私がアメリカで学生をしていた25年前のことです。
マッサージの看板がかかっている建物のドアをくぐり、店に入りました。
大学のコンピュータ工学科のレポート提出のため、平均睡眠時間3時間が3週間も続いたので、身体がガタガタになっていたからです。
大学近くの大都市であるノースキャロライナの首都ラーレイはたった20万人の人口です。そのマッサージ宿は中心街からちょっと離れた、周囲にはとうもろこし畑と大豆畑しかないような静かな場所にポツンと建っていました。
「指名はあるか」と聞かれてノーと答えると、入り口で10ドルを支払い、病院のような素っ気ないベッドがポツンと置いてある部屋に通されました。ノースキャロライナの田舎なので個室はだだっ広く、気持ちの良い空間でした。
そこに入ってきたのが栗毛の何だかド派手なおねえさん。
アメリカ人であることをさっ引いても、怪しげな雰囲気全開です。
昔のアクション・テレビ番組「チャーリーズ・エンジェル」のフェラ・フォーセットのような、「バリバリ・セクシーだぜ、にいちゃん」な女の人。
案の定、彼女は私を見て微笑んだと思ったら、服を脱ぎはじめてしまいました。
後で知ったことですが、当時、マッサージといえばエッチ系のマッサージを指すことばでした。
冷や汗ものです。
どおりで「マッサージをしてくれるところはないか?」と聞いたら、知り合いの近所のおじさんがニヤリと笑ったはずです。
ノースキャロライナ州は全米最大規模の空軍基地であるフィアッテビル市以外は、まじめなクリスチャンばかりが集まっている州です。アメリカ最初の州立大学やIBMの研究所がある通称「リサーチトライアングル」で有名な学究肌の南部です。日本でいえば教育県の長野のような地域。
そんな怪しい場所があるとはつゆ知らず入ったのが間違いの元でした。
では、欧米にはマッサージ治療院がないのか。
あるにはありますが、本来彼らの文化ではありません。スポーツマッサージなどの店がありますが、日本からの輸入文化をアレンジしたものと言っていい。
第一、英語には「肩が凝る」に相当する単語がないのです。
肩が「痛い」、肩の筋肉が張っているが最も近い表現。
マッサージは東洋の文化なのでした。
ということで(どういうこと? という突っ込みは禁じます (笑))、まず軽くマッサージの歴史をおさらいしてみましょう。
日本では長らく按摩(あんま)系マッサージが主流でした。
昭和時代に浪越徳治郎氏によって開発された指圧との違いは、指圧はツボを刺激するのに対して、按摩(あんま)系は筋肉そのものを揉みほぐすのが特徴です。ツボはあまり意識しません。
日本ではいつの頃にマッサージが普及したのかは私は知りませんが、少なくとも江戸時代には旅籠(はたご)を中心にかなり繁盛したようです。今でいうホテルと契約したマッサージ師のようなものです。
もっとも、現代のホテルとは異なり、按摩(あんま)が部屋を渡り歩き、注文を取るという営業を活発にしていたようです。
当時の旅行は歩き旅ですから、現代よりも按摩(あんま)のニーズは高かったことは容易に想像できます。旅人が宿に到着して、まずは足の筋肉疲れを治すための按摩(あんま)。次に風呂そして食事と酒だったというくらいです。
按摩(あんま)は映画でもおなじみの「座頭市」のように、目の不自由な人たちの仕事のイメージが強いですが、江戸時代では必ずしもそうではなかったようです。1849年の人別帳を見るとほとんど健常者だった記録が残っています。
また、日光や松坂では女性の按摩(あんま)も記録に残っています。
当時の女性の地位から考えると極めて珍しいことです。
戦後の日本になると一部、パンマ(パンパンマッサージ)という人たちが出現しましたが、これはあくまでも裏社会での話。
表舞台のマッサージ治療院は、針、灸と一緒の小資本経営がずっと主流でした。
そこに、1995年頃から始まった「15分マッサージ」の大ブレイクで、現在に至っています。
大きな変革がなく昔から私たちに身近な存在であるマッサージ業界ですが、その実状は意外に知られていません。
まだまだ「何となく胡散臭い」業界です。
今のところマーケティングとは無縁ですが、生活者のニーズという観点でいえば、これほど潜在性のある業界も珍しい存在です。
地味な産業ですが、ちょっと面白いので覗いてみました。
しかし、ただ漫然と見ていてもおもしろくないので、テーマを設定します。
アプローチはオーソドックスに以下のように進めてみましょう。
公表できるデータがないので、中身は定性情報(事実やインタビュー)の積み上げで考えていきます。
中級者以上の読者の方々にとっては、「仮説づくりの方法や視点の取り方」として読んでいただければ楽しく読めると思います。
では、今回の本題に入ることにしましょう。
第一の検討課題は「市場の潜在的な成長性があるか」の検証です。
私が記事のテーマに選んでいるのだから、あると思っているに決まっていますが (笑)、詳しく見ていきましょう。
潜在需要といえば、まず第一に頭に浮かぶのが「癒しの時代」という言葉です。
世の中、何でもかんでも「癒し」。
これさえあれば客が殺到するイメージすらあります。
「マッサージってどんなイメージですか?」
そんな質問を20代の若い人たちにすると、15分マッサージが一般化した7〜8年くらいまでは次のような回答がほとんどでした。
良いイメージよりも悪いイメージが圧倒的に強いのです。特に女性にその傾向が強いのが特徴的でした。
では、実際にマッサージを組み込んだサービス業の実例を見てみましょう。
その代表と言えばエステ、美容院です。
マッサージのせいで、それらサービス業のイメージまで悪くなってしまうのでしょうか。
いずれのケースでも、それぞれのサービス業が持つ本来の目的が良いイメージなら、マッサージが足を引っ張ることがないことが分かりました。
これは典型的な「食わず嫌い」の症状です。
「本当に食べたことがあって、形成された悪いイメージ」なら、多少のことでは悪いイメージが変わることはありません。しかし、「良く知らないけれど、連想するイメージが良くない場合(例えば、今回の場合だと、疲れたおじさんのイメージなど)は、悪いイメージといえども、やり方によってはすぐに良い方向に変化する」のです。
この実験は8年前に実施したものです。
そんな経験があったせいもあり、私はずっとマッサージ業界に注目していました。
どこで、誰がその壁を破るのだろうか。
周辺イメージを変えるか、一度体験させるか。そのどちらかあるいは両方をすることで、事態は一気に改善するはずだからです。
内装だけではなく、女性客に配慮した工夫も随所に見られるようになりました。
例えばマッサージ師に若い女性が多くなったこと。
これだけでも怪しげな雰囲気は一掃されます。
女性単独客のために、針や灸兼用の個室が設けられていることも工夫の現れのひとつ。
ただ、もう一方で、女性は大部屋で治療を受けるのは他の男性客に見られるのが恥ずかしい一方、個室に男性のマッサージ師と2人切りで閉じこめられるのも不安です。
ここで直接彼女たちに話を聞く前に、一般的な健康市場の生活者行動を整理してみましょう。
健康になるために、あるいは健康を維持するために何をするかという質問をベースに見ると、生活者の意識パターンがわかります。
具体的には次のグループが存在します。本業ではもう少し細かい分類をするのですが、メールマガジン用に単純化しました。
ここまで整理すると、生活者たちにインタビューをするまでもなく、マッサージ業界のボトルネックが簡単に察しがつきます。
まず、マッサージそのものが必要ない人たちがいます。
目一杯若くて元気ハツラツの人たち(宣言派)がその筆頭です。
「自助努力派」もマッサージには関心がない。