「私はこう見る」でちょっと話題にしないうちに、ビール業界がおもしろいことになってきました。
1997年1月にアサヒが単月でトップのビールメーカーになってしまいました。
それを皮切りに「ドドッ」と音をたてるようにアサヒがキリンを攻勢。
単月だけでなく、毎月トップになる。
44年ぶりの珍事です。
かつてのガリバー、キリンの面影はなく、営業マンも士気が上がらない。ボロボロの状態でした。
そして、起死回生になったキリン淡麗<生>の大躍進。
アサヒビールへの反撃開始です。
それに対応して投入したのが、スーパードライ・スタイニー。
がっぷり4つに組んだ戦いが幕を開けています。
さて、ここまでが、一般的に新聞などで報道されている内容です。
「ビール戦争再び」という様相を示し、メディアは大喜び。色々な所で、色々な見方が飛び交っています。
そこで、「私はこう見る」では、この短い期間の歴史をマーケティング的にどう見るかを、主にアサヒビールに焦点を当ててお話をするのが今回のテーマです。
「キリン負けるな」「アサヒ頑張れ」というエールを送るつもりはまったくありません。淡々とマーケティングを語るだけです。
読者諸兄との共通認識のために、ビール業界の歴史をちょっと振り返ってみましょう。知っている方も多いとは思いますが、復習だと思って読んでください。
現在のビール会社のおおもとは、1949年にさかのぼります。
大日本麦酒という大きな会社です。これが、過度経済力集中排除法
(今でいう独占禁止法)で、「朝日麦酒」(現アサヒ) と「日本麦酒」(現サッポロ)
に分割されてしまいます。当時のシェアは朝日麦酒が36.1%、日本麦酒が38.7%、そして、キリンが25.3%。キリンがトップになったのが、1954年だから、実に40年強もの間、トップであり続けたのです。
が、サッポロとアサヒが大喧嘩している最中に、全国に工場と営業所を持つキリンが当時伸び盛りだった家庭用市場を中心に徐々にシェアを伸ばし、たった4年後の1954年、気がついたときにはキリンがトップメーカーになっていました。
この大喧嘩、かなり熾烈だったようで、西日本が地盤のアサヒが東日本に営業所を出すと、すかさず、近隣にサッポロが営業所を新設する。要するに足の引っ張り合いです。
その隙に、キリンという「とんび」が油揚げをさらったというわけです。
その間のアサヒのシェアの低落ぶりは「ナイアガラの滝のようだ」とCI当時の村井社長は表現しています。何せ、1949年には36.1%だったシェアが26年の間に13.5%にまで、下がり続けたのです。
さて、長い間低迷続けていたアサヒでした。
その間に社員の士気は低下するばかり。
要は「負け犬根性が染み付く」という現象です。
マーケティングの守備範囲ではありませんが、経営上はかなり大きな問題です。
結局、勢いづいたスーパードライにおっとり刀で各社が対抗商品を出したのが1年後の1987年。しかも、その直前にアサヒがサントリーに対して、パッケージデザインが似ているとして抗議文書を出し、デザイン変更を余儀なくされる、という「出鼻をくじかれた」格好でのスタートです。
「キリン生ビールドライ」「サントリードライ」「サッポロドライ」です。結果は各社大敗。アサヒが対前年比72%贈に対して、キリン5%減。
スーパードライ対抗ブランドの全滅後、各社、特にキリンは体制を大幅に変更します。
多ブランド戦略です。
1988年に「ラガー」「ファインピルスナー」「モルトドライ」「クール」「ファインドラフト」の6ブランドを一気に出したのです。
それまで、実質「キリンビール」1本で商売をしていたようなキリンです。そこに一気に6ブランドも初年度に投入。
さて、幸運にもラガーには攻勢を受けなかったアサヒですが、一番搾りのヒット、モルツなど他社の話題性のある商品の活躍、下手にイメージ広告に変更してしまった、などの結果、一時期売上が伸び悩みます。
4年前からアサヒは再び勢いを盛り返します。
第一の理由はイメージ広告から再び「挑戦」をコンセプトにした元気のある広告に変更したこと。そして、その勢いをかって現在のシリーズである「No.1」「すべてはお客様のうまいのために」等の規格訴求に戻したことです。
この時期、ちょっとシビアな企業ならラガーの息の根を止めたことでしょう。「アサヒラガー」。今となっては遅過ぎますが。
アサヒにとって、次の一手が打てないまま、無為に時間が過ぎていきます。
その時、サッポロとサントリーから新たな動きが生まれました。ご存じ、発泡酒です。「スーパーホップス」と「ドラフティー」。
税金が安いので価格が安い、というだけでビールと同じような味です。
これがヒット。
本来アサヒは守りの戦略として、発泡酒を出すべきです。が、頑なに差別化を守り、スーパードライ・スタイニーを発泡酒対抗として投入。
確かにスタイニーボトルはリサイクルという環境問題に配慮した視点といい、ビンが持つ「うまさ」のイメージと、少量というスーパードライのバリエーションと飲用機会を増やしたことといい、生活者の評価は極めて高い商品です。
これはこれでヒットするでしょう。
トップの経験がないアサヒと、2位の経験がないキリン。
マーケティングにはそれぞれに見合った戦略があります。
ビール業界はそれらの成功例と失敗例が短い間に凝縮しています。