電子マネーの本格実験が始まった
現在、東京渋谷で電子マネーの大かがりな実験が行われています。
VISAカードが主体となって行うもので、10万人の世界最大規模の実験と言われています。
この実験を取り上げたメディアは賛否両論です。失敗するというもの、成功するというもの、皆それぞれに理由を挙げています。
いずれにしても、結果が楽しみです。
読者諸兄には、この実験の情報は他のメディアを参考にして頂くことにして話を進めますが、1つだけこの記事に関係するものをお話しします。電子マネーのタイプです。
今回の電子マネーにはリローダブル型とプリペイド型があります。
リローダブル型はそのICカードにお金を振り込むものです。銀行のATMのような機械で手続きを取れば何回でも使えます。「電子サイフ」です。
一方のプリペイド型は普通のテレホンカードと同じ。使い切ったらそれでおしまいです。
さて、この電子マネー、本来はかなり便利なものです。
1円単位でも使えるので、コインをポケットでジャジャラさせなくて良いし、第一、コインケースが不要です。また、財布やコインケースからコインを探さなくてもカード一発で支払いができてしまう。
コンビニや駅の券売機の前で、金額がわかってからバッグから財布をおもむろに出すような、自分勝手で他の客の迷惑をも省みない失礼な客がいても、イライラしません。待ち時間が大幅に減るからです。
(実際は、ICカード決済は店頭での決済に予想以上の時間がかかるという声がすでに届いています)
興味はあるけど、めんどくさい電子マネーカード
しかし、私の第一印象は
です。
ここでいう「カード」とは、テレホンカードに代表されるプリペイドカードを指します。私の財布にはクレジットカードや銀行カードなど、硬いプラスチックのカードが6枚収納されています。
それに加えて、プリペイドカードが以下の3枚入っています。
●テレホンカード
●イオ・カード(JR)
●メトロカード(地下鉄)
この「3枚」にもう1枚増えるかと思うとゾッとするのです。目的のカードを探すのに苦労するのはもういい。ごめんです。
「えっ?」と思われる読者もおられるでしょう。
6枚のクレジットカードは気にしないのに、その半分の数のプリペイドカードがなぜ気になるのか。
枚数こそ半分ですが、クレジットカードとプリペイドカードでは使用頻度が圧倒的に違います。
イオ・カード等の鉄道系プリペイドカードは、クライアントや実査会社等との打ち合わせのために使用します。また、街を観察する定点観測にも利用します。だから、1週間に3日外出し、1日で2ケ所回るとすると、月に48回も使用する計算です。
一方のクレジットカードやバンクカードは1週間に1回程度しか使いません。だから、1ケ月に4回。実にプリペイドカードの12分の1です。
結局、プリペイドカードで気になることが1回でもあると、クレジットカードの12倍も不満がつのることになるのです。
だから憂鬱なのです。
年間500回の強制ゲーム
では、一体何が不満なのか。
カードのデザインです。
たった3枚とはいえ、プリペイド・カードはみんな似たデザインです。財布をごそごそと探さないと目的のものが見つかりません。
これが面倒極まりないのです。
元々、私がイオ・カード等の鉄道系カードを愛用しているのが、
からです。歩きながらカードを取りだし、歩行スピードのまま改札機をくぐる。これが、私の得られるベネフィット(得すること)です。
使いもしないのに事前にお金を払うのは、その見返りとして
からです。いや、もっと突っ込んで言えば、
のが鉄道系カードを使うベネフィットです。
しかし、デザインが類似しているために、改札機の前で止まり、財布をごそごそやらなければならなりません。これは、私の得られる本来のベネフィットを減少させることはあっても、増加させることは一切ありません。
このページで少々遊んでみました。
プリペイドカードを文頭からここまでにを写真カットとして使いました。つまり次の質問の正解はもう皆さん目にしています。
さて、名前を消した左の3枚のカードは次のうちどれでしょう。
●JRのイオ・カード
●地下鉄のメトロ・カード
●テレホンカード
こんなクイズを私は月間48回もやらなければなりません。
年間で500回、過去10年で5,000回…
望んでもいないクイズの強要回数です。
デザインの判別性とは
上の3枚は、せめてもの私の抵抗です。イオ・カードは電車のデザイン、メトロカードは花や鳥、テレホンカードはそれ以外というように、極力デザインテーマを分けるようにしています。
それでも、効果は微々たるものです。
と言われそうですね。
こうやって3枚を並べると、間違いようがない程まったく別のデザインに見えます。
ところが、
●モノのデザインは写真だけではない
ために、屋外で歩きながら判別しようとすると、かなり大胆な違いがないと、探しているカードを判別できないのです。
試しに、この3枚のうち、イオカードを写真ではなくロゴデザインだけのものに差し替えてみましょう。電車の写真だけのデザインより、もっとはっきりと違いが出てきたのがわかります。
使用後 | 使用前 |
ちなみに、「背景とともに小刻みに揺れる」のは「ノイズ」と呼ばれます。
要するに周囲の背景にデザインが溶け込んでしまって、目立たなくなる度合いです。
人間は0.2秒で対象物が何かを判断し、次の0.2秒で無視するか、もっと細かく見るかの判断をします。スーパーやコンビニの商品の陳列棚に、私たちは無意識ながらも素早く目を配っているのです。周囲が揺れていたり(自分が歩いているからですが)、周囲と溶け込んで目立たないデザインでは、その短い瞬間に判断をするのが不可能になります。従って、0.4秒以上の時間をかけて目的物の確認をしなければなりません。
もちろん人間は意識的に0.4秒の確認をするわけではありません。表層意識には、それが「モタモタした」「イライラする」という症状になって表れてくるのです。
その、瞬間の判別を極限まで支援するために使われるのが、「シンボル化」「シンプル化」というテクニックです。要するに、デザインを丸や四角等の単純な形の組み合わせで構成することです。
例えば、左の図を見てください。
これはたばこのキャビンのロゴ(商品名をデザイン化したもの)ですが、左の写真は「CABIN」の文字がむき出しになったままです。一方、右のロゴは同じキャビンですが、斜めの赤いラインが「CABIN」の文字を包んでいます。
むき出しのロゴは、それぞれの文字の外枠が複雑ですが、デザイン化されたロゴはデザインとしてのパーツは斜めの赤が外枠なので単純です。瞬時に判別するには、圧倒的に右のロゴが有利だということがわかります。
シンボル化すると、デザインを覚えやすくなるというメリットも出てきます。
例えば、一時期流行った「具が大きいレトルト・カレー」競争ですが、小林念持の広告が気に入ってスーパーで買おうと思っても、ハウスのカレーだったか、S&Bだったか、大塚だったかデザインを覚えていなかったというような経験が誰でもあると思います。
せっかく商品の良さが伝わっても、デザインが分かりにくい、覚えにくいというだけで、みすみす売上を逃してしまうほど悔しいことはありません。シンボル化はそれを防ぎます。
デザインの解説は今回はほどほどにしておきましょう。
ここでの締めくくりとして、デザイン評価に大切な要素を簡単な説明とともにリストアップします。
●視認性
パッと見てわかるかどうか。陳列棚の他の商品と区別かつくか。
●記憶性
覚えやすいか。
●連想性
商品の中身やコンセプト、セールスポイントなどが連想できるか。
サントリーの飲料、CCレモンは黄色がベースだから良いのですが、レモンなのに真っ赤なデザインだったら、買う気がしません。
●嗜好性
デザインの好き嫌い。
生活者感覚がずれたマーケティングはマーケティングではない
本当はJRもこのことを知っているはずなのです。
その証拠に、一度に数百人ものカードを瞬時に判別しなければならない部署を以前持っていたではありませんか。
改札です。そして、カードとは定期券です。
定期券のデザインは、必要なことが大きくきちんと書かれています。それは、ラッシュ時にサッと通り抜ける乗客に不正がないかを、瞬時にチェックするために必要だからです。
それなのに、「マーケティング」や「顧客満足」の名のもとに、何故わけのわからない写真を使うようになったのでしょうか。
生活者感覚がスポンと抜けてしまうからです。「人間が使う」という言葉や視点ではなく「消費者が使う」という視点でしかものを見ないからです。
例えば、百貨店が良い例です。
彼らは最初は「自分が欲しいものが客も欲しいハズだ」と思いこんで、売場に立ちます。でも、自分なら到底買わないような趣味の家具、自分なら手が出せないような高価な置物が飛ぶように売れるのを間近に見てしまいます。
「自分が欲しいものでなくても売れる」いや「自分が欲しいもの以外の方が売れる」と思いこんでしまいます。生活者感覚がその時点で麻痺してしまうのです。
でも、その売場や個人にとっては日常風景で売上も稼げるものであっても、百貨店全体から見れば数%の構成比です。たいした比率ではありません。
かくして、そういう社員が集まり、できあがって見ると百貨店は生活者ニーズからはずれまくった店ができあがります。
「客に近い現場が正しい」は盲信してはいけません。
たかが1枚のカードにこれだけの自衛策が必要な理由
カードの話に戻りましょう。
今、私はマジックで「イオ」や「メトロ」と大書しようと本気で思っています。デザインのカッコ悪さ等、無意味なクイズの前では大した問題ではありません。
実は以前、私のクレジットカードも個人カードと法人カードが同じデザインだったので、分かりずらいものでした。それで、法人カードにマジックで大きく「C」と大書したことがありました。大変便利だったのですが、磁気ストライプの裏側に書いてしまったので、磁気データが読めないトラブルが続出したのには閉口しました。
花や電車のデザインでそれぞれを区別するのも、結局対処療法に過ぎません。
そのカードはいつかは使い切ってしまうのですから。そして、次もイオ・カードは電車、メトロカードは花のデザインが入手できるとは限らないのです(実はイオ・カードの写真バージョンは現在、ほとんど電車の絵柄になっていますが、そうでないものも多くあります)。
だからといって、電車デザインのイオ・カードをいちいち探して回るほど暇ではありません。第一、プリペイドカードの目的が「時間節約」なのに、使いやすいデザインを探して回る行為なんて、本末転倒以外の何者でもないではありませんか。
結局、目的のデザインのカードが売られていなかった場合には、できるだけ少額のカードを買うことにしています。早く使い切ってコンセプトに合うカードを買うチャンスを増やす。これも、ささやかな自衛策です。
また、同じデザインのカードを大量に買い込むこともあります。
特に、イオ・カードの固定デザイン(ロゴで構成されているデザイン)が見つかったときには、平家の財宝を発見したかのごとく、嬉々として数万円単位で買い込むはめになります。
でも、こんなラッキーな状況は半年に1回あれば良いほうでしょうか。固定デザインのカードに遭遇するのはダイヤモンドの鉱脈を発見するより難しいのです。本当のことを言えば、固定デザインのカードは例えば山手線高田馬場駅で常時売られているのを確認しています。が、そこに偶然ですら訪れるのは2年に1回。わざわざ、買いに行こうとすると往復2時間近くを無駄にしなければなりません。
生活者の自衛策が与えるメーカーへのデメリット
私の自衛策はJRやNTTにとってデメリットなのは間違いありません。
1,000円のカードでも5,000円のカードでも製造コストは同じ。つまり、少額カードほど利益率が少なくなるのは自明の理です。
私といえば、ちゃんとしたデザインさえ売ってくれれば、たとえ5,000円だろうが1万円だろうが、できるだけ高額のカードを買います。買い替え頻度が少なくてすむので、その時間が節約できます。また、同じデザインのカードを長く使えるから、わかりやすいという副次効果も得られます。でも、自衛策のために1,000円のカードしか買わないことも度々あるのです。
つまり、「たかがデザイン」のために、私のケースではJRは利益率が大幅に減少していることになるのです。
次に、競合です。
今はテレホンカードはNTTの公衆電話しか使えません。
でも、もし万が一、東京電話やKDDが新しい公衆電話サービスを始め、テレホンカードを作り、その理便性(私の行動範囲にある電話機の数)が変わらず、固定デザインのカードを発行したとしましょう。私は間違いなく東京電話に乗り移ることを約束します。
いや、私の場合、競合によるNTTの被害はすでに始まっています。
事実、第2電電の公衆電話を見つけたら、迷わず使います。テレホンカードではなく、クレジットカードが使えるからです。
また、公衆電話がずらりと並んでいるのに、私は自分のPHSを使います。電話帳にある番号がワンタッチ・ボタンで呼び出せるメリットがあるからです。つまり、財布からテレホンカードを探し出さなければならないという、憂鬱な気分にならないで済むのです。
ちなみに、横にいる人に聞かれてしまう等の不快感がない、話ながらでもホームに移動できる等は私にとって、PHSのベネフィットではありません。
すでに、テレホンカードのデザインが原因でNTT公衆電話事業部は、私に限って言えば競合に侵食されているのです。
マーケティングの押しつけは迷惑だ
プリペイドカードといえばテレホンカードしかなかった頃は問題はありませんでした。
デザインがころころ変わろうが何しようが、
「電話用といえばペラペラのカード」
という公式が私の頭の中で成り立っていたからです。
また、イオ・カードも発売当初は「I」と「O」のアルファベットをデザイン化した固定デザインが必ず見つかりました。目の前にある改札機や電話機のために、どのカードが必要かという情報が一瞬で把握できたのです。
が、今は分けのわからない押しつけのレンタルポジの写真や観光広告のデザインしか売っていません。なんと一方的な「マーケティングの押しつけ」でしょうか。
これを企画した人間は机上の空論だけでマーケティングを弄んでいると断言します。
それは、我々プロの敵でもあります。
こんなものがマーケティングと言われた日には、反論どころか、「すみません。仲間が訳のわからないことをしでかしまして…」と謝ってしまいそうです。
恐らく、NTTやJRはカードのデザイン調査を実施せず、担当者の独断でデザインを採用しているのでしょう。
デザインを決めるたびに調査経費を計上していたら、コストが合わないからです。
百歩譲って、万が一デザイン調査を実施していたとしましょう。その場合でも恐らく「どのデザインが『好き』ですか」という単純な質問しかしていないと断言します。
デザイン「だけ」を見れば、味気のない「I」と「O」のアルファベットのロゴより、かわいい子犬の写真のほうが良いに決まっています。アンケートで「好きか?」と聞かれれば私だって「yes」と答えます。
かくして、私の回答は「子犬のデザインにニーズがある」という証明のデータに使用されるのです。私にはそんなニーズなんて微塵のかけらもないのに…
そう。「買うか?」と聞かれると私の場合は「absolutely NO!!(絶対にイヤ)」です。
私のような人間が少数派なら構いません。私自身、「見切りが大事です」とターゲット以外の層をバサバサ切り捨てる提案をすることもあるからです。
でも、もしそれが少数派でなければ、無視できない話であることは間違いありません。
ベネフィットのプラス・マイナス
さて、電子マネーの話でした。
私はプリペイド型に興味があるのですが、どうにも使う気になれません。
冒頭でお話したように、またぞろ訳のわからないカード・デザインに付き合う気にはならないからです。
いや、別な言い方をしましょう。
電子マネーの「小銭を探す必要がない」というベネフィットは、「カードを探す必要がある」という阻害要因で差し引きゼロになってしまいます。
もとい、電子マネーのおかげで、今まで使っていた鉄道系等のプリペイド・カードを探すのに、今まで以上に手間がかかります。トータルでいえば電子カードを新しく導入することは私にとってマイナス・ベネフィットです。
デザインの本来の機能は「ものの意味を伝えること」
デザインという代物が本来の役目を失いかけています。
●単体で見ればそこそこなのだが、店頭の棚ではノイズのために死んでいるデザイン(特にスーパー、コンビニ商材)。
●生活者にとって意味もなくパッケージ・リニューアルをするブランド(これもスーパー、コンビニ商材)。
●英語標記なのでかっこいいけど、何をしてくれるのかがわからないボタン(AV機器、自動車)。
●1年半くらいでころころとデザインが変わるけど、結局、「どのメーカーでもいいや」と生活者に思われてしまい、自分の首をしめているデザイン(音楽用やビデオなどの磁気テープ)。
かっこいいデザインは確かに重要です。それだけで、商品の売れ行きが変わるのもつぶさに見てきています。
でも、「テレホンカードしかなかった時代はよかったが、カードが増えてくると困った」という指摘に思い当たる節がありませんか。
「商品が少ない、作れば売れる時期はよかったが、商品が溢れるくらい増えてくると(似たようなデザインは)困ったものだ」と言い換えたらいかがでしょう?
という企業も多く存在します。
そういう方には、別な言い方をしましょう。
●「昔、エリマキトカゲの広告が大ヒットしましたし、広告の賞まで取りましたけど、あれは、何の広告でした?」
「えっと、自動車だったよね。トヨタスターレットだったっけ?」
そもそも、デザイン
とは
sign(記号)
つまり、
なのです。
それができないデザインは、デザインとしての機能をもはや果たしません。単なる飾りものであり、うっとうしいだけのものに成り下がる可能性すらあります。
かっこいいデザインとは、その機能があって初めて評価されるべきものなのです。
デザインの機能を見直す良い時期
ただでさえ、現在のデザイン業界は構造不況です。
マッキントッシュの導入によって、プロのデザイナーによるデザイン品質は一気に下がってしまいました。また、単価も数分の一になり、デザイナーよりも単価の安い、マック・オペレーターとも言える専門学校生上がりの経験のないデザイナーが主流になりつつあります。その中で、良心的なデザイン会社やデザイナーは存在すら危うい状態です。
「デザインの善し悪し」の判断基準がプロにしかわからない世界になってしまったからというのも原因です。でも、クライアントを含めて、かっこ良さのみを追い求めてきたツケが回ってきたのも大きな一因です。
でも、それは対岸の火事ではありません。
生活者にとって、その商品のデザインはプロが作ろうが、マックで3年前に作成した不採用作品の使い回しだろうが、そんなことはどうでも良いからです。
あなたの会社の商品デザインは本当に大丈夫ですか?