「マーケティングでもっとも大切な数字はなんですか?」
と聞かれることがよくあります。
これら5つの指標は調査をするほとんどの企業が調べていながら、ほとんどの企業がきちんと活用できていないものです。
これらは企業や商品の健康度を知るために必要な「企業診断」「商品診断」のための数字なのです。
5つの数字を見るだけで、企業やブランドが健康体かどうか、どこに問題があるのかが瞬時にわかります。その割にたった5つの質問なので、どんな調査にも気軽に潜り込ませることができる手軽さがあります。
医者が診察の最初に熱を測るのとよく似ています。いや、それ以上の情報がわかるという点では健康診断に近いものです。
まずは簡単に説明しましょう。
マーケティングでは一人の生活者が商品を買うまでのステップを分けて考えます。
DAGMAR理論と呼ばれ、具体的には次の5つのステップです。
という流れで購入に至るという考え方です。
昔、親しまれてきたAIDMA理論の現代版といえば、思い当たる読者もいることでしょう。
これをアンケート調査で数字にしたのが冒頭の5つの数字というわけです。
DAGMAR理論は実務では良く見かける数字ですが、意外なことにきちんとした教科書がありません。
本格的な教科書としてはメルマガでは誌面が足りませんが、「解説書」として執筆しました。
それぞれの段階を詳しく説明し、どうやってブランドや企業の健康診断に使うのかを説明します。
商品単価が低い商品では知名度を上げる、つまり知っている人を数多くするのがマーケティングの第一歩です。
「知られなければ、ないのと同じ」だからです。
商品の名前を知っていれば、親しみがわき、他の商品より手に取ったり買ったりする心理が働きます。
そして、商品単価が低ければ気軽に買うことも多くなります。
コンビニの棚に陳列された新商品を見て
というような状態です。単価が低いので、すぐに買ってくれる。
何億円もかかるテレビ広告費を企業が支払うのはそれが理由です。
生活者に商品名を知ってもらい、親近感を感じてもらうことで買ってもらう。
逆に商品名を知らないと不安に感じることもあります。
売り場の横に明治乳業のヨーグルトがあれば、同じ値段の無名のヨーグルトは買われることは少ない。
ましてや、たばこのように「おばちゃん、メビウスちょうだい」と名前を出すことでしか買物ができない商品の場合は、なおさら名前が知られていないと買われません。
「スーパーのPB商品は名前なんて知らないけど買ったよ。だから、知名なんて関係ない」といってはいけません。
それはれっきとした「ヨーカ堂やイオンのヨーグルト」なのです。
パッケージにどんな文字があろうとも「ヨーカ堂(で売られている)商品」です。
100円ショップのゴミ箱にはパッケージに名前すら書いていません。でも、それは「ダイソーのゴミ箱」です。
だから、ヨーカ堂やイオンの知名があれば親しみやすさが生まれるのです。
ちなみに、これらは「ショップブランド」と呼ばれます。
それでは、知名度はどれくらいあったらいいのか。
100%の人たちに知られれば理想的です。
でも、知名度100%なんて商品は存在しません。
コカコーラでもソニーでもアンケート調査をすると知名度は95%〜98%です。
それでは、80%?90%?
知名度の合格ラインは60%です。60%あれぱ十分です。
後述するように60%以上にしようとすると広告費が無駄になります。
一方で、知名度が60%にならないと「生活者に知られている」とは言えないことになります。
予選通過ラインは40%です。
40%を越えないと「知られていないと同じ」状態です。
「40%まで行かなくても30%の人にも知られているじゃないか」と思いがちですが、現実的には無名といっていい。
例を上げましょう。次のような商品や地名が40%未満です。
特に「新宿6丁目」なんて東京に長年暮らしている人ですら知りません。
そこで企業は知名度60%を目指すべきです。
なんとしてでも60%を目指す。
これが第一関門です。
詳しい人(例えばパソコンに詳しい)の中では知名度90%といった例があります。
例えばASUSはパソコンの組み立てを趣味にしている人にとっては、ソニーやパナソニックのようなビッグネームです。でも、生活者全体では40%未満。「知られていないと同じ」なのです。
ということは、「誰に知られればいいのか」を企業が考える必要があることに他なりません。
ターゲットを絞るなら全生活者で60%を占める必要がないからです。
「どうせマザーボードなんてパソコンマニアしか買わないのだから、普通の主婦や学生に知られなくても困らない」
なら、「パソコンを自分で組み立てる人たちの中」で知名度60%を目標にすればいいわけです。
しかし、もし、ASUSがパソコンメーカーとしてパソコンを売るのなら(実際に世界シェアでは第3位です)、「パソコンを買う人(=ほぼ全生活者)」で知名度60%が必要となります。
なぜ予選通過40%と合格60%なのでしょうか。50%と80%ではいけないのか。
正直言えば、45%でもいいし、70%でも大した支障はありません。
アンケート調査には統計誤差がありますから、59.9%だからといって悔しがる必要もありません。
ただし、40%「周辺」と60%「周辺」には特別な意味があります。知名度と購入意向の関係です。
図1を見てください。
一般的に知名度は40%を越え始めると購入意向の上がり方が急激になります。
そして、60%までは上がり続け、60%を越えた当たりから上がり方が減速します。
S字カーブを描きます。
つまり、知名度40%以下は
「もったいない、せっかくあとちょっとで購入者が急激に増えるのに」
という意味です。
そして知名度60%は
「ここからは購入者の増え方が減るので、知名度以外の目標(理解度や好意度)を立てた方が企業のお金の使い方として賢い」
という意味です。
もうひとつの法則があります。知名度と広告費の関係です。
図2を見てください。
知名度は40%を越え始めると同じ広告費をかけても知名度の上昇が早いのです。
そして、60%までは上がり続け、60%を越えた当たりからいくら広告費を投入しても効果が薄くなります。
つまり、知名度40%以下は
「もったいない。せっかくあとちょっとで知名度が急激に上昇するのに」
という意味です。
そして知名度60%は
「ここからは知名度の上昇の経費効率が悪くなるので、知名度以外の目標を立てた方が賢い」
という意味です。
かくして、知名度は
と覚えてください。
【巻末コラム】「じょせいちめい」は「女性知名」ではない
【巻末コラム】知名度あれこれ
商品名を知ったら、次はその商品に対する理解です。
「カルカン」と聞いて、名前は知っているけど、キャットフードを思い浮かべるのか、九州のお菓子を思い浮かべるのか。
「ボルボ」と聞いて、「安全なクルマ」をイメージするのか、「零下15度でも一発でエンジンがかかる」をイメージするのか。はたまた「かっこ悪いボックス型のシルエットのクルマ」をイメージするのか。
その商品が好きなら好意があります。
マーケティングのコミュニケーション戦略(広告戦略など)は「生活者に商品をどれだけ好きになってもらうか」の勝負といっても過言ではありません。
好意度は前回調査との比較で上がった、下がったと分析する企業が多いのが現状です。
しかし、好意はそう簡単に上がったり下がったりするものではありませんから、上下分析はあまり意味がありません。
好意まで進めばトライアルに移る(試し買いをしてくれる)可能性が高くなります。
クルマやパソコンなどの耐久消費財は「試乗したことがある」「友人のものを使ったことがある」比率でも代用できます。
「百聞は一見にしかず」ですから、1回でも試し買いをすれば生活者はその商品を判断できます。
そこで、もう買うのをやめるか、また買うか。
企業が固唾を飲む瞬間です。
トライアルで気にいれば2回3回と買ってもらえるようになります。
これがレギュラー、常連さんです。
アンケート調査での質問は「いつも買っている」といった緩い表現でイエス、ノーで聞きます。
「過去3ヶ月に1回以上買った」というような客観的な事実で聞くのではなく、回答者の「自分が感じたこと(=いつも)」を答えてもらう方法です。
さて、それぞれの項目の説明が終わったところで、診断の方法と順番を説明します。
●まず、私が注目するのは知名度です。
すでに説明したように、40%、60%の基準値をクリアしているかどうかを見ます。
ここがクリアできないと、他の項目をどれだけ頑張ってもダメだからです。
知名度チェックの次は
【トライアル】÷【知名度】
を確認します。
これをコンバージョン・レートと呼びます。
この数字が高ければ
「商品を知っている人の割に、買ってくれる人が多い」
ですし、低ければ
「商品を知っているのに、買ってくれない人が多い」
ことを意味します。
コンバージョン・レート(【トライアル】÷【知名度】)のチェックが済んだら、次のチェックに移ります。
【レギュラー】÷【トライアル】
です。
リテンション・レートと呼びます。
この数字が高ければ
「1回でも買ってさえくれれば、良さが分かって常連さんになってくれる」
ですし、低ければ
「1回は買ってくれたのに、なぜか常連さんになってくれなかった」
ことを意味します。
さて、ここからは問題がある時にチェックする2つの項目について解説します。
コンバージョン・レート(【トライアル】÷【知名度】)が業界平均より低い場合は、知名からトライアルの過程(コミュニケーション)に問題があると説明しました。
「商品名を知っているのに、一度も買ってくれない」原因を探るために、2つの指標を確認します。
コンバージョン・レートつまり「知っているのに、試し買いすらしてもらえない」商品の2つの原因の一つは「広告が商品の特徴をちゃんと伝達していない」ケースでした。
もうひとつの原因も広告ですが、今度は「特徴は伝わっているのに、好かれる特徴ではなかった」です。
私はDAGMAR理論には存在しない「今後の購入意向」をアンケート調査で質問することもあります。
現在よく買っている人、まだ買っていない人を含めて、「これからも買いたいと思うか」を質問します。
何に役立つのか。
レギュラーよりも今後買いたい人の数が多ければ「これから伸びる商品」です。
レギュラーより低ければ「何らかの手を打たないと厳しくなる」商品です。