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ジェットの大逆転劇【プリンタ】 2000.12.1

夢の技術が詰まった箱

カウンター越しの男に15万円が入った封筒から札束を抜き出して渡しました。
慣れた手つきで1万円札を数え終わった彼は、代わりに大きな段ボールを差し出します。

彼の後ろには段ボールが山と詰まれ、倉庫だか事務所だか分からない怪しい雰囲気が漂っていました。
でも、その段ボールには、私にとって夢のような未来技術が現実となって詰まっていたのです。

今から20年数年前の出来事です。
その場所は秋葉原にあり、今や関東電子と呼ばれる由緒正しき(?)パソコン周辺機器販売会社、そして未来技術の詰まった機械はSIDM(シリアル・インパクト・ドット・マトリクス)という技術を使ったエプソンのプリンタ、PK-80でした(型番は記憶の彼方ですが)。

当時、私が持っていたPC-8001というパソコンの名機と呼ばれたモデルは168,000円。プリンタはパソコンと同じくらいの高価な買い物でした。

もっとも、しばらくして買った144KB(メガバイトではありません。悪しからず)の「片面倍密度」の5インチフロッピードライブは328,000円でしたから、パソコン本体より周辺機器が高いのは当たり前の時代でした。

当時の私の手取りの給料が9万円台。
セットで100万円近い買い物は優に年収分の金が吹っ飛んでしまう代物でした。社会人に成り立ての24才の若者にとって、パソコンは趣味と言うにはあまりにも贅沢です。

それでも、私は満足でした。
最新技術に触れることができるというだけで胸が高まり、ワクワクしたものです。
私の年収を吸い取った鉄の塊で何をする訳でもありません。

だから、独身寮の経費計算プログラムや競馬予想プログラムを作っていました。
寮に協力したかった訳でもありませんし、競馬で金を儲けたかった訳でもない。
パソコンを触るための目的を探していただけです。

もっとも、私の競馬予想プログラムは図書館で集めた膨大なデータをベースにしたモデル式を作ったおかげで、確率72%と高く、パソコン投資金額のほとんどを回収してしまいましたが(笑)。

話がずれました。
今回のテーマは私の競馬予想プログラムの自慢話ではありません。
元に戻しましょう。

コンピュータは年々進化し、パソコンは心臓部に限っていえば、数年前の大型コンピュータと肩を並べるほどだと言われました。確かに、大型コンピュータの名機と言われるIBM-360を大学時代に使っていましたが、数年後のPC-8801というパソコンはそれを凌駕したと言われたことを思い出します。

しかし、パソコンと大型コンピュータの最大の違いは入出力機器の性能であるとも言われてきました。
パソコン用フロッピーディスクより大型コンピュータの記録テープのスピードは数10倍も早く、ラインプリンタと呼ばれる1行を一度に印刷してしまうプリンタはパソコン用プリンタより100倍も早い。

プリンタはパソコン本体と比べて物理的に動く部品が多く、飛躍的な技術進歩は実現しにくいという欠点があるので、仕方がないところもあります。
それでも、この20年、いやここ数年のプリンタの進化と普及には目を見張るものがあります。

マーケティング史に残る大逆転劇

そのどさくさの中で、大きな変化がありました。
一時期、家庭用プリンタで2位だったエプソンがダントツ1位のキャノンを押さえ、トップに躍り出たのです。
それだけではありません。今やエプソンはインクジェットプリンタの市場シェア50%を占めてガリバー企業になってしまったのです。

一般にはあまり知られていませんが、その逆転劇はキリンラガーに対するアサヒ・スーパードライやカメラ市場でのα-7000(ミノルタはすぐにトップをキャノンに取り替えされてしまいましたが)と同じくらいのインパクトがあったのです。
マーケティング史に残る隠れたドラマなのです。

その割に、プリンタ市場を真っ正面からとらえた記事はそう多くありません。
これを放っておく手はありません。
「私はこう見る」の格好のテーマとして有効に活用させていただきます。

そこで、今回はパソコンの名脇役ともいうべきプリンタをテーマとします。
前半を除き、できるだけ技術的な細かい話を避け、マーケティングや生活者をメインにしたつもりです。いつものとおり、気軽にご賞味ください

それからいつものように視点をちょっとだけ絞ります。

「かつての王者、キャノンは復活できるのか」

です。

特に、今年11月、キャノンは7年ぶりに(スペック上では)エプソンを越えた性能の新製品を市場に投入しました。今回の記事は年賀状シーズンを控えた時期に間に合うようにと書き上げたものです。

なお、この記事では正式名称「キヤノン(「ヤ」が大文字)」ではなく、一般的な呼び方である「キャノン(「ャ」が小文字)」で統一します。ご了承下さい。

【以下、小見出しと最初の段落のみをご紹介します】

プリンタの歴史は技術の歴史

まずはお約束のパソコン用プリンタ市場の歴史です。
それは長らく技術史でもありました。
パソコンは1979年から日本に姿を現しました。もちろん、プリンタも同時期(1978年12月)にエプソンから登場しています。

プリンタの主役、インクジェットの再(?)登場

ほぼ同時期にビジネス現場ではレーザープリンタが脚光を浴び初めます。1975年に最初に開発されましたが、しばらく高価な機械だったので、一般には普及しなかったものです。

滑り込みセーフのエプソン

これで打ち止めかと思った矢先でした。
エプソンはMJ-500というモデルでインクジェット市場への鮮烈再デビューを果たしたのです。滑り込みセーフという表現がぴったりでしょう。

「良いものを作れば売れた時代」からの転換

技術的な話が長くなってしまいました。
ここまでの話は一言にまとめると

「良いものを作れば売れた時代」

です。誰にでも分かりやすい性能の差。これが勝敗を決定づけた最大の原因です。

広告下手なプリンタ業界

もっともプリンタ業界は元々広告の上手な産業ではありません。
まじめな技術者集団ですから、どこか抜けていて憎めない。
例を出しましょう。

「おシンコもついてます」と言い出したエプソン

私たちコンサルタントは「部外者」ですが、企業が「迷い無く、一手を打つ」のか「無駄な動き」や「うろうろとうろたえている」かが分かるようになります。企業を見ていても、あたかも人間を見ているように見えてしまう。

耳かきサイズでプリント5秒

キャノンのちぐはぐな動きは私にはこう見えてしまいます。
最近、エプソンは目標を見失ってうろうろしている。
この状態は本当のところ、キャノンにとってチャンスだが、エプソンに追いつく(つまり、真似して追い越す)ことに慣れてしまい、自分の頭で考えることを忘れてしまった。
従って、エプソンがうろうろすれば、キャノンも釣られて迷うだけ。

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