃごちゃと文句を言ったものの、下位メーカーとして正解のやり方です。

また、スカリーの失敗だったビジネス市場へのこだわりも一旦捨ててしまいます。
後日、復活させるのですが、それは、一般ビジネスではなくデザインや印刷などの「保守点検」よりも「作業の軽減」や「使いやすさ(=作品などの納期の短縮)」を優先する市場です。流通戦略が一般ユーザーと同じようなものであっても、比較的不利にならない分野です。もちろん、元々マックが強かった分野でもあります。

そんな勢いの中でのiMacです。
元祖マックの再来とも言われる特徴的なデザインをひっさげての登場です。
iMacのデザインは完全に「感性美」です。機能美ではありません。必然性はない。
iMacの最大の特徴はデザイン。そして、実は驚くほどのコストパフォーマンスです。

デザインとインターネット接続の容易さは主に初心者に受けた要素です。
一方、コストパフォーマンスは中級者以上に受けた要素です。

実は、iMacは、すぐ後に発売されたデスクトップ(青白マックと呼ばれるG3マシン)が出揃うまでの数カ月間、事実上、最高スペックでした。拡張性に目をつぶれば、最速マシンが最も安く手に入ったのです。改良して性能が上がった新型ポルシェを99万8千円で発売するようなものです。まったく掟破りの戦略でした。

ちなみに、参考までにお話ししておけば、マック信者はパソコン・ユーザーの中では独特の価値観を持っています。
古い旧式のモデル(場合によっては動かない)を「ヴィンテージ・マック」と称して、部屋に飾るだけのために中古屋から買うなどという行為は、クルマ等のコレクターでは当たり前の光景ですが、パソコンでは極めて異例です。
ウィンドウズやDOSユーザーでは有り得ない光景です。

デザインが良いので売れた、という事実が示すもの

ライフサイクルさて、ここで変だな、と気がつきます。
今までデザインが良いという理由で売れたパソコンはありませんでした。いや、正確に言えばソニーのバイオがデザインで売れた第1号ですが、iMacとほぼ同時期なので、一緒にして良いでしょう。

デザインだけでいえば、PCの世界でもオリベッティがイタリアンデザインを大胆に取り入れて、デザイン性はかなり良かったはずです。でも、悲しいかな、誰も話題にしてくれませんでした。デザインの善し悪しは別にすれば、リサだって、マック自体だって、デザインが特徴のパソコンだったのです。NECが当時PC-9800シリーズで、マックのデザインを真似て作ったものの、まったく売れなかった「前科」もあります。

それが、今、なぜデザインが騒がれるのでしょうか。
結論から言います。
デザインが売れる理由になるということは、その産業が成熟期に入り始めていることの兆候です。そして、成熟期には成熟期の戦略があるということです。

まず、生活者が根本的に違います。
「マウスを回してください」とインストラクターが指示すると、マウスを宙に浮かして回す、プリンタを買ったのだけど同梱しているCD-ROMを挿入する穴がプリンタにないと苦情を言う。一見、笑い話ですし、数が少ないと思われていますが、そういう人たちがすでにパソコン市場を量的に支えはじめているということなのです。

クルマで説明しましょう。
坂道を登るのにアクセルをいくら踏んでもトロトロとしか走らないクルマの頃は、デザインが良くても売れません。
しかし、どんな車でも坂道が楽に上れるような性能を持ち始めると、次に使い勝手が求められます。そして、オートマチックが普及しはじめ、どの車でも運転ができるようになると、最後にデザインへ関心が行くのです。

今は「かわいい」の一言で月々3万円の買物として、例えばプジョーが20代女性に売れてしまう。排気量も知らない。彼女にとって1800ccと2000ccはどうでもいい違いです。きちんと「走って曲がって止まれ」ばいい。欲を言えば運転しやすいほうがいいし、室内も静かな方がいいけどプジョーだってそんなに悪くはない。でもデザインは絶対に好きなものの方がいい。

バイオに端を発した最近のデザインで売れるパソコンの出現は、そういう意味でパソコンの1つの時代が終焉したことを教えてくれます。
今までのやり方は通用しなくなります。
今までのイノベーター、オピニオンリーダーと呼ばれる人たちが効力を失いつつあります。エバンジェリストやパソコンのマニアに聞いても初心者にとっては参考にならなくなります。

「CPUの周波数が100MHzも違うんだよ」
「ベンチマークテストでは10%も早いんだよ」
なんてまったく意味がありません。
そんなアドバイスをもらったって、チンプンカンプン。
でも、彼らにデザインの好き嫌いははっきりと分かるのです。

事実、iMacや青白マックには今まで付き物だった「8500/180」というCPUの周波数のエンブレムはなくなっています。従来なら「iMac/275」「iMac/350」とあるべきものが、「iMac」の文字しかボディにはないのです。

ポケットボードをCPUの種類やスピードを気にして買っている生活者はいません。
パソコンの売り方、売れ方、いや作り方そのものが変わらなければならないのです。
iMacのヒットは「デザインがかっちょいいパソコンが売れる」というよりも、もっともっと大事なことを教えてくれます。

パソコンの競合

「ポケットボードがパソコンの競合だ」というと怪訝な顔をされます。
「携帯電話やPHSがパソコンの驚異だ」と言ったら、「バカなことをいうものじゃない」と叱られたことがありました。
説明が面倒なので「パソコンは雑誌『じゃまーる』や写真・カメラに駆逐されるかも知れない」等とは思っていても口が裂けても言わないようにしてきました。

これらはまったく根拠がない訳ではありません。
デザインで買われることが成熟期の兆候だとお話しました。
実は成熟期の最大の条件は普及率が70%を超えることなのに、パソコンの所有率は20%にも満たない水準です。どちらかが間違っているのでしょうか。
こういう例を見て、「成熟期という理論が間違っている」「パソコンは特殊なのだ」と結論づけたがる方がいます。

しかし、コンサルタントは逆の発想をします。
パソコンの普及率が20%しかないのに、70%の普及率と同じ現象が起きている。すると、差し引き50%は一体どこに隠れているのだろうかと考えます。つまり、一旦、「理論は正しい」と仮定して、自分の気がつかなかったことがあるかどうかを探るのです。自分の努力不足を他人の責任にするのでは、プロとして恥をかくだけです。

そうすると見えてきました。
メールを主役とするコミュニケーション分野です。
メーカーやメディアはパソコンを売ろうとする余り、インターネットができる、メールができる、メールがきっかけで恋が芽生える等々、パソコンをコミュニケーション・ツールとして位置づけてきました。戦略としてこれはこれで間違いではありません。

でも、そのおかげで、今まで競争相手でなかったものまで引き入れてしまいました。
ポケベル文化に端を発する「ショートメール文化」です。
携帯電話やPHSのかなりの情報使用量がショートメールで占められています。
そんな中で、ポケットボードが人気を博しました。ドコモの開発者自ら発言しているように、ポケベルの進化系がポケットボードなのです。

すると、ニーズを持っている人たちにとってパソコンは「多機能で高級なポケットボード(ショートメール)」として写っても不思議はありません。事実、パソコンを買う最大の理由がインターネット、しかも電子メールという層が出現しています。彼女たちはインターネット・プロバイダに加入しても、ほとんどホームページは見たことがありません。電子メールが中心です。

これは何ら不思議なことではありません。
一時期のBMWは、車として買われたのではなく「ナンパ」の道具として買われました。だから、当時の選択としてはBMWを買うか、アルマーニのスーツを新着して全日空ホテルと高級フランスレストランとを予約するか、というレベルで考えられていました。
そうなると、パソコンの普及率にメール(ショートメール等)、そして職場でのメール経験を足し上げると、ぴったり70%くらいになってしまうのです。

じゃまーるやショートメール等の「コミュニケーション・ツール」はインターネットに取り込まれると思われていますが、万が一そうであったとしても、パソコンの立場はどうなるのか。メールを含むインターネットのコンテンツさえあれば生活者は満足なわけですから、パソコンを買う必要がなくなる可能性は否定できません。

だって、パソコンは雑誌の「紙」と同じレベルでしかないことになるからです。
大事なのは情報であり、それを「表示する」のは、雑誌では「紙とインク」ですが、インターネットでは「パソコン」だからです。

パソコンが終焉を迎える

携帯をかける女性「パソコンの競合はワープロだ。せめて、キーボードに変換・無変換キーを入れたものを装備すべきだ。できないならオプションで用意せよ」
とあるパソコン・メーカーに提案したら、
「ワープロが競合なんて、あり得ない。バカにするな」
と叱られたことがありました。
…11年前のことです。

コンサルタントとして駆け出しで、クライアントを説得する技術がまだなかった頃でしたので、私の提案の戦略自体は評価が高かったものの、そのことは受け入れてもらえませんでした。
今でこそ当たり前のことですが、当時は「非常識」だったのです。
この発想は先ほど説明した、「理論的にはあってはならないことの理由を探していたら発見できた結論」でした。

iMacが示すもの。
それは、パソコンのパソコンとしての終焉です。
さぁ、これからおもしろくなりそうです。
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