無料会員登録ボタン
歌え〜、水のようにぃ〜・・ごめんね(え?)【サントリー】 99.8.15

あやまってもらっても・・

最近、耳について離れない曲があります。

 歌え〜、水のようにぃ〜(ごめんね)
 歌え〜、果実のようにぃ〜(ごめんね)

私にとっては700万枚の記録を打ち立てた宇多田ヒカルよりも心地好いマイヒットです。セーラー服恐怖症の私でも気にならない、女子高生のきれいな合唱が郷愁すら誘います。

でも、この歌詞の後のカッコ書きの言葉は一体何なのでしょう。曲の一部として聞けば心地好いのですが、歌詞としてとらえると耳ざわりなだけです。
この異様な謝辞が商品名だったとわかるまで、随分時間がかかりました。

そう、ご存じサントリーの果汁飲料「ごめんね」のCMソングです。
人を食ったような商品名と、意味が良く分からないウサギのイラストのデザインの割には、飲み心地の良い飲料でした。

そして、実際の商品を飲んでみて初めて広告の意味がわかりました。
確かに、商品は今はやりのニアウォーター系のすっきりした味で、果実の酸味がさわやかさを強調します。味はピーチ、ぶどう、グレープフルーツのミックス。

商品を飲んで納得したということは、裏を返せば飲んでみなければ、何が何だかわからない広告です。
いや、ネーミングからして「ごめんね」という単語が商品の名前になること自体、不思議な感覚です。

その理由は後でゆっくりお話ししましょう。
今回は「商品にまつわる音」がテーマです。
商品には音がつきものです。
商品名はいうにおよばず、テレビ広告、実際に食べたり飲んだり使った時に出てくる音などです。
それらの音を大事にするかしないかで、商品の売れ行きが変わったり生活者の評価が変わることがあるから、バカにできません。

出だし、中間、巻末とサントリーごめんねの例を間欠的に上げますが、今回は脱線だらけの記事です。肩の力をいつも以上に抜いて読んでください。

聴覚は偉いのか

人間の語感の中で、音、つまり聴覚は低く見られがちです。
人間は外部情報のうち70%を視覚を通じて取り込むといわれるくらいですから、まず視覚が一番「偉い」感覚です。そして、特に日本人は弱い言われる嗅覚が最も鈍感とされます。
その中間で味覚、触覚そして聴覚が争奪戦を演じるわけです。

これら3つの感覚は直接的に比較されることは少ないのですが、味覚産業には飲料、食品、嗜好品など、様々な産業がひしめき合っており、音楽産業程度しか存在しない聴覚よりも消費規模が大きいのが特徴です。単純計算で味覚産業は15兆円。対する音楽産業は8,000億円。20分の1です。

かなり乱暴なもの言いをすれば、人間はより「偉いもの」により大きな価値を認め、その価値がお金に換算できるとするならば、味覚は聴覚より20倍も偉いのです。

一方の触覚は産業こそ少ないものの、人間で最も敏感な部分と言われ、聴覚の鈍感さより上位です。
同じように市場規模換算をすれば、触覚産業はセックス産業という強い味方がいるので、いきおい10兆円の水準にまで上がってしまいます。

では、本当に聴覚は嗅覚と並んで人間にとってランクの低い感覚なのでしょうか。
そこで、聴覚の持つ機能をちょっと考えてみました。

聴覚に関する最も有名な心理学理論に「カクテル効果」があります。
これは、人間には聞きたい音だけを拾う能力があることを示したものです。
カクテルパーティのようにザワザワうるさいところでも、相手の話していることはきちんと聞き取れる、というところからのネーミングです。

通常の人間なら気が狂いそうな騒音でも、例えば電車の高架下に住んでいる人たちにとっては、まったく気にならない「慣れ」もカクテル効果のひとつです。
聞きたい音だけでなく、聞きたくない音も遮断できる、つまり鈍感になれるのが聴覚です。
考えようによっては器用な能力ですが (笑)

ところが、それ以外にきちんと聴覚を研究した形跡がないのです。
いや、どこかで私が見落としているのでしょうが、「簡単には」見つけられません。
せいぜい「小ネタ」として、いくつかの心理学実験が見られる程度です。

その「小ネタ」に共通しているのは、聴覚は補足的にではあるものの、人間のイメージに大きく影響を与えるという結果です。
例えば、ある文章を読み上げて被験者に覚えてもらうときでも、音楽があった方が記憶されやすいことがわかっています。

また、こんな実験もあります。
男性被験者に10枚のヌード写真を渡します。そして、「興奮の度合いを測定する心理学の実験だ」と嘘をつき、測定用のコードを頭や身体に張りつけておきます。被験者は別な部屋にいる実験者からのマイクでヌード写真を見るように指示されます。
同時に、もう一つ嘘をついておきます。
「この測定機械はかなり老朽化しているので、あなたの鼓動がスピーカーから漏れてしまうかも知れませんが、それは気にしないように」

測定機械は実験には何の関係もありません。
本当の狙いは、スピーカーからはわざとテープに吹き込んでおいた鼓動を10枚の写真のうち何枚かをめくった時に流すことなのです。

偽りの実験が終わると、「お礼にこの中から好きな写真を持っていって良い」と写真を選ばせます。すると、わざと鼓動を流した写真を「気に入った写真」として持ち帰る人が圧倒的に多いことがわかりました。
実験者が流した鼓動を自分のものだと勘違いした被験者は、本当は心臓が高まってはいないはずなのに(鼓動を聞いているうちにその気になった人も含め)、自分がその写真を見て興奮したのだと思い込んでしまったというわけです。

この実験は本来「心理に影響するのは、理屈が先か肉体的な変化が先か」というテーマを証明するためになされたものですが、聴覚の持つイメージに対する影響を証明する実験としても有名です。

【以下、小見出しと最初の段落のみをご紹介します】

音を大事にする現場

実務社会でも聴覚はクラシック音楽の世界を除いて、きちんと系統だった研究がなされることは少ない分野です。せいぜい、「1/fのゆらぎ」の法則や、音薬効果として音楽を医療の現場に応用して治療することが一部の医師で研究されているにすぎません。

広告の音楽

ことほどさように、聴覚は補助的といえども重要な役目を果たす感覚です。
この感覚をなめてかかると、ろくなことはありません。

永谷園のお茶漬けとモノマネ広告

ちなみに、個人的に言えば、あの永谷園のお茶漬けの広告は「買い」です。
食べるときの音を主役にした広告は今までないインパクトがあります。
しかも、そのインパクトは野球選手にタキシードを着せて、野球場を走らせるような「商品とはまったく関係ない」無意味なモノではありません。あくまでも、商品、つまりお茶漬けのおいしさを訴求する延長上です。
妙なひねりやあざとさはありません。

もう一つの音楽

話を進めましょう。
広告での音の最後はサウンドロゴやジングルと呼ばれる音楽です。
ジングル・ベルのジングルです。
商品名をナレーターが言うのではなく、音楽に乗せて伝える手法です。先ほど、音楽と一緒のほうが記憶に残りやすい心理学の実験がある、とお話しましたが、これの応用です。

音としてのネーミング

さて、商品にまつわる音の最大のものは商品名(ネーミング)です。

ネーミングには大きく分けて2つの分類があります。
1つは、意味がない、または分からない単語を使う。造語も含みます。
コダック、RX-7、ゼクシィ、カルカン等です。

意味と音の取っ組み合い

さて、サントリー「ごめんね」に私が違和感を感じるのは、謝る意味を持つ単語と清涼飲料水のイメージが水と油のように分離しているせいもあります。
加えて、音の面からも商品の特性をまったく感じないのも大きな原因です。

意味と音の失敗例

正直に言えば、飲料はネーミングの失敗程度で商品が失敗するほどネーミングの影響が大きい分野ではありません。でも、コンセプトに関わる問題となれば話は違いますし、ましてや、ネーミングに注意を払わない開発担当者が、デザインなどの他の要素にきちんとした配慮をするとも思いにくいのも事実です。

本当のインパクトとは

天下のサントリーです。つい最近、民間企業になったJTとは訳が違います。JTの社員が「勉強してこい」と出向派遣されたこともあるサントリーです。
鋭い感性に評判が高いこの会社が、音について鈍感なハズはありません。

名脇役になるか、音と聴覚

音、というテーマから出発した今回の記事でしたが、結局、メーカーが生活者をきちんと見すえているか、ナメているか。この問題に行き着いてしまいました。
いや、言い方を変えれば、音という一見脇役の存在にきちんと注意を払えば、名脇役になって主役を本来の魅力以上に引き立ててくれる。これが分かるだけの繊細な企業であるかどうかが、明暗を分けることもあるのです。

menu back 無料会員登録ボタン

Copyright ©1998 -  SYSTRAT Corporation. All Rights Reserved.