【この原稿は元々、数年前に書籍用に執筆したものです。コンセプトは「シンプルマーケティングより読みやすい教科書」。
ところが、事例などを修正しているうちに眠くなってきました。
このままではいかんとメルマガのノリで書き直したところ、学生さんや美術の先生たちの評判がよかったので、メルマガの記事に組み込むことにしました。
評判が良ければシリーズ化する予定で、すでにDAGMAR理論と価格理論の記事は執筆済みです。
従来の記事とはちょっとトーンが違いますが、楽しんでください】
マーケティングの教科書を読むと必ず「ターゲットを決めろ」と書かれています。
かくいう私も著書「シンプルマーケティング」では堂々と書いていました。
でも、こんなことをつぶやく人がいてもおかしくありません。
「ターゲットなんて決めたくない。みんなが買いたいと思うような商品ができたから、ターゲットは『みんな』じゃいけないの?」
「だって面倒くさいじゃないか。
それに、わざわざ売上げを下げるようなことをしたくない」
まったく同感です。
ターゲットなんて、本当は決めたくなければ決めなくたっていい。
仕事をややこしくするような作業はできるだけ避けたい。
iPodやiPhoneはターゲットなんて決めていませんでした。
iPodはデジタルオーディオプレーヤーですから、音楽に興味がない人はそもそも買おうなんて思いません。
マッキントッシュだって「For the Rest of Us(残されたすべての人たちのために)」なんてかっこいいキャッチフレーズを掲げていましたが、当時のパソコンの普及率は10%程度。要するに90%の人たちを相手にしていた訳です。ターゲットとは言えない。
カゴメの人参ジュースの元祖、キャロットジュースだってターゲットなんかありません。
にんじんが身体に良いことが分かっている人だけが買えばいい。
だから、パッケージには「一缶でにんじん2本分。自然の甘さ」としか書いていない。「ホンモノですよ、まがい物は入っていませんよ」と言っているだけ。
ターゲットを決めずにヒットしている商品はまだまだたくさんあります。
だから、いらないんです…「本当に画期的な商品」ならば…
問題はここです。
後でターゲットを決めないといけない理由を説明しますが、簡単に言えば、「企業はターゲットを決めないといけないほど、今までにない画期的な商品をそうそう簡単に頻繁に開発できる訳ではない」という冷たい事実です。
あのソニーだって、大ヒット商品はウォークマンやプレイステーション以外、思い浮かべられるものはありません。
VAIOやBRAVIAがヒットしたといっても調査をしてみると一部の人にしか知られていない。
大ヒットした(?)電車の自動改札に使われている技術はソニーのものですが、そもそも生活者相手の商品ではない。
フロッピーディスクを商品化したのはソニーですが、あまり知られていない。
でも、企業はコンスタントに売上げを維持して伸びしていかないといけません。
旧エニックスのように、ドラゴンクエストを発売した年は売上げがグンと上がるけれど、そうでない年は一気に下がるような企業は安定しない。
だから、マーケティングが必要であり、ターゲットを決めることが大切なのです。
「歴史的ヒット商品」が出なくても「良商品」をきちんと着実に開発して売っていく。その技術がマーケティングであり、ターゲットを決めることなのです。
さて、商品を開発するにも、広告をするにも、生活者のターゲットを決めることは大切ですというところから続けましょう。
「日本の企業は何を作るのかには関心が高いけれど、誰に買ってもらうかを考えていない」とよく言われます。
「こんな素晴らしい技術を使った画期的な商品なのだから、買ってくれる人はいるはずだ」と万を喫して売り出した商品が売れないことなど日常茶飯事です。
ターゲットを決めれば成功する訳ではありませんが、決めないで失敗した例はその何倍もあります。
何の変哲もない商品がターゲットを決めることで大ヒットした例も多々あります。
まずは何はともあれ「ターゲットを決めること」を考えてください。
そもそも、なぜターゲットを決めないといけないのか。
「20代独身女性」とターゲットを決めるということは、その人たちのほとんどが同じ商品を買い、同じ悩みやニーズを持っていると仮定しているからです。
だから、ターゲットをそこに当てて商品を作れば買ってくれる可能性が高くなり、ひいてはヒット商品になるという理屈です。
具体的に説明します。
同じ掃除機でも主婦が買うのか、独身女性が買うのかによって、好みの形、必要な消音機能、吸引力が異なります。
独身女性なら部屋が狭いし、会社に通勤するので部屋が汚れない。だから小型でもいい。主婦なら子供がいるのでいつも散らかしたり、汚れることが多い。だから、中型や吸引力が強い掃除機が必要になります。
もし、乳幼児がいる家庭なら、ダニなどのアレルゲンの原因となるホコリまで吸い取ってくれる掃除機が必要かも知れません。
ターゲットを主婦なのか独身女性なのかを決めるということは、「どんな機能やスペックの掃除機を作ればいいのか」を決めることに他なりません。
だから、ターゲットが決まらないと、どんな商品を作って良いのかが分からないと同じ意味を持ちます。
「それでは、小型、中型、大型と大きさを3つにしたり、大衆的な安さ、中間、高級機と価格で分けたりすればいいじゃないか」
という反論もあるでしょう。
それらを全部取り揃えていたら、1社で何10種類もの掃除機を作らないといけません。
いや、作ることは簡単です。
でも、問題はその先です。
1社で何10種類もの掃除機を作ってもビックカメラなどの量販店の売り場に全部並べることはできません。大抵の業界では競争相手がいるからです。
例えば、家電メーカーは海外メーカーを含めれば何10社もあります。
店側としては、売り場にも家賃がかかりますから、限られた売り場面積の中でメーカーを選別する。
1社で何10種類も作っても売り場に並べられない。
売り場になければ生活者が買うチャンスがなくなります。
その結果、在庫がかさみます。倉庫も膨大な広さが必要になります。
多くの数を作らないとコストは下がりませんから、売価が割高になります。
広告も何10種類も作らなければなりません。
とても非効率なのは一目瞭然です。
そもそも、1社独占なら何種類も作る必要はありません。
そこの会社の商品しかないのだから、わざわざ何種類も作ってコスト高になる必要はありません。
さて、IT系のソフトならどうでしょう。アンチウィルスソフトやスマートフォンのアプリ、電子書籍などなら問題ないのでしょうか。
ロングテールが話題にもなったし、たくさんの商品を作っても売り場はサーバーなので、家電のような制限はありません。サイトだって何10ページ作ってもいいから、並べる商品数は無制限です。
ところが、IT系商品でも売り場制限はあります。
それは、生活者の時間です。
どういうことか。
生活者は何10万種類のソフトがあったとしても全部を見る時間なんてありません。
平均的には1時間閲覧すればいい方です。
その時間内に見ることができる商品の中に自社が開発したソフトやアプリが入ってくれなければ、売り場に並ばないのと同じなのです。
ロングテール理論はあくまでも流通側の論理であって、生活者の視点はまったく含まれていません。
検索したときに上位に表示されるようにサイトに工夫する(SEO対策と呼ばれます)のは生活者の時間が限られているからです。
また、楽天やアマゾンなどの通販サイトで「オススメリスト」「その商品を買った人は、こんな商品も買っています」と表示されるのも、「生活者の時間が有限」だからに他なりません。
「生活者の時間が有限でもサーバーに置いておけば倉庫代はいりません。いつか売れるかも知れない」
しかし、売れないソフトやアプリをいくら作っても開発費を回収するのに時間ばかりかかります。その間に、もっと売上げがあるものを作った方が賢い。
企業の開発陣も資金も時間も有限なのです。
結局の所、ターゲットを決めないと仕様が手探りになり、ヒット商品を作るのに時間と費用がかさむ。
ターゲットを設定するということは、効率よく売れる商品を作る第一歩となるのです。
まとめます。
ターゲットが必要なケースとは
●競合がたくさんいて、似たような商品がたくさんあること
ただ1点です。
つまり、現在の日本のほとんどの業界がこのケースに当てはまってしまうという訳です。
ターゲットといえば色んなやり方があります。
「独身女性のための電化製品」や「料理嫌いな主婦のための調味料」などのように表現されます。
デモグラフィック分類に限界を感じていた人たちが開発したのがライフステージ分類です。
性年令だけでなく、人生の区切りで買うものが変わるハズだという理屈です。
独身時代にはいい加減だった男も結婚したり、子供ができれば家庭を守ろうとする。クルマはスポーツタイプからファミリータイプに、ワンルームから2LDKに変わります。
有職であっても既婚女性は料理を作らないといけない。コンビニ弁当で済ますのではなく、食器や調理器具も買う。洗剤も大容量になる。
外見や人生の節目ではなく、生活者個人個人の考え方によって生活者を分けようとする方法が価値観分類です。
「デモグラフィック」に対して「サイコ(心理的)グラフィック」とも呼ばれます。
一見、万能に見える価値観分類ですが、欠点もあります。
その多くはデモグラフィック分類と反対の関係です。
●デモグラフィック分類より集計方法が複雑になるため、金と時間が余計にかかります。これらは企業が最も嫌う2大要素です。
実務でよく使われているものに、デモグラフィック分類でもライフステージ分類でもない、「その商品を良く買っている人たち」による分類があります。
「競合ユーザー分類」と呼ばれます。
iPhoneとアンドロイドスマートフォンのユーザーを分けたり、ユニクロとH&Mを買う人たちを分けたりする手法です。
商品開発の企画書でも「発泡酒を飲む人たちをターゲットとしたビール」といったような記述になります。
さて、ターゲットの種類について説明したところで、次はターゲットをどう決めるかです。
「え?買って欲しい人をターゲットにすればいいんじゃないの?」
という疑問がわいて当然です。
わざわざ、字数を使って説明するほどのものではないと思う方も多いでしょう。
そこに落とし穴があります。
イノベータとは「ヒット商品を最初に買う人たち」です。
だから、「誰がイノベータなのか」を探し、彼らをターゲットにするのが最も効果的です。
イノベータに売れると、無料のセールスマンになって周りに広げてくれるからです。
さて、今回の誌面が尽きました。続きは別の機会に譲ります。