6月中旬に刊行された、「21世紀のモノ創り。70のヒント」(毎日コミュニケーションズ マックファン編集部刊)は、なかなかおもしろい本です。
タイトルの印象と異なり、中身は「iMac(とアップル社)をマーケティングとデザインから解析する」がテーマです。
辛口メルマガで周囲を怒らせているコンサルタントの某森行生がマーケティング部分の執筆を担当したのが玉にきずですが (笑)。
その代わり、現役工業デザイナー森豊史氏の解説するデザイン戦略は「へぇ〜」の連続ですし、森氏の著書「シンプルマーケティング」では説明しなかった、価格戦略や流通戦略についても記述しており、目新しい発見があります。
(ちなみに、両者とも森という姓は同じですが、まったくの他人だそうです)
また、日本最大の価値観データベース、ODS-LSIのデータを駆使して、リスキーブランドの田崎氏がiMacやアップルの市場戦略を赤裸々に解剖したり、トーマツコンサルティングの和田氏と3人でブレストをしているのも見所です。
欠点は「ブランド戦略が商品戦略の一部だ」といった、謝った記述が時々見られることです。
恐らく、執筆の時間が取れないので、自分で文章を書かず、口頭で話した内容をゴーストライターに書かせたのでしょう (笑)。
さてさて、iMacをマーケティングで解説した記事を過去にお送りした私としては、やはり気になります。この本と私とで解釈やニュアンスが180度違う部分があるからです。
そこで、今回はおもしろい試みを企画してみました。
私の解釈と大幅に異なる、iMacの流通戦略とコミュニケーション(広告)戦略の2つの章を書き直してみようという趣向です。
ご心配なく。この本は元もとぶつ切りの内容なので、この記事だけでも楽しめるようになっています。
ちなみに、コミュニケーション戦略編の結論は過去記事と同じですが、広告の検証という観点から見て頂ければ新しい発見があると思います。
アップルコンピュータ社のブランドイメージは決して悪くはない。いや、かなり高いレベルで好印象を与えている。
十分に先進的だし、製品も斬新だ。社風もユニークだし、どことなくおしゃれでもある。ディズニーやソニーほどではないにしても、トップクラスに近いブランドイメージを持っている。
では、アップルコンピュータ社のコミュニケーション戦略はどうだろうか。ブランドイメージが高いからといって、マーケティング能力があるとはかぎらないし、ましてやコミュニケーション戦略で成功しているとはいえない。
結論からいえば、アップルコンピュータ社のコミュニケーション戦略は拙く、いちじるしく見当はずれの広告が多い。
この章ではそれら広告の紹介と、なぜ失敗しているのかの検証をしたい。
アップルコンピュータ社の失敗例を見てみよう。
1つ目は1983年、アップルコンピュータ社の日本上陸の際に打った広告。日本法人を設立し、国内での本格的なパソコン販売に出た。このときのTVコマーシャルで同社は「観音様」をメインビジュアルに使った。大きな観音様の手からリンゴが降りてくるという、途方もない広告だ。
確かに日本上陸の強いインパクトはあったが、極めてちぐはぐで、何よりわけがわからなかった。パソコンに強い興味を持っていた筆者ですら、ひどい違和感を覚えた。パソコンがわからない人には、何の広告かまったく理解できなかったろう。
2つ目は翌1984年、これもTVコマーシャル。マッキントッシュのデビュー広告である。この広告ではひとりの女性陸上選手が画面上で走っている。驚いたことにその女性は、手に大きなハンマーをもち、そのハンマーを振り回しながらパソコンを壊しまくるのである。とんでもなく乱暴な広告であった。乱暴ではあるが、その斬新さが受けて、けっこう話題となった。
マッキントッシュはこのような広告で市場導入されたのである。だが、残念ながらこれは日本国内ではオンエアされなかった。たとえオンエアされても、日本人には(いや、アメリカ人にすら)何の広告かさっぱりわからない。
3つ目は「Think Different」。1998年からのシリーズ広告でこれは知っている人も多いかもしれない。アインシュタインやピカソ、モハメド・アリなど歴史的な「天才」たちが登場するもので、TVコマーシャルや新聞広告で展開された。
これら広告は作品としてのレベルは高い。イメージもいい。だが、広告としては体質的な欠陥をもっている。
ちなみに、2つ目も3つ目も作成したのはTBWAシャイアット/デイ。ここはスティーブ・ジョブズのお気に入りの広告代理店である。2つ目の広告のイメージを鮮やかに記憶していた彼が、業績不振やレイオフなどの暗いイメージを払拭するために、3つ目を依頼したという。
そういわれてみれば、クリエータ指向の強い彼が好みそうな広告である。あるいは1つ目の広告も、本国のスティーブ・ジョブズに向けて作られたものかもしれない。そうであれば、社内的にはある程度の評価を得ることはできたかもしれない。
もちろん同社は、ひたすら失敗だけを繰り返しているわけではない。成功した広告もある。ここでも3例の成功事例を紹介しよう。
1つ目はわかりやすさを訴求したTVコマーシャル。画面が2つに分かれ、片方ではおびただしい量のマニュアルがどさどさと落ち、積まれ、崩れそうになる。もう一方では一枚の紙切れがひらひらと舞い落ちてくる。「どさどさ」の方が従来のPC(現在のウィンドウズの前身であるOSを搭載していたパソコン)の象徴であり、「ひらひら」がマッキントッシュである。
そしてTVは尋ねる。「あなたはどちらのパソコンを選びますか?」。マッキントッシュの方がたった一枚程度の説明書で操作を開始できることをみごとに伝えている。これはアメリカのみのオンエアであった。
2つ目はPowerPC G4プロセッサ(Power Mac G4やPower Mac G4 Cubeに搭載されているCPU)の雑誌広告。アップルコンピュータ社はPowerPC G4をスーパーコンピュータレベルのチップであるといっている。それを象徴するために、そのチップを真ん中に置き、周囲に「戦車」数台をチップに向けて配置した。
これは、PowerPC G4プロセッサがココム(対共産圏輸出統制委員会)による武器の輸出管理対象となっていることを、ビジュアルに示したものであり、これほどわかりやすい図説はない。PowerPC G4プロセッサは高性能なあまり共産圏に輸出できないのである。
3つ目はiMacのインターネット3ステップ編。iMacは3ステップでインターネットに接続できるという。1ステップはケーブルの接続、2ステップは電源のオン。そして、3ステップ目は・・おや、もうインターネットに接続されてしまいました。3ステップも必要ありませんでした、という軽いオチのある広告である。本当にたったの2ステップでインターネットに接続できるかどうかは別にして、iMacの特徴をうまく捉えている。
広告はコミュニケーション戦略の核となるものである。その広告に必要となる要素が、製品の「何を」「誰に」「どのように」伝えるかということだ。
商品はさまざまな側面を持っており、それらにより商品は定義されていく。この商品定義のポイントをまとめたのが「プロダクトコーン」理論である。一つの商品を「規格」「ベネフィット」「エッセンス」の3つの要素からなる円錐形(コーン)と考えるのである。
パソコンでいえば「規格」とは速さや容量、画面の大きさなどのスペックである。
「ベネフィット」は操作が簡単ですぐに使うことができる、作業時間を短縮でききるからオフィスの生産性を向上する、または残業をなくすことができる。こんなユーザー利益がベネフィットだ。
「プロダクトコーン」理論が円錐形で示されるのは、市場の成長との関係性をわかりやすく表現するためである。商品定義は、同じ商品であっても、市場の成熟に合わせて変えていく必要がある。
このように、商品には、市場成長と同期した「プロダクトライフサイクル」があり、そのサイクルに応じて、消費者に商品をアピールする定義づけを変えていく必要がある。
ご覧いただいたように、製品の「何を」では「プロダクトコーン」理論をベースに、製品のライフサイクルに即した訴求が必要である。
次に「誰に」を解説したい。製品をどのような消費者層に訴えていくかということである。
「導入期」には、市場のトップバッターとして存在している「イノベータ」のための説得材料を考えなければならない。彼らが製品選びの際に重要視しているのは、「事実」だ。そこで、新商品であってもその商品のありのままが把握できるように、正確に評価できる材料として、製品の材質や性能、機能といった「規格」を、まずは前面に押し出す。
製品の「何を」「誰に」「どのように」伝えるかという広告に必要な三要素。ここまで、「何を」を決定する「プロダクトコーン」理論と、「誰に」を決定する「イノベーター」理論を説明してきた。
では、いよいよこの「プロダクトコーン」理論と「イノベーター」理論により、アップルコンピュータの広告を検証してみよう。ここで、同社の広告が持つ体質的な欠陥を明らかにしたい。
この章の最後にiMacにおけるコミュニケーション戦略を検証したい。そもそもiMacはパソコンなのだろうか。
iMacは爆発的にヒットし、傾きかけたアップルコンピュータ社の再建に大きく貢献した。そのiMacが選ばれた原因は主に「デザイン」にある。丸みを帯びたパソコンらしからぬボディで登場し、カラーバリエーションが5色揃って決定的なヒットとなった。
そのTVコマーシャルもイメージを全面に出して訴求している。軽快なワルツをBGMに5色のiMacが踊るのである。
iMacの流通戦略を理解する上で、忘れてはならないアップルコンピュータ社自身の事例がある。アップルコンピュータ社はこの事例と同じ成功をめざし、同時に同じ失敗は決して許されなかった。その事例が初心者向けパソコン「Macintosh Performa(パフォーマ)」シリーズの販売だ。
パフォーマは売れに売れ、販路は拡大に拡大を重ねていった。正規代理店経由での販売店は300店となり、それ以外に直接取引で扱う販売店が300店になった。翌1994年この倍増をもくろみ、年内9月末までに1100〜1300拠点までの拡大を目標にした。これ以降はアップルコンピュータ社でも把握しきれなくなり、パフォーマはいっきに市場にあふれ出すようになる。
iMacの持つ商品の魅力やデザインの優位性は他のページに譲るとして、ここではジョブズが行った流通戦略に注目している。彼はパフォーマの失敗が相当応えたらしく、iMacは思い切った販路のセグメントを実施している。
流通には2つの役割がある。1つは販売であり、これは誰もがわかることだろう。ものを売る場としての流通である。もう1つがコミュニケーションの場としての流通である。
1999年になって、国内の多くのメーカーがインターネットを利用したパソコン直接販売に乗り出した。東芝、ソニー、松下などが参入したし、IBMや日立はこれ以前からサービスしていた。直販を始めたのはデルコンピュータ対策である。