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【参考記事-弊社メルマガより抜粋】
商品開発企画プロセスの現場
【原題】サルにもわかる商品開発【商品開発】 2001.9.15

今回は商品開発のお話です。
大人気のテレビ番組「プロジェクトX」は熱い人間模様を描いた良質なドキュメンタリーですが、私はそこまで筆が上手ではないので、現場の泥臭さいっぱいの商品開発ストーリーをお送りします。

短い前フリ

突然ですが、今日は、ちょっとストレートに商品開発のお話をしましょう。
いつもの前置きがないのは、本文が長くなってしまったからです (笑)

今日のテーマは「企業はどうやって商品開発をするのか」です。
一般の人たちにとって、商品開発というのはどこかブラックボックス的なところがあります。

何となく、アイデアがひらめいて、チョコチョコっとやれば商品ができあがる。
あるいは、商品開発は技術者や研究者などの苦闘の番組やルポが多いので、研究所が一生懸命やっているイメージもあります。

しかし、実際の商品開発は技術者だけでなく、商品開発担当者の汗と涙の結晶という側面もあります。
今日は、ここをクローズアップしてみようというわけです。

企業の商品開発担当者の読者なら、当たり前のことが並んでいるかも知れませんが、このメルマガは「初心者向け」なので、ご勘弁下さい。

もっとも、日常の実務の中で忘れている「基本」をおさらいするのも、また良いのかも知れません。
私のメルマガでは教科書に書いてあるようなことを書いてもつまらないので、できるだけ泥臭い現場の視点を入れるようにしました。

商品開発の目標

商品開発の目標とは一体、何なのでしょうか。

「売れる商品を作ること」

そのとおりです。
しかし、商品開発の現場で、もっともっと正確に言えば、

「『売れるとあらかじめ分かっている』商品を作ること」です。

この違いは何か。
自分たちが作っている商品は売れるかどうかなんて、100%分かっている訳ではありません。最後は市場に出してみないと分からない。
メーカーの商品開発部で数10銘柄の新製品を手がけた経験からの、私の本音です。

新製品が実際に店頭に並ぶ直前は地獄です。
頭の中は反省や後悔で一杯でした。

「あの時の、デザインの判断はあれで良かったのだろうか」
「味は、もうちょっとはっきりさせた方が良かったのではないか」
「広告のあのシーンは、あれで良かったのか。代理店の提案の方が効果的だったのではないか。いや、私の判断が正しいのだ」

結婚式直前まで迷ってしまう「マリッジブルー」の花嫁のように(そんなかわいいものではないですが (笑))、ギリギリまで悩むのが商品開発というものです。

「血のションベンが出て一人前」

などと、乱暴な言葉がその大企業では言われていましたが、本当に真っ赤な尿が出てきた時はびっくりしました。
が、何となく「ああ、俺も一人前かぁ」とつぶいた自分がおかしかったのを覚えています。

それでも、支社や営業所に堂々と胸を張って

「この商品は、これだけ売れます。だから、きっちりと商談して下さい」

と檄を飛ばすことができたのは、私がはったりをかますのがうまいからではありません。

新製品発売までの過程で、様々なデータがそう語ってくれていたからです。自分が手がけた新製品の実績が予想どおりだった過去があったからです。

正直いえば、いくつかに1つは予想を大きく外れました。
予想より売れなかった場合は、倉庫に山と積まれた現物を目の当たりにして、真っ青になった経験があります。

予想より売れたら喜べるかというと、とんでもありません。
工場への緊急増産指示、営業マンからの苦情対応、各種欠品対策、そして、品物がないときの生活者の反応の変化への恐れ(要するに、欲しい時に商品がないと、その後、増産しても存在を忘れて買ってくれなくなる)。

真っ正直にいえば、売れ残りよりも売れすぎの方が心臓に悪いのです。「嬉しい悲鳴」は端から見た方々の言葉です。「身を削るような思いや恐怖と闘う時の悲鳴」が本音中の本音です。

売れ残りと売れすぎ。そのどちらもイヤです。
でも、最後の最後は出してみないと分からない。
だからこそ、開発途中での正確な売れの把握が必要なのです。

「売れる商品を作る」

のではなく

「売れるとあらかじめわかっている商品を作る」

のは、そういう意味です。

これは、別な言い方をすれば、勝つかどうかが分からないケンカをするか、勝つケンカしかしないかの違いです。

勝てないケンカを延々とやっていると、

●社員の志気に関わります。志気が下がると勝てるケンカも勝てなくなる企業体質になってしまいます。
●スーパーや販売店から相手にされなくなります。これも勝てるケンカも勝てなくなる要因のひとつです。
●生活者から期待されなくなります。「ここの会社の商品はまたぞろ、しょうもないものしか出さないんだろうな」と思われます。
人間に例えてください。「どうせ、こいつ(同僚や部下社員)は大したことをしないだろう」と思われてしまうと、せっかく良いことを言っても信用されなくなるのと同じなのです。

私は、商品開発の様々な準備を、お祭りの射的になぞらえることが多くあります。
素人さんはピストルのように短銃で、カウンターに直立して的を狙います。
しかし、私たちのようなプロは銃身の長いライフルを使い、かつ、カウンターから身を乗り出して、的を狙うのです。

もちろん、ライフルを使ったからといって、百発百中とは限りません。しかも、ピストルのプロならばセミプロのライフルよりも的に当たる確率は高いかも知れません。
しかし、腕が同じなら、ピストルとライフルのどちらが的に当たりやすいかは一目瞭然です。

「確実にヒットすること」は、ライフルを使って身を乗り出すことです。
しかし、ヒット商品に恵まれない企業は、ライフルの存在を知らず、一生懸命、ピストルで撃とうとしている。
それだけの違いです。

具体的にそのライフルとは何なのか。
それが、マーケティング理論や調査手法、そして最後の砦、担当者の熱意なのです。

商品開発の実際

教科書的なお話をしてもつまらないので、ここで、架空の登場人物を紹介しましょう。
和田くんです。
彼は、マーケティングのプロではありませんが、以前在籍していた会社で商品開発部門の中堅として、様々な商品を世に出していました。

運の良いことに、和田くんがいた頃の会社では「第2の創業」という旗頭の元、商品開発予算は青天井でした。金は湯水のごとく使えた。

そこで、彼は普段ならできない様々な試みをしてきました。
成功例もたくさんありましたが、失敗も多かったものです。もちろん、それらは1つ1つが彼の血となり、肉となったのは言うまでもありません。
例えば、

●グループインタビュー(座談会形式で生活者の意見を聞く調査手法)の司会がつまらないので、関西からお笑い芸人を連れてきたのはいいが、出席者が笑ってしまい、調査にならなかったという失敗。
●商品アイデアを文字や絵で表現するのでは、ビジュアル世代の生活者には合わないという理由で、アイデアをすべてイメージビデオにした。
そこまでは良かったが、出演モデルやカメラマン、演出家を広告のプロに頼んだので、とんでもない金額(1億円近く)がかかってしまった。

その甲斐あって(?)、彼の商品開発に関するノウハウは下手なプロよりも充実していたのです。
その彼が転職したのが外資系のペットフード会社です。

ブランドマネジャーとして、担当商品の商品開発から販売促進、広告制作まですべてを面倒見なければならない立場です。
転職直後、副社長から、彼の経歴を見込んで新商品開発の命が下されました。

張り切った和田くんは、まず、過去のデータを洗い出し、市場数字で把握します。
いくつかの数字を計算し直し、再分析をすると、いわゆる「ニーズの穴」が見つかりました。生活者のニーズはあるのに、自社も競合企業も存在に気がつかない空白スポットです。

アイデアが成功の70%を占める

そこで、新製品のアイデアを考え出せるだけ出してみました。
ニーズの穴に関するものだけでなく、自由に発想したアイデアも含みます。
友人たちにポケットマネーで食事をご馳走する約束で頼んだ案を含め、都合200案のアイデアをまとめます。
表現形式は簡単です。商品のタイトルと2〜3行の大雑把な説明文だけ。

ふと気がつくと、先輩のブランドマネジャーたちは3〜5個のアイデアを後生大事に抱えているだけです。確かにひとつひとつの案は細部まで考えられています。企画案には図なども豊富ですし、背景となるデータもばっちり揃えられています。

最初、和田くんはそれらの案は豊富な数の中から絞り込んだものだとばかり思っていました。しかし、彼らの案は、その時の和田くんと同じく、自分たちで考えたものから一歩も進んでいないのでした。
もちろん、それまでに彼らが考えた新製品アイデアの数は、その3〜5個だけ。

和田くんは一瞬、頭がクラクラしてきました。
彼は自分の経験から、新商品は200〜300個のアイデアから、商品化できるのは良くて10〜20個くらいであることを知っていたからです。場合によっては、5〜6個しか商品にする価値がないことだってあるのです。

だから、アイデアの数はあればあるだけ良いのです。
アイデアを細かく作り込むのは絞り込んだ後の話です。
和田くんはとりあえず黙って、自分の作業を進めることにしました。

次のステップは200の「一言アイデア」を数個に絞り込むことです。
自分たちで選ぶのでは、判断基準が偏って危険です。そこで、簡単なアンケート調査をすることにしました。

先輩に聞くと「簡単なアンケートなら、インターネットでやっていますよ」とアドバイスをもらいました。しかし、和田くんはネットのアンケートは危険だと常々思っています。

ペットフードは、ペットを飼っていなければ意味がありません。しかし、ペットオーナーの比率は猫で6%、犬で10%くらいです。しかも、ペットを飼う人たちはブリーダーを含めて、ネット普及率が低い地方や郊外に住んでいる人が多いのが実状です。
しかも、ペットに食事を与える役目は、同じくネット普及率が低い主婦が圧倒的に多い。

すると、インターネットの実質的な普及率がまだ20%程度の現在では、ネット調査では、特殊なペットオーナーしか回答してくれなくなります。
事実、よくよく先輩たちのネット調査データを見ると、圧倒的に体重が5kg以下の「超小型犬」の比率が一般データよりも高いのです。いわゆる都会在住の座敷犬オーナーが回答しているのです。

そんな特殊なデータを元に商品開発の判断をするほど、和田くんはお気楽ではありません。
幸いなことに、調査予算はたくさんあります。
彼は、旧知の調査会社に声をかけて、早速、自分の商品アイデアについての生活者の意見を吸い上げる調査をすることにしました。

さすがに、200個のアイデアを一度にアンケートにかけるわけにはいきません。
アンケート調査に2時間もかかるようなら、途中でイヤになっていい加減な答えをされてしまうのがオチだからです。

そこで、和田くんは手持ちの200案のうち、120案をアンケートに載せることにしました。
「さすがに、これは売れないだろう」という削除対象80案のピックアップです。

しかし、これがなかなか神経を使う作業です。
というのも、過去に「これは売れないだろう」と彼が思った商品アイデアが大ヒットを飛ばした経験が何回もあったからです。

「和田くんね、プロっていうのは『売れる商品』が分かるのは当たり前だよね。
でも、『売れない商品』はその何倍も簡単に分かるものなんだよ」

コンサルタントで、先輩の森さんの言葉をふと思い出しますが、そうは言っても始まりません。断腸の思いで80個を削ります。

調査票の設計そのものは簡単です。
差異性と優位性を5段階評価で取るだけです。
「かなり好き、やや好き、どちらともいえない、やや嫌い、かなり嫌い」のようにです。
それを120回繰り返してもらう。

絞り込んだアイデアを練り込む

3週間後、結果が上がってきました。
合格点に達したのがそのうち14個。12%の合格率です。まずまずの成績です。
ポケットマネーをはたいただけの成果は上がったようです。
いずれにしても、最終的に商品開発に必要なアイデアは数個ですので、目的は十分に達成しました。

さて、次にその14個の中から、アイデアの細部を練り込むものをピックアップします。
当然ですが、差異性と優位性の両方が高いものが売れ筋ですから、これを5つ合格とします。

優位性が低くて差異性が高いものは、一歩間違えると「変わった商品」「ヲタク向け」になってしまいますが、インパクトが強いために(差異性が強いということは、他に類を見ないという意味ですから)、意外な大ヒットを飛ばす可能性も残されている商品です。
要するに「ちょっと遊びを入れてみる」という感覚です。それを3つピックアップ。

アイデアを練り込むのは和田くん個人の感覚です。ウンウンと唸りながら、「あーだ、こーだ」と、内容の栄養素、容量、価格などの商品規格や「この商品を買ったら、こんなにいいことがあります」というベネフィット(商品のキャッチフレーズのようなもの)などの必要なことがらを作り上げていきます。

さて、商品名と2〜3行のアイデアだったものが、A4版1〜2ページの商品企画書に昇格するのに、2週間かかりませんでした。彼はペットフード業界では新参者なので、過去のデータを読み込みながらの作業でした。数年の経験を積めば半分の期間で作り上げることでしょう。

さて、次にしなければならないことは、練り込んだ商品概要を生活者に評価してもらうことです。ただし、今回は「どこが気に入ったか」「どこが不満か」を聞きたいので、アンケート調査ではなく、座談会形式の調査(グループインタビュー、略してグルイン)にかけることにしました。

1グループ6人の出席者で、4グループ集めます。
集める人たちは犬の体重別と、ターゲットかそうでないかの組み合わせで選びます。
例えば、こんな感じです。

●超小型犬(体重5kg以下)オーナーで、ターゲット
●超小型犬(体重5kg以下)オーナーで、非ターゲット

1つのグループに、チワワのような小さな犬と、セントバーナードのような大きな犬の飼い主が一緒のグループにすると、意見がバラバラでまとまりにくくなってしまいます。
そうなると、分析するのも大変な作業です。第一、出席者が互いに遠慮して、本音を話してくれなくなります。

この傾向は主婦と女子学生を一緒のグループにしたり、男女を1つのグループに入れたりした場合にも起こります。それぞれが牽制し合うことは確実ですが、さらにケンカをし始めることもあります。

「こんにちわ。私は司会者の八木と申します。これから2時間、よろしくお願いいたします」

マジックミラーの裏から和田くんはそれぞれの案が誉められたり、けなされたりするのを、じっくりと観察し、メモを取ります。

出席者たちは次々と自分の意見を司会者に披露し、司会者は巧みに深く知りたい部分を突っ込んでいきます。
生活者が意見をいう場面はやはり説得力があります。最近、テレビで「ダブ」という化粧石鹸の広告が流れていましたが、あれは多分、本当の座談会のシーンを使ったのでしょう。

テレビ広告の素材にまでは使わないにせよ、グルインをビデオに撮ったものを、スーパーなどの販売店向けの紹介ビデオで使うなんてことは良くあります。
会社の幹部の説得用に編集することも、広く採用されている方法です。

さて、数日で結果が出ました。
元々の商品アイデアは評価が高いので、全体的に好意的な意見が多いのは当然ですが、それでも和田くんが作り込んだ部分で、改善点がたくさん見つかりました。

和田くんは、いつものクセで、調査会社から提出された報告書をそのまま鵜呑みにするのではなく、自分が出席して感じたことを加味して、報告書を読み込みます。そのため、グルインは必ず出席するようにしています。
彼は、商品開発をチームで進める場合、「クルイン欠席者に発言権なし」と命令を下すほどの調査現場主義者なのです。

さてさて、これでアイデアが完璧に近くなりました。
ここまでの段階で正確にできれば、70%は成功したようなものです。

だめ押しで、改善した案をまたまたアンケート調査にかけます。これは、改善案がきちんと受け入れられるかどうかを確認するだけではなく、実際に新商品を発売した時の需要予測のデータにも使います。
商品化する前に、工場設備や原材料調達を担当する部署に、あらかじめ準備してもらうためです。

さて、2回目のアンケート調査で、絞り込んだアイデアのほとんどが、現在、中堅どころで売れている商品よりも売れることが分かりました。そのうち、3つは大ヒットの可能性すら出てきました。
こうなると、和田くんはワクワクしてきます。

ふと、先輩たちを見ていると、ここまで緻密に調査で検証していません。
安上がりなグルインを2〜3グループ実施しておしまい。まったく調査をしないで、次のステップの味づくりやデザイン制作に移ってしまうことも多々あるようでした。
先輩たちは「まどろっこしいことをやっているね」と言いながらも、興味津々で和田くんの作業を観察しています。

デザイナーの人選で50%は成功を約束される

ここまで来たら、後は簡単です。
実際に味を作るテストキッチン部隊に味作りの条件を指示し、ネーミングを考え、デザイナーにデザイン試作案を作ってもらうだけです。

ネーミングは知り合いのコピーライターに頼みますが、やはり知り合いの素人のブレインにも依頼します。アルバイトで、1案あたり500円の約束で、とにかくたくさんの数を出してもらいます。
100案出してもらっても5万円で済んでしまう。
彼女たちは「良いアルバイト」として喜んでくれますし、和田くんも案がたくさん出てくるので助かるという利点があります。

コピーライターのプロは安心感のあるネーミング案を持ってきてくれますが、こじんまりとまとまってしまうのが欠点です。素人さんは、どうしようもない案も多いですが、キラッと光る案が出てくるケースも多いので、無視できません。
今までの経験では、プロ対素人は50対50の採用率でした。

ネーミングもアンケート調査で決めます。
好き・嫌いや覚えやすい・覚えにくいは当然ですが、和田くんが一番気にするのが自由意見です。
そこにはこんな質問をします。

「この名前を聞いて、思い浮かべる『ヒト』『コト』『モノ』をなんでも書いて下さい」

そこにある商品名や曲名、はたまたどこかの専門用語が、新しい商品のイメージに反するかどうかをチェックするのが目的です。
例えば、あるペットフードのネーミング案が、香水に似た名前だったとしましょう。すると、その香水を知っている人にとって、新商品は「香水臭い」イメージを持ってしまう可能性があるので、採用できない。

ネーミングが決まったら、次はデザイン開発です。
デザイン開発で最も大事なのは、「誰(デザイナー)を選ぶか」です。
次に大事なのは「どう指示するか」です。

パッケージデザイナーに限らずクリエーターは、いくら器用な人でも「自分の世界」というものを持っています。
パステルカラーを器用に扱うデザイナー、インパクトのあるものが得意なデザイナー、空白をかなり効果的に操るデザイナーなど様々です。

使う側、つまりメーカー側は、商品アイデアをベースにして、どんな世界を表現して欲しいかを考えて、デザイナーを決めることが大切です。デザイナーの人選さえ間違えなければ、デザイン開発の50%は成功したようなものです。

人選の構成ですが、予算がある場合は複数のデザイナーに依頼します。コンペ形式です。
その場合、3人を目安にします。
2人は確実な世界を持っている安全パイ。1人は毛色の違ったデザイナーで、意外なヒットを狙います。

今回、和田くんは一般のパッケージデザイナー2人、建築設計を専門としているデザイナー1人にデザイン案を依頼しました。もちろん、全員ペットを飼っています。
和田くんがふと先輩を見渡すと、著名とされるデザイナーを使うか、デザイン料金20万円といった安上がりのデザイナーを使っています。

デザイナーというのは感性の商売です。
大御所と呼ばれる人たちは、名声だけでやっているようなもので、一概に良い選択とは言えない傾向があります。
かといって、まったくの新人デザイナーでは、ギャラは安いかも知れませんが、感性はあってもテクニックが未熟なので、力を入れた商品には使いにくい。

30代のバリバリ活躍しているデザイナーで、かつ、ギャラの高い大人気でないデザイナーをどれだけうまく発掘できるか。デザイナー人選の妙味でもあります。

デザイン指示は広くても狭くてもいけない

さて、人選がうまく行けば50%は成功したようなモノですが、30%を占めるものがあります。
オリエンテーション資料です。
デザイナーに対する指示です。
デザインというのは商品の説明を簡単にして「はい、お願いね」では、案は出てきますが「良い案」が出てくるとは限りません。

「はい、お願いね」では360度、全方向を検討した上でいくつかのデザイン案を作るから、「広く、浅く」の姿勢になる。
美容院に行って「今日はどうしましょ?」と聞かれて「まかせるよ」というのと同じ。任せられた方は却ってやりにくい。

従って「こういう方向でデザインしてね。あっ、でも、この方向はないから、検討しなくてもいいよ」とデザイナーが考える方向を絞ってあげる必要があります。

ただ、この指示が細かすぎるとデザイナーは自由度がなくなって、やりにくい。
美容師に「このサイドの髪は何センチにして、前髪はこう残して、んで後ろはああして、こうして」と言うようなモノです。

そのバランスを取るのがオリエンテーションで最も難しい部分です。
デザイナーへ指示するのはそれなりに経験を積んだ人で、かつデザイナーの気持ちや思考方法が分かる人でないといけないのです。

和田くんが自分で指示をすることもできますが、今回は大事を取って、知り合いのデザイナーに依頼しました。いわゆる「ディレクション」業務です。彼は和田くんの目の代わりになってくれるというわけです。

コンペが終わり、1人3案づつ、合計9案提出されました。
これを調査にかけます。
アンケート調査とグルイン、どちらを先に実施してもかまいませんが、和田くんは今回はアンケート調査を先にしたようです。
まず、アンケートで2案に絞り、グルインで修正点を上げてもらう方法です。

さて、デザインのアンケート調査は、「会場調査」と呼ばれるものにします。
アイデア調査は、自宅にアンケート用紙を郵送して、回答してもらう方法でした。

しかし、デザイン案は1つづつしかありません。
ウルトラCでは、デザイン案をきちんと印刷して調査にかけるという方法もありますが、そんなにお金(印刷費用)をかけるのはよほどのことです。

そこで、渋谷、銀座などの繁華街や、世田谷公園などのペットを散歩させる場所で、飼い主たちにデザインを見せて、好き嫌いを回答してもらうのが最善の方法です。

先輩たちはペットショーなどのショー会場も調査会場としてよく使います。
しかし、和田くんは自身がペットオーナーなので、ペットショーに来ている人たちは、飼い主の中でもマニアックな人たちであることを知っています。
ショー会場にはブリーダーと呼ばれるプロも多い。だから、公園などの方が「普通の飼い主」に当たる確率か高くなります。

さて、一通りデザイン開発が終わりました。
さすがに、建築デザイナーの案は通りませんでしたが、良いところまで行きました。次の商品開発では勘所を掴んでくれるので、もしかしたら採用デザインを出してくれるかも知れません。

味覚調査だけは、さすがにノウハウあり

そんなこんなしているうちに、キッチンから犬の試食用試作品ができあがったとの知らせ。
早速、調査です。
試食は、さすがに転職先の会社にノウハウがありましたので、それを利用させてもらいます。

今回、超小型犬から中型犬用のフードなので、調査会社にその条件を出して契約家庭に調査員を派遣してもらいます。
一定時間内に、自社商品と競合他社の商品のどちらをたくさん食べてくれたか。これが判定基準です。

もちろん、飼い主に「どちらを喜んだか」を聞くことも忘れません。ペットオーナーは「犬の喜び方」は分かるものです。いや、もし、それが「分かるつもりになっていた」としても、犬の好みが同じ商品なら、喜んで食べているように「見える」方を選ぶのは自明の理です。
ペットフードというのは、意外に「人間相手のビジネス」というわけです。

さてさて、この段階でスタートから約6か月かかりました。
先輩たちを見ていると、スタート時期が同じなのに、和田くんの半分も進んでいません。
ネーミングやデザイン案の修正に手間取ったり、アイデアそのものが途中で飼い主たちに批判されたりしているうちに、どんどん市場の投入タイミングを失っているようでした。

中には、競合が似たような商品を出してきたので、慌てて、検討不足のまま、商品開発を急がされているブランドマネジャーもいます。
調査などするヒマがないから、できあがったデザインを知り合いに見せて、決めるという荒技で、何とか急場をしのごうと必死です。

テストキッチンから試作品が上がってくるスピードはほとんど変わらないので、純粋に手際の良さの問題です。
しかも、先輩たちが1つ1つの調査を安く上げようとしているのに、やり直しが多いので、結局、合計金額では和田くんと大差ありません。
となると、スピードが速い分、和田くんのやり方の方が圧倒的に有利というわけです。

どんな人が商品開発担当者に向くのか

商品開発担当者はこんな風に新製品に取り組んでいます。
(和田くんパターンか、先輩パターンかは別として)
最後に、「商品開発担当者に向いている資質」を2つだけご披露しましょう。

●新しい商品を作るのはワクワクして楽しいから

かなり個人的な動機ですが、意外に最も成功する商品が輩出されるきっかけです。
これは商品開発部やマーケティング部といった事務系のスタッフだけでなく、研究開発などの技術系スタッフにも共通します。

類似の動機に

「商品開発?そんなもん、技術者にとって『そこに山があるから登るんだ』です」

というのもあります。これはこれで、立派な姿勢でもありますし、成功のもうひとつのパターンです。

なぜ成功するのか。
商品開発は基本的には個人的な作業だからです。
「組織で動かなければならない」なんて建前といっていい。

商品開発には「何を作るか」と「どう作るか」の2つの側面があります。
「何を作るか」は個人的な作業で、「どう作るか」は組織的な作業です。そして、「何を作るか」が正しければ、70%は成功する商品が作ることができるのです。

●人を驚かせたいから

相手を驚かすには、相手の心理や驚かないこと(=普段の常識)の基準が分かっていなければなりません。
実はマーケティング思考と人を驚かすことはよく似ているのです。

もう想像がついたと思いますが、驚かすことと並行して笑わすことも根っこは同じです。
優れたお笑い芸人は、天性のマーケティング・マインドを持っているという訳です。

これをまとめてみると、「商品開発の個人的動機」は結局のところ、「人の生き方」や「仕事価値観」と同じだということがわかります。

「だから、何なんだ」と言われそうなので (笑)、言葉を続けると、「商品開発」とはとどのつまり、開発担当者と生活者のコミュニケーションだということです。

横文字を使わないようにすると、生活者と「お友達」や「お近づき」になれるかどうか。個人の視点ではそれが「成功する」商品開発のあり方ではないかと私は思っているのです。
でないと、最後は生活者にしっぺ返しを食らいます。「買わない」という最強の選択肢で。

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